第25話 出会った日のこと
それは暖かな日のことだった。
まだ幼い息子を連れて、
5歳になったばかりである彼女の息子の夏樹は、どこに行くのか分かっていないのか、機嫌よさげにスキップして歩いている。
「ママ、きょうはどこにいくの?」
手を繋ぎながら歩くことが退屈になったのか、夏樹は冬果を見上げて尋ねた。
「あら、ちゃんと話したのに、夏樹はもう忘れちゃったのかしら? 今日は、ある人に会いに行くのよ」
「あるひと?」
「そう。仲良く出来れば良いわね」
「ともだち!」
仲良くという単語に、友達が出来ると思ったのか顔を輝かせる。
それを微笑まし気に見つめながら、彼女は考え込む。
これから行く先のことを、実は彼女自身も良く分かっていない。
彼女がその人と知り合ったのは、SNS上でだった。
趣味の映画鑑賞を楽しむため、似たような趣味を持つ人と知り合えるサイトに登録していた。
その中で、趣味が合うと思った人が、今日会う人だったのである。
最初は知らない人と会うなんてつもりは全くなく、ただSNS上だけの関係にとどめるつもりだった。
しかしやりとりを重ねるにつれて、彼女の心の中に変化が起こる。
小気味のいいテンポで交わされる会話。
紳士な態度。
夫を亡くしてから誰にも開かなかった心が、ゆっくりととけていった。
そんな時に向こうから一度会わないかと言われ、少し迷っていたのだが、向こうにも息子がいると分かり、会うことに決めた。
日時をすり合わせ、そしてとうとう会う日を迎えた。
少しの不安はあったが、父親が死んでからふさぎ込んでいた息子に、友達を作らせてあげたいという母親としての気持ちの方が大きかった。
「夏樹より少しお兄ちゃんらしいんだけど、優しい子らしいの。だからきっとお友達になれるわ」
「うん!」
まだ見ぬ友達に心が躍っているようで、今にも駆け出しそうになっているところを、手を握って引き留めた。
「走ると転ぶから駄目。時間には余裕があるから、ゆっくり行きましょう。逃げないから大丈夫」
「えー! 早く行きたい!」
「はいはい。それじゃあ早歩きで行きましょうか」
約束の時間には余裕があったが、夏樹は早く行きたそうに急かす。
それに苦笑しながら、彼女は少しだけ歩くスピードを速めた。
待ち合わせ場所にしたのは、少し大きめの公園だった。
店も候補に出ていたのだが、まだ夏樹が幼いこともあり外した。
何かあっても人の目があり、そして騒いでいても迷惑をかけない。
そういう理由から、最終的にそこに決まった。
調べなくても名前を聞けば分かるぐらい有名な公園は、休日というだけあって、家族連れで賑わっている。
その中で目的の人物を見つけられるかと心配になりながら、辺りをキョロキョロと見回した。
母親のその行動を真似するかのように、夏樹も同じように顔を動かす。
しかし顔を知っているわけでは無いので、それは無駄な動きだった。
「あの、もしかして高城さんですか?」
親子で同じように動いていると、後ろから突然話しかけられた。
思わず驚いて肩を跳ねさせた彼女は、声のした方を見る。
「もしかして……九十九さんですか?」
そして信じられない気持ちで尋ねた。
九十九、それは会った時に確認するために、聞いていた名前だ。
しかし、目の前にいるその人が、今までやり取りをしていた本人だとは到底思えなかったのである。
物腰は優しく紳士、そしてそれが見た目も同じだとは、全く予想もしていなかった。
普通の人が来れば、それでいいだろう。
そのぐらいハードルを下げて、相手の顔を想像していたが、それを遥かに超えていた。
とても12歳の子供がいるとは、思えないぐらいに格好がいい。
少し見とれてしまったのを誤魔化すように、彼女は咳払いをする。
「ええ、そうです。初めまして、というのも変な気分ですね」
「そ、そうですね。えっと高城です。よろしくお願いします。こっちは、息子の夏樹です。ほら、挨拶しなさい」
「……こ、こんにちは?」
顔に似合った柔らかい声に、夏樹も恐る恐るではあったが、きちんと挨拶をした。
「こんにちは夏樹君。おじさんは九十九渚と言うんだ。そしてこっちが息子の終夜。君より7歳年上だけど、仲良くしてくれるかな?」
そこでようやく、渚の後ろに隠れていた終夜が姿を見せる。
知らない人に大して警戒しているのか、その顔は強ばっていた。
しかし夏樹の顔を見て、一瞬表情が変わる。
それはあまりにも短かったので、誰も気づくことは無かった。
「九十九、終夜です。よろしく」
「しゅうやおにいちゃん?」
「っ」
夏樹に兄と呼ばれ、今度は大きく終夜の顔が崩れた。
みるみるうちに顔が真っ赤になり、それを隠すように手で押さえる。
一般的な子供よりも大人びている終夜の、その様子を見て渚は少し驚いていた。
わがままも言わず、全く手にかからない息子が、ここまで表情を変える所を、彼もそうそう見た事がない。
もしかしたら、夏樹の存在が終夜をいい方向に変えてくれるかもしれない。
そんな期待を感じ、彼は目を細めた。
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