第30話 ライバル登場?





 少しだけ、初めて会った日のことを思い出せたので、俺は満足している。

 他の人からしたら駄目だと言われるかもしれないけど、大変な思いをするぐらいだったら、このぐらいがちょうどいい。


 まだ残り時間はあるのだ。

 ゆっくり、終夜さんのことを知っていきたい。


 そうのんびりと構えていたのが、良くなかったのか。




「この泥棒猫!」



 気がつけば俺は、全く知らない人にそう言われながら、勢いよくビンタされていた。





 泥棒猫なんて言葉、ドラマの中でも最近はそうそう聞かない。

 冷静に考えているつもりでも、内心はパニックだった。


 叩かれたほっぺは痛いし、目の前の人は知らないし、ほっぺは痛いし、言っている意味が分からないし、ほっぺは痛いし、周りの視線が痛い。


「何とか言いなさいよ!」


 何とか言えと言われても、状況が理解出来ていないのだから無理だ。

 というか、まず名乗って欲しい。


 名前を言ってから、叩くのが普通じゃないか。

 いや、叩くことがまずはおかしいのか。


 目を限界までつりあげて睨んでくる女性を、俺は全く知らなかった。

 人の顔を覚えるのが得意とは言えないけど、さすがにここまでするのなら、お互いによく知った関係性じゃないとおかしい。


 しかし、こんなに女性に恨まれるようなことをした覚えがないのだ。

 だから恐怖しか感じられない。


 相手の目的も叩く理由も分からない今、下手なことをして逆上されても困る。

 もしもナイフでも隠し持っていたら、いくら相手が女性だとしても勝てない可能性が高い。


 触れたら爆発しそうな危うさに、俺はとりあえず意思の疎通をはかってみる。


「す、すみません……えっと、どちら様で……」


「うるさい!」


 何か言えって言ったくせに、理不尽すぎる。

 俺は顔を引きつらせると、口を結んだ。


 うるさいと言われるのならば、そちらから色々と話して欲しい。

 視線でそれとなく促してみると、鼻を鳴らされた。


「このブサイクが、どうして終夜さんの近くにいるのかしら。なにか弱みでも握っているのよ、絶対にそう」


 なるほど理解した。

 この人は終夜さんのことが好きで、彼の周りをうろちょろしている俺が目障りに感じたのだろう。


 それでとうとう我慢出来なくなって、突撃しにきたわけだ。


 こちらとしては理不尽なのだが、そう見えてしまうのも無理はないので、一概に彼女が悪いとは言えなくなった。

 でも突然ほっぺを叩いたことは、絶対に向こうが悪いのだけど、気持ちは少し分かってしまう。


 確かに俺は、終夜さんの傍にいるにしては、容姿のレベルが足りない。

 なんだこいつという視線は、外に出かけるたびに感じていた。

 今まで誰もやってこなかっただけで、いつかはこういうことが起こっていたはずだ。



 それにしても、もっと時間と場所を選べなかったのか。

 突然の修羅場を物珍しそうに見てくる人々の視線は、更に増してきている。


 ここは駅前の、待ち合わせ場所として有名な広場である。

 いくら都心とは少し離れているとはいえ、無人駅というほどさびれてはいない。

 しかも今の時間は、ちょうど帰宅する人達でにぎわっている。


 もしかしたら知り合いに見られている可能性もあって、俺はなるべく顔が見えないように隠した。


「ねえ、聞いてるの!?」


 思考を別に飛ばしていたせいで、全く聞いていなかった。

 さすがにそれを馬鹿正直に話したら、怒られるのは確実。

 そんなあほなことをするわけがなく、とりあえず何を言ったのか予想してみる。


「……俺が終夜さんと一緒にいるのは、そういう約束を交わしたからです。俺一人でどうこう出来るものじゃありません。だから俺に言われても困ります」


「それが、おかしいのよ!」


 作戦は失敗だ。

 この人には何を言ったところで、きちんと聞いてもらえない。

 こちらが冷静に話をしようとしているのに、なんて面倒くさい人だろうか。


 見た感じ終夜さんと同じぐらいの歳の感じがするから、俺よりもずっと年上なのに。

 落ち着いて話をさせてほしい。


「何であんたなの? あんたのせいで、最近の終夜さんはおかしい!」


「えーっと、すみません。あなたは終夜さんの恋人ですか?」


 そっちが話を聞かないのなら、俺も聞かない。

 子供のような仕返しをしながら、女性の情報を少しでも得ようと尋ねる。


 もしも恋人だとすれば、ここまで言われるのも納得が出来る。


「違うけど」


「……それじゃあ友達?」


「友達っていうか、ファンね。アイドル以上に格好いいんだもん。好きにならない方がおかしいでしょ」


「は、はあ」


 どうしよう。

 思っていた以上におかしな人だった。


 普通の人は急に叩いてこないし、ファンを自称しない。

 終夜さんがそういうのを許すタイプだとは到底思えないので、完全に非公式なはずだ。

 一般人なのに公式、非公式というのもおかしな話かもしれないが。


「だいたい、急に現れて私達の許可を得ずに、勝手に一緒に暮らすなんて頭がおかしいんじゃないの?」


 その言葉が結構なブーメランだと、本気で気づいていなさそうだ。



 逃げてしまった方が良いんじゃないかと、俺は後ずさりをした。

 でも背中に壁があって逃げられなかった。


 ただの壁じゃない。

 柔らかい感触は人間だった。


 もしかして会おうとしていた人か。

 俺が期待して振り返ると、そこには見知らぬイケメンが立っていた。


「……誰?」


 今日は知らない人に会う日らしい。

 俺は首を傾げながら、イケメンを見つめた。




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