第31話 謎のイケメン





 目の前には初対面なのに叩いてきた人。

 すぐ後ろには、逃げようとしてぶつかってしまった人。


 今この場に、俺の知っている人は誰もいない。


「す、すみません! 怪我はしていませんか!?」


 さすがに助けを求めることは出来ず、とにかくぶつかってしまった謝罪を振り返ってする。


 いくら未知の恐怖に怯えていたとはいえ、もう少し周囲に注意を払うべきだった。

 足を踏んでいないし、勢いも無かったけど、完全に悪いのは俺だ。

 90度に頭を下げて、見知らぬイケメンに謝る。


「そんなに勢いが無かったから大丈夫だよ。気にしないで。それよりも君の方こそ大丈夫?」


 すごい。心までイケメンの人だ。


 もっと嫌な顔をされるかと覚悟をしていたのに、ぶつかった俺の心配をしてくれるとは。

 近年まれにみるぐらいのいい人じゃないか。


 俺の心の中にあるイケメンの評価が上がる。


「俺は全く大丈夫です! それよりも本当にすみませんでした」


 こんないい人を、修羅場に巻き込むわけにはいかない。

 助けてくれそうな気はしたけど、俺は言わなかった。


 今はイケメンの方を向いていたが、後ろには気配がまだある。

 寒気がして、思わず体が震えてしまった。



 謝罪は終わったし、怒っていなさそうなので、すぐに立ち去ると思っていたイケメンは何故か動く気配がない。

 大丈夫とは言ったけど、本当は怒っているのか。


 さすがに2人を相手には出来ないので、すっかりと困ってしまった。


「ねえ」


「は、はい! 何でしょうか!」


 今、財布にいくら入っていたっけ。

 お金で解決できるのならばそうしたいと、頭の中で財布を開いていれば、イケメンが話しかけてきた。


 何か良い匂いがする。

 イケメンは匂いもイケメンだと、俺は感動した。


「……もしかして、困っている?」


「へ?」


 内緒話のように顔を近づけて囁いてきた内容に、俺は固まってしまった。

 イケメンはテレパシーも使えるのか。


 もしかしたら、終夜さんも使えるのかも。


「えーっと、あの、そうですね……困っています」


 テレパシーが使えるのならば、遠慮する必要は無いだろう。

 俺はすぐに困っていることを認めた。


「後ろにいる人だよね。絡まれている感じ?」


「……そうなんです」


「ほっぺが赤くなっている。叩かれたの?」


「ああ、そうですね」


 そういえば、叩かれたのだった。

 思い出すと、ほっぺがひりひりと痛む。

 自然と手がそちらに伸びて、俺は痛みに顔をしかめた。


「いて」


「結構、思い切り叩かれたんだね。段々赤くなってきた」


 そっと口元に触れられ、そしてほっぺをするりと撫でられる。

 思わぬ接触に鳥肌が立つが、顔がいいせいか嫌悪とまではいかなかった。


「俺が助けてあげようか?」


 最初に比べると、少しイケメンに得体の知れなさがある。

 素直に助けを求めてもいいものかと迷っていると、後ろから肩を掴まれた。

 ここにいるメンバーから考えて、俺は後ろを見るのが怖かった。


「た、助けてください」


 もう、なりふり構っていられなかった。

 イケメンにみっともなくすがりつく。


「いいよ」


 軽く了承してくれたかと思ったら、いきなり抱きしめられた。

 突然のことにパニックになっていると、イケメンが話し始める。


「君は終夜のファンだって言っていたね。それなら俺の顔に見覚えない?」


 どうやらイケメンは、終夜さんの知り合いらしい。

 俺は見覚えない。

 でも女性は違ったようだ。


「あ、真昼まひる……さん」


 真昼、イケメンの名前か。

 何だか、終夜さんと対になるような感じである。


「俺のことも、知っていてくれていたのなら光栄だね」


「どうして?」


「それは何に対するどうしてかな? 俺はここにいること? それともこの子を抱きしめていること?」


 後の質問に関しては、ぜひとも俺も答えが聞きたい。

 どうして俺は、未だに抱きしめられているのだろうか。


 いい匂いがするけど、人の視線が本当に痛すぎる。

 撮影までしそうな人がいるから、早めにどうにかしてほしい。


「君には関係ないよね。終夜の件に関してもさ。それにいきなり顔を叩くって、頭おかしいんじゃないの?」


「いや、でも。私は」


「終夜は、こんなことをした君を許さないと思うけど、そこら辺分かってる?」


「そんなつもりじゃ……」


「そんなつもりじゃない? 何言っているのかな? どう考えても、悪意を持ってこの子に八つ当たりしてたでしょ。それを知ったら、終夜は絶対に君を許さないと思うよ。なんていったって、この子は終夜のお姫様なんだから」


 話についていけない。

 助けてくれているみたいだけど、聞き捨てならないワードがあった。


 お姫様?

 誰が? 誰の?


 ものすごく突っ込みたかったけど邪魔するわけにもいかず、空気を呼んで口を閉じた。


 後ろを見られないから、女性がどんな顔をしているかは分からない。


「……覚えてなさいよ!」


 でもすぐにそんな捨て台詞とともに走り去る音が聞こえたので、俺のことを睨んでいたのかもしれない。


「……さて」


「あ、すみません。ありがとうございます」


 ようやく腕の中から解放されて、俺はお礼を言った。

 これでやっと帰ることが出来る。


 そう思っていたのだが、考えが甘かったようだ。


「助けたお礼に、ちょっとだけ時間をもらえるかな」


「は、はい」


 有無を言わさない雰囲気に、俺は頷くことしか出来なかった。




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