第27話 思い出話





「……それで、渚さんの提案で婚約の約束を交わすことになったの。だってあまりにも、あんたが結婚するんだって引かないから。……私が知っているのは、こんな感じかしらね」


「そう……」


「なんて顔してるのよ。嘘もでたらめもないから、全部実際に会ったことよ。結婚するっていったのはあんたから。残念なことにね」


 恥ずかしくて顔をあげられない俺に、追い打ちをかけることを母親が言ってくる。

 まさかここまで、恥ずかしい話だとは思わなかった。


 どう考えても、俺のわがままだ。

 それに、みんなを巻き込んだ形である。


「どれだけ終夜さんに懐いたんだろう。確かに、いいお兄ちゃんって感じもするけどさ。結婚したいってなるって、結構なことが無いと思わないよね」


「そうね。あんなに懐いたのを見たのは初めてだったわ。どちらかというと、人見知りだったのに。親戚の子にでさえ、泣きわめいて手をつけられなかったのよ。大丈夫かって、心配していたぐらい」


「……全然覚えていない。え、人見知りだったの。俺?」


「そうよ。いつの間にか、そんなことも無くなっていたけど。覚えていないのも、まあ、小さかったから。……でも少しぐらい覚えていてもいいのに……うーん……」


 あまりにも思い出さない俺を変だと思ったようで、ほっぺに手を当てて考え出す。


「……あっ、そういえば!」


「何?」


 少しの時間考えて、何かを思い出したようだ。

 ぽんと手を叩き、大きな声を出す。


「そういえば昔、調子に乗ってブランコから落ちたことあったわね。そこまで高くなかったから良かったけど、それでも頭を打っていたのよ。しばらくたんこぶになっていて」


「ブランコから落ちた? そんなことがあったんだ」


 全く覚えていない。

 頭を打ったと言っているし、それで記憶が無くなってしまったのだろうか。可能性は高い。


「それじゃあ、やっぱり頭を叩けば思い出すのかな」


「やったところで馬鹿になるだけだから、止めておきなさい」


 辛らつな返しだけど、正しいと言えば正しい。

 やったところで意味は無いと、俺はピコピコハンマーに伸ばしかけていた手を下ろす。


「元々子供の頃だから記憶が薄い+頭の衝撃か。そんなに強くぶつけたってこと?」


「頭を打った時は病院で検査してもらって、異常が無いって言われたんだけどね。後から、出てきちゃったのかしら」


「まあ、全く関係の無い可能性もあるし」


 何かトラウマがあったのかもしれないし、ただ単に俺の脳みその容量が足りないだけかもしれない。


 理由がはっきりと分かることなんて無いのだから、考えるだけ無駄だ。

 気持ちをすぐに切り替えた方が良い。


「終夜さんとその時どんな話をしたのか、本人に直接聞いてみた方がいいのかな。分かることもあるかもしれないし」


 今母親から聞いた話には、抜けている場面がある。


 それは昼食を食べた後、俺と終夜さんは2人で遊んでいた。

 何を話しているのか知っているのは、終夜さんだけだ。


 この思い出の中で一番重要なところ、そこの部分を聞けば、もしかしたらという可能性もある。

 もう最後の望みとしか言いようがない。


 2人の中でどんなやり取りがあって、5歳の俺が結婚という頭になったのか。

 ここまで来たら知りたい。


「確かに終夜君に聞くのが一番じゃない? 大人っぽい感じだったから、あんたとは違って覚えているはずよ」


「ぐ……否定が出来ない」


 俺の脳みそも、母親からの情報も使えないから、ここは恥をしのんで聞こう。


 この結論に辿り着くまでに随分と遠回りしたけど、それは気にすることじゃない。

 結果が上手くいけば、それでいいのだ。


「あんたの間抜け面も見たことだし、そろそろ帰ろうかしら」


「あれ、夕食は食べていかないの?」


「さすがに終夜君に申し訳ないから、退散させてもらうわ。私がいたら気を遣っちゃうだろうし。それに、これから用事があるの」


 外は薄暗く、もういい時間だった。

 だから、すっかり夕食も食べていくものだと思っていたのだけど。


 嬉しそうに笑っている姿は、そういえば少し小綺麗だった。


「え、何。デート?」


「うふふ」


 うふふって。気持ち悪。

 率直にそう思ったけど、顔には出さなかった。


「なんか言った?」


「いいえ、何にも」


「そう? それならいいけど。それじゃあ、行ってくるわね。終夜君と仲良くしなさい」


「言われなくても分かっている」


「ふふ」


 最後まで、気持ち悪い感じで帰っていった。

 母親のデートなんて微塵も興味はないが、相手は少しだけ気になった。


 あんなにもおしゃれして、そして楽しそうに話すぐらいの人。

 どんな人でも、祝福をするつもりだ。


「……ちょっと待てよ」


 思い出話をしている時に、母親と渚さんがいい感じの雰囲気になっているところがなかったか?

 それに初めて会った時も、2人は仲が良さそうだった。


 そうなると今日のデート相手は、ひょっとすると……。


「……止めよう」


 考えれば考えるほど、恐ろしくなってくる。


「その内、お父さんって呼ぶことになるのかな」


 そう遠くない未来でありえそうで、今から練習した方がいいかと密かに思った。





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