第24話 思い出す努力をしよう





 ここまで俺の脳みそはポンコツだったのか。

 写真を見ても思い出せないなんて、記憶喪失かというレベルぐらいおかしい。


 いくら小さい頃とはいえ、5歳なら少しぐらい覚えていてもいいはずだ。

 頭を軽く叩いても、何も出てこない。

 叩いて記憶が出てくれば、これほど簡単なことは無いのに。


 ぽんぽんと叩いていたら、終夜さんに心配されてしまったので、人前では止めるようにした。





「んー、どうしようかな」


 写真を前にして、俺は腕を組んで唸った。

 母親はもちろんのこと、終夜さんと渚さんまで俺に渡してくれるようになったのだ。


 嬉しいやら恥ずかしいやらで、写真をもらうたびにいたたまれない気持ちになる。

 それでも見たことの無い終夜さんを見られるのは、俺にとっては嬉しい。


 小さい頃は天使のようだし、成長するにつれてどんどん格好良さを増していく。

 それを本人に伝えたら、百倍になって返ってきたから、言うのを控えるようになった。



 写真を見ても無理なのだから、思い出すのには他の方法をとるしかない。


「頭でもぶつければ衝撃で思い出さないかな?」


 もしかしたら忘れた理由も、頭をぶつけたからかもしれない。

 衝撃には衝撃だ。


 写真の脇には、ピコピコハンマーが置いてある。

 木槌にしようかと思ったけど、それはさすがに痛そうだから止めておいた。

 あくまでも目的は思い出すということだから、これ以上馬鹿にはなりたくない。


「何回か叩けばいいか?」


 終夜さんに頼んだら、絶対に止められそうだ。

 だから仕事でいない今日、試してみようと思った。


「とりあえずやるか」


 俺はハンマーを持ち、そして1回叩いてみた。

 間抜けな音を立てて、頭に軽い衝撃が来る。


 そんなに痛くない。

 これなら何回も叩いても大丈夫そうだ。


 俺は変な音が楽しくなって、続けて何回か叩いていく。

 それでも思い出す気配が無く、ムキになって叩き続けた。




「……あんた、何してるの?」



 叩くのに夢中で、俺は家の中に人が入ったことに気づかなかった。

 気づいた時にはすでに母親が扉のところにいて、ピコピコハンマーで頭を叩いている俺を、可哀想なものを見るような目で見ていた。





「なるほどねえ。終夜君と会った時のことを、思い出そうとしていたの」


 そのまま病院に連れていかれそうになったのを、何とか押しとどめて、俺はどうしてこんなことをしていたのか説明をした。

 最初は俺の頭をおかしいと思っていたみたいだけど、何度も説明をすれば、ようやく信じてくれた。


「さすがに痛いのは嫌だから、あれで叩いていたってわけ」


「あんなので思い出すわけないでしょう。馬鹿ねえ」


「そんなのやってみなければ分からないだろ。どんなことでも、記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないんだから」


「はいはい。そうかもしれないわね。でも傍から見たら、頭がおかしくなった人みたいだったわよ」


「誰もいない時にやっていたんだから、別にいいだろ。それよりも何をしに来たんだよ」


 何かあった時のために、お互いの親にはこの部屋の合鍵を渡していた。

 それを使って入ったことは分かるけど、何をしに来たのかは不明だ。


「あら、連絡してなかったかしら。久しぶりに会いたいから来たんだけど」


「全く連絡されてないんだけど」


「あら、そうだったかしら」


 どうせ連絡したつもりになっていたか、サプライズで来て俺を困らせたかっただけだろう。

 可能性としては後者の方が高い。


「でも、まさか部屋で自分の頭を叩いているとは思わなかったわ。部屋が汚いとか、エロ本でも見ているなら分かるけど、さすがに驚いたわよ」


「そっちの方が見られるの嫌だろ。とにかく暇だから、顔を見に来たってことね」


 顔を見たのだから、もう帰って欲しい。

 本音はそうなのだが、どうせ言ったところで素直に帰らないだろう。


 それなら利用するしかない。


「俺と終夜さんが初めて会った時、どんな感じだったの?」


 どうせ時間はたっぷりあるのだから、有意義に使わなければ損だ。


 その場に絶対にいた母親に聞けば、詳しい状況が聞ける。

 話の流れや言葉、その際の行動を知ったら、自然と思い出すかもしれない。


「そういえば、まだ話していなかったわね。というか、もう少し早く聞いても良かったんじゃないの?」


 言っていることはごもっともだけど、そちらから話してくれても良かったから、五分五分だ。


 そもそも、どうしてもっと早くに、婚約の教えてくれなかったのだろうか。

 子供の約束事だと何もなかったことにするなら、別にいう必要は無かっただろう。

 でも、親後任として住む場所まで用意するぐらいなら、前もって伝えておくのが普通じゃないか。


 あらかじめ伝えておいてくれれば、あそこまで拒否しなかったかもしれないし、婚約の話自体を無かったものにしてもらった可能性が高い。


 もしも仲良くさせたくてこんなことをしているのだったら、どう考えてもやり方を間違っていた。


「どうして会うことになって、どうして婚約までしたのか、覚えているだけでいいから教えて」


「別にいいけど、話すのにお茶ぐらい出してくれないのかしら?」


「はいはい、分かった。紅茶でいい?」


「お母さん、美味しいものが飲みたいわ」


 熱湯で淹れてやろうか。

 絶対に出来ないことを考えながら、俺は話をする場を作るために立ち上がった。




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