第35話 魔王降臨





「こんなところで、2人で何しているんだ」


 どうして、こんなにも怒っているのだろう。

 俺と真昼さんは、あまりにも温度が低くなったせいで、自然と体を震わせた。


「た、ただ話をしていただけですよ……? ねえ、真昼さん」


「そ、そうだね。夏樹君」


 顔を見合わせて笑えば、終夜さんの眉間のしわがさらに濃くなった。


「随分と仲が良いみたいだな。嬉しいよ」


 セリフと表情が全く合っていない。

 どうしてそんなに怒っているのかと、助けを求めるように真昼さんの顔を見た。


「なーつーき。どうして真昼の方を見るんだ」


 でも俺のその動きも気に食わなかったらしい。

 声は甘いのに、雰囲気が恐ろしかった。


 俺は怖かったけど、避けたらさらに終夜さんが恐ろしくなると思い、そっと近寄る。


「しゅ、終夜さん、どうしてここにいるんですか?」


 近づいたのは正解だったみたいで、少しだけ雰囲気が和らいだ。


「夏樹が帰ってくる時間だったのに、家にいないから迎えに来たんだ」


「あ、そうなんですね」


「それにしても驚いた。まさか真昼と一緒にいるなんて」


「駅前で、たまたま助けてもらって」


「ふうん……たまたま……」


 納得のいかないような表情で、真昼さんを見据える。

 自分が見られているわけではないけど怖かった。


「それでたまたま真昼に助けられて、ここで仲良く話をしていたわけだ。俺に何の連絡も無く」


「そ、それはごめんなさい。えっと、話に夢中で連絡するのを忘れていました」


「へえ、話に夢中か」


 また温度が下がった気がする。

 真昼さんが口パクで何かを訴えてくるけど、読唇術が出来るわけが無いから分からない。


「えっとえっと。真昼さん、凄く良い人ですよね。話が合いますし」


「話が合う」


「は、はい。終夜さんのことも深く考えていて、羨ましいなって思いました」


「羨ましい」


 俺が話せば話すほど、真昼さんの顔色が青ざめていくし、終夜さんの空気も悪くなっていく。

 どうやら墓穴を掘ってしまっているらしい。


 でも言ってしまったことは取り消せない。

 口に手を当てて、俺は何も言わないようにした。


「真昼。俺の夏樹と何を楽しい話をしていたんだ?」


「い、いやあ。ちょっとねえ」


「ちょっと……ふうん」


「あ、やばい。今、何を言っても駄目な気がする」


 真昼さんも口を閉じてしまい、重苦しい空気が広がった。

 マスターは空気を読んでいるのか、終夜さんが入ってきてから奥に引っ込んでしまった。

 こういう時は、逆に空気を読まずに入ってほしいものだけど。


「俺に隠れてこそこそこそこそ楽しそうに話していたわけか。ふうん。そっかそっか。それじゃあ、話を続けていいよ」


 この空気で続けられる人は、メンタルが強すぎる。

 俺と真昼さんは、首がちぎれるのかというぐらい首を振った。


「俺がいたら出来ないってわけ。そう」


 真昼さんの言う通り、何を言っても駄目だ。

 それでも俺は終夜さんの服の裾を握って、そっと話かける。


「しゅ、終夜さん。もう時間も遅いですし、帰りましょ?」


「夏樹。分かった、帰ろうか」


 もう少し大変かと思ったけど、あっさりと終夜さんは俺の提案を受け入れた。

 そして自然に俺の手を握り笑う。


「えーっと、真昼さん。また今度」


「い、いや。また、は無いかもね?」


 真昼さんは引きつった顔を浮かべて、それでも俺に手を振ってくれた。

 俺も振り返そうとしたけど、終夜さんに強く手を引かれて、それは出来なかった。


 そのまま引きずられるように店を出たので、残された真昼さんがマスターと話している声は耳に入らなかった。



「……これ、俺失恋確定じゃないですか?」


「お気持ちお察しいたします」


「聞き耳立てていたんですか、全く。はー、本当辛い。いい子すぎるから、余計に辛い。終夜メロメロじゃん。……逃がしてもらえるのかな、あれ」


「どうでしょうか。私には分かりかねます」


 真昼さんのため息を聞いたのは、マスターだけだった。





 終夜さんに先導されて部屋に戻ってくると、そのままの勢いでソファに投げられた。


「うわっ!」


 そこまで雑に扱われたことなんて初めてだから、物凄く驚いてしまった。


「夏樹」


「しゅ、終夜さん?」


「これでも、怒っているの分かっているよな」


「は、はい」


 もう怒っていないと思っていたのは内緒だ。

 俺は体を縮こませると、そっと終夜さんを窺う。


 顔は先ほどのように険しくないけど、それでもいつもと比べると冷たい。

 どんなふうに怒られるのだろうかと、泣きそうになった。


「そんな顔をしても駄目だ。どうして怒っているのか分かっている?」


「それは……連絡をしなかったから?」


「違う」


 違うのか。

 それじゃあ分からない。

 でも、そうは言えない雰囲気だった。


「分かっていないみたいだな。そういうところも可愛いと思っていたけど、今日は許さない」


 俺の上に乗り上げてきた終夜さんは、ネクタイを緩めながら顔を近づけてくる。


「夏樹が分かるまで、お仕置きしないとな」


 そのしぐさも表情も雰囲気も全てが合っていて、思わず頷いてしまった。


「は、はひ」


「ん、いい子だ」


 駄目だと頭で分かっていても、更に近づいてくる顔をよけることが出来なかった。




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