第39話 あなたのことが好きです





 気持ちを伝えると決めて、随分と楽になった。

 俺はこれを大切にしようと、優しく温めていた。


 終夜さんとの距離は相変わらず、少しあいたままである。

 それを寂しいとは思うけど、それでも伝えると決めてからは悲しさも減った。

 いつも通りにふるまうことも出来る。


 人間として成長している。

 俺は自分に感動しながら、今日の夕食を作っていた。

 今日は早く帰ってこられたおかげで、時間をかけることが出来る。



 俺は鼻歌を歌いながら、包丁で食材を切っていった。

 彼と住むようになってから、俺の家事スキルは格段に上がった。

 これなら彼に嫌われたとしても、1人でやっていけそうだ。


 出来ればこれからも一緒にいたいけど、それは終夜さんの気持ち次第である。

 気持ちが通じ合えばいい。

 そんな夢みたいなことを考えながら、俺は料理を作っていった。


 一段落がついたころ、終夜さんから帰ってくるという連絡が来た。

 今日は残業じゃなかったようで、料理が冷めないうちに食べてもらえそうだと嬉しくなる。


 テーブルの上に料理を並べていけば、ちょうど玄関の扉が開く音が聞こえてきた。

 帰ってくるのは終夜さんしかいない。

 俺は飼い主が帰ってきた犬のように、彼を出迎えるために玄関まで走る。


「ただいま」


 終夜さんは、いつも通りスーツに全く乱れがなく、完璧な姿だった。

 その姿は見慣れたもので、別に特別なものではなかった。


「好き」


 それなのに彼を見た途端、自然と言葉が口から零れ出た。

 ムードのへったくれも無いし、あまりにも唐突すぎる。

 自分でも何で今言ったのか分からず、口を開けたまま固まってしまう。


「夏樹……? 今、好きって」


 終夜さんに聞こえなければ良かったのに、俺の言葉は届いてしまったらしい。

 驚いた表情で、俺の元に近づいてくる。

 俺はごまかすことも逃げることも出来ず、ただ来るのを待っているしかなかった。


「好き、っていうのは俺のことか?」


 確信を持っている言い方に、俺は口をパクパクと意味も無く動かして、そして諦めて頷く。


「しゅ……やさんのことが……すきです」


 もう逃げ場がない。

 素直に認めるしかなく、俺は口を滑らせた自分を叩きたかった。


 伝えるにしても、絶対に今じゃなかった。

 こんな状況で言ったところで、上手くいく確率はとても低い。

 絶望を感じながら、俺は終夜さんの返事を待つ。


 しばらく何も言わなかった終夜さんは、俺の髪を優しく撫でた。

 手つきがあまりにも優しくて、涙が出そうになる。

 これは受け入れてくれるのか、それとも優しく突き放そうとしているのか、一体どっちなんだろう。

 終夜さんの気持ちが分からなくて、俺はまるで死刑台に上るかのような気分を感じた。


「……夏樹、その好きと言うのは、どういう意味でだ?」


 髪を撫でられながら、終夜さんが聞いてくる。

 どういう意味でなんて、今更だ。


「れっ、恋愛感情込みですよっ! 分かるでしょう!」


 これでは完全なる逆切れである。

 パニックになっているし、もう訳が分からなかった。


 涙も鼻水も出しながら、俺は終夜さんに縋り付く。


「好きです! 好きなんです! もう遅いのかもしれませんけど、あなたのことが好きなんですよ!」


 こんなみっともない告白を、自分がするとは思わなかった。

 呼吸荒くしたまま、俺は下を向いた。


 彼は俺の髪を撫で続けて、そして顔を寄せてきた。


「夏樹、好きだ」


「ほんと……?」


「冗談や嘘で、こんなこと言わない。夏樹もそうだろ?」


「……はい」


 俺の顔を上げさせ、そしてほっぺにキスされる。


「……口にしてくれないんですか?」


「欲張りだな」


 ふ、と小さく笑った終夜さんは、そっと目を閉じた。

 次にする行動が分かり、俺も目を閉じた。


 唇に触れた柔らかさは、すぐに消えてしまう。


「……もう、終わりですか?」


「そんなにキスが好きか?」


 すぐに終わってしまったキスに、俺は目を開けてじっとりとした視線を向けた。


 それに対して、また終夜さんは笑った。

 確かにキスをねだるのは浅ましかったかもしれない。

 でもこの前のキスを知ってしまったら、このぐらいのキスでは物足りなくなってしまうのは当たり前だ。


「でもこんな俺にしたのは、終夜さんです」


「確かにな」


 楽しそうに笑う終夜さんは、俺の体を抱きしめた。


「……幸せだ」


「はい。俺も幸せです」


 心が通じ合うというのが、どれぐらい幸せなことなのか。

 今この時、実感していた。


 終夜さんも同じ気持ちなのだろう。

 抱きしめる腕の力の強さに、神様に感謝しながら抱きしめ返した。





「ふうん、そう。やっと気持ちが通じたのね。良かったわ」


「思っていたよりも時間がかかったね。終夜がヘタレだったのかな」


「いや、家の夏樹が鈍感だっただけよ。全く。そういうのに鈍いんだから。駄目よねえ」


「いやいや。最初の出会い方もまずかったからね。夏樹君に会えると分かって、終夜もテンションが上がってしまったみたいで。あれがまずかった」


「あの子には、あのぐらい積極的に行くのが一番なのよ。それにしても本当に良かった。もしも半年の期間が終わっても気持ちが通じ合わなかったら、どうしようかと思ったわ」


「これで夏樹君は私の息子にもなるんだね。嬉しいよ。もしも駄目だったら……」


「上手くいったんだから言わなくていいのよ。これで安泰ね」


「ああ。本当に良かった」




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