第40話 気持ちが通じ合って
終夜さんと恋人。
その響きは、俺の顔をゆるゆるにさせた。
元々向こうの方が好きだったとはいえ、この恋がどうなるのかは誰にも予想出来なかった。
運が良かった。
駄目になりそうな分岐点は何度もあったけど、そのどれもが俺にとって都合のいいように進んでくれた。
幸せだけど、やらなきゃいけないことはある。
まずは終夜さんとお付き合いを始めたのを、みんなに報告。
謝らなきゃいけない人だっている。
その筆頭である真昼さんの顔を思い出しながら、なんて責められるのだろうかと少しだけ憂鬱な気分になった。
悪いのは完全に俺だから、どんな言葉でも受け止める覚悟は持っている。
終夜さんのことを勧めたくせに、そう時間が経っていないうちに付き合いの報告。
もしも俺が真昼さんの立場だったら、絶対に許せない。
殴られるのも覚悟しておいた方が良いか。
終夜さんに頼んで会う約束を取り付けてもらったが、逃げ出したくなるぐらい胃が痛かった。
「もし夏樹に何かしようとしたら、俺が許さないから安心していい」
ナーバスになっている俺を見かねて、終夜さんはそう励ましてくれたけど、余計にこじれそうだから遠慮をしておいた。
終夜さんに任せて2人の関係に亀裂が入ってしまったら、それこそ目も当てられない。
本当に無理そうな時には、ちゃんと助けを求める。
そうしっかりと約束して、何とか納得してもらった。
そして今日、約束の日を迎えた。
親に報告する以上に緊張している。
認められない可能性の方が高いから、その状況ばかり考えてしまった。
終夜さんの運転する車の助手席に座りながら、俺は何度もため息を吐く。
「そう緊張しなくてもいい。大丈夫だ」
終夜さんが話しかけてくれるけど、言葉が全く耳に入らない。
右から左へとすり抜けていき、またため息。
窓の外を見ても景色を楽しむ余裕も無く、真昼さんにどう話そうか何も上手い言葉が思い浮かばなかった。
待ち合わせの場所は、前回と同じ喫茶店。
終夜さんもマスターと面識があるようで、わざわざ貸し切りの状態にしたらしい。
それは申し訳ないと言ったのだけど、元々あまり人が来る時間帯じゃないから気にしなくていいと返され、納得するしかなかった。
店はこの前と同じようにコーヒーのいい香りであふれていて、カウンターにマスターが立っていた。
3つあるテーブル席の内、一番奥に真昼さんが座り、こちらを振り向き手をあげた。
「久しぶり、ってほどでもないか」
「お待たせしてしまってすみません」
「俺が早く来すぎただけだから気にしないで。終夜はコーヒー、夏樹君はこの前と同じ紅茶でいいかな?」
俺と終夜さんが席に着くと、真昼さんが流れるように注文してくれる。
こういった気遣いが出来るなら、女性にモテそうだ。
マスターがコーヒーと紅茶を淹れ始めたのを確認すると、真昼さんは俺の方を見てくる。
「話があるのは、夏樹君の方だよね」
「は、はい」
コーヒーの香りでリラックスしていた体が、また緊張で強張った。
定規が入っているのではないかというぐらい背筋を伸ばすと、それを見た真昼さんが吹き出した。
「すっごく緊張しているね。そこまで怖くしているつもりはないけど、どうしたの?」
俺に聞いてくるからこそ、申し訳なさと相まって緊張する。
ほどけるのを待っていたら、いつになるか分からない。
俺は覚悟を決めて、勢いよく頭を下げた。
「申し訳ありま、いだっ!?」
そして完全に目測を見誤って、テーブルにおでこをぶつけてしまった。
鈍い音と共に視界が真っ赤に染まる。
痛いというよりも熱い。
「夏樹!? 大丈夫か!?」
「な、夏樹君!?」
終夜さんと真昼さんが心配する声が聞こえるけど、返事が出来ない。
熱さが段々と痛みに変わっていく。
おでこが割れたんじゃないかと心配になって、そっと触れてみた。
割れても血も出ていなさそうだ。
それでも痛くて震えていたら、おでこに冷たいものが押し当てられた。
どうやらマスターが氷嚢を持ってきてくれたらしく、その冷たさに痛みが軽くなった。
「す、すみません……迷惑かけて」
ようやく話せるようになり、おでこを冷やしながら謝る。
「いや、おでこが心配だよ。ものすごい音をしていたけど、病院行く?」
「大丈夫そうです。元々、石頭ですし」
さすがにテーブルには勝てなかったけど、痛みは随分と落ち着いてきた。
「具合が悪くなったら、すぐに言うんだよ。話、出来る?」
「大丈夫です。えっと……いてて」
「大丈夫じゃなさそうだね。まあ、なんとなく話は分かっているよ。終夜と付き合うことになったんだろう?」
「ど、どうして?」
きちんと話をしなくては。
まずは何と話そうか言葉を選んでいたら、先回りされて驚く。
「どうしてって、それ以外に呼び出される理由が無いだろう。もしかして俺の気のせい?」
「いえ。その通り、ですけど。あの……すみません」
「どうして謝るの?」
「俺、あんなこと言ったのに、こんな風になったから……」
申し訳なさ過ぎて、顔が見られない。
おでこの痛みさえも感じられないほど、真昼さんの次の言葉の方が気になった。
おでこをぶつけたテーブルを見ながら、俺は何と言われるのかを待っていた。
そして、真昼さんの口が開く。
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