第26話 出会った日のこと②





 自己紹介を終え、4人はとりあえず昼食をとることにした。

 手作りするかどうかの相談は会う前にしていて、今回はそれぞれで用意することになっていた。


 冬果の方は、夏樹の好物をたくさん作ったお弁当。

 渚の方は、作る時間がなかったのか既製品のサンドイッチの詰め合わせだった。しかし、ひと目で高級なものだと分かる。


「おいしそう!」


 そのお弁当を見て、夏樹が反応した。

 小さな手を伸ばし、サンドイッチをとろうとしている。


「こら! 夏樹はこっち!」


「いやー!」


 サンドイッチに届く前に冬果が止めたのだが、夏樹は暴れだす。

 普段は見られない食べ物に、興味を持ってしまったようだ。

 体全体を使って暴れ、今にも泣きだしそうな姿に、冬果は面倒なことになりそうな予感がする。


 このままだと、泣いて手が付けられなくなってしまう。

 何か他に興味を移せないか。

 秘密兵器であるお菓子を取り出そうとしたところ、渚の穏やかな声が止める。


「夏樹君。どうぞ、好きなのを食べていいよ」


「ごめんなさい。でも、気を遣わなくてもいいですよ?」


「いいんですよ。このお店はよく利用していて、とても美味しい。夏樹君は見る目があるね」


 茶目っ気に笑う渚は、夏樹がとりやすいようにサンドイッチを近づけた。

 気を遣わせたことに、冬果は頭を下げる。


「本当にありがとうございます」


「その代わり、高城さんが作ってきたお弁当、とても美味しそうですね。少しいただいてもいいですか?」


「はい、こんなもので良かったら、どうぞ召し上がってください」


「いやあ、美味しそうだな」


 それぞれ用意するはずだった昼食だったが、気が付けば一緒に食べていた。


「おいしい!」


 夏樹は初めて食べるサンドイッチに顔を輝かせ、口の端にパンくずを付けながら笑った。


「ついてるよ」


 そのパンくずに手を伸ばしたのは、母親である冬果ではなく終夜だった。

 そして甲斐甲斐しく、とったものを自分の口に運んだ。


「あらあら、すっかりお兄ちゃんね」


「夏樹君みたいな可愛らしい弟が出来て、終夜もすっかり喜んでいるみたいだ。いや、弟というのは早いか。でもここまで人に関わるなんて初めてだよ」


「夏樹も楽しそう。すっかり終夜君に懐いているわ」


 子供達の微笑ましい姿に、渚と冬果は顔を合わせ、そして優しく見守る。


「夏樹君……夏樹」


「なあに? しゅうやおにいちゃん?」


「ご飯食べ終わったら、一緒に遊ぼう」


「うん! あそぶ!」


 昼食後の約束を交わす2人は、まるで本当の兄弟のようだった。

 その光景に、冬果は今日ここに来て良かったと心から思う。


 父親が死んでから、夏樹は幼いのにもかかわらず我慢することばかりだった。

 引越しをするせいで仲の良かった友達と離れ、預けられる保育園が見つからず、冬果が働いている間は彼女の両親の家で過ごしていた。


 まだまだ母親に甘えたい、友達と遊びたい、そんな時期であるのにそれは叶わない。

 しかし、夏樹がそれを嫌だと言うことは無かった。

 幼いなりに母親の状況を理解し、わがままを言ってはならないと我慢していたのだ。


 そんな夏樹のことを、冬果は心配しながらも、仕事が忙しく十分に構うことが出来なかった。

 心苦しく思いつつも、状況は変えられずにいた。



 今の夏樹は、久しぶりに心から笑っている。

 少し年が上とはいえ、それはささいな問題だった。


「それじゃあ行こうか」


「うん!」


 食べ終えた夏樹と終夜は、仲良く手を繋ぎながら花の咲き誇っている丘へと向かう。

 その後ろ姿を見て、2人は穏やかに話を始める。


「夏樹があそこまで楽しそうなのは、久しぶりに見ました」


「終夜の方もそうです。大人びている子だったのですが、今日は楽しそうでほっとしました」


「今日はここに来られて良かったです。夏樹も、もちろん私も」


「私も同じ気持ちですよ」


 ふとした拍子に視線が合い、そして2人の手がどちらかともなく重なり合った。





 冬果と渚が静かに仲を深めている間、夏樹と終夜は2人だけだった。

 12歳の終夜がいれば大丈夫だろう。

 そう思って、目に見える範囲にいるのを確認しながらも、好きなようにさせていた。


 それが間違いだったかもしれないと思ったのは、もういい時間になり子供達が返ってきた時だった。

 どれだけ仲良くなったのか、手を繋いで笑っている。


 微笑ましいと感じていた冬果は、夏樹の次の言葉に固まった。


「ぼく! しゅうやおにいちゃんとけっこんする!」


「んん!?」


 自分の耳で聞いた言葉が理解出来ず、思わず変な声を出す。


 けっこん。それはどんな文字だったか。

 脳内で変換しようとしたが、全く上手くいってなかった。


「夏樹君。結婚が何か分かっているのかな?」


 使い物にならなくなった冬果に代わり、渚が夏樹の前にしゃがみ込んで尋ねる。


「しってるよ! けっこんすれば、しゅうやおにいちゃんといっしょにいられるんでしょ!」


「そうだけど……翻弄に分かっているのかな? 終夜、どうしてこうなったんだ?」


「一緒に遊んでいたら、ずっとこのままでいたいって言うから。だったら結婚した方が良いんじゃないかって言ったんだ」


「そうか……終夜はそれでいいのか?」


「夏樹と一緒にいて楽しいし、別に結婚するのはいいよ」


「そういうのなら、冬果さんもいいかな?」


「え? ええ」


 まだ混乱していた冬果は、言われるがままに頷いていた。

 そしてそこから夏樹と終夜の結婚話は、とんとん拍子に進んでいったのだ。




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