第23話 言い訳と





「どうして、俺の写真を夏樹が持っているんだ?」


 その疑問はごもっともである。

 俺だって、もしも終夜さんが俺の写真にまみれていたら、同じように聞いていただろう。


 それでも自分がこの立場になったら、パニックにしかならない。


「え、えっと。えっとですね……」


 駄目だ。

 どう考えても、上手い言い訳が思い浮かばない。


 この状況は、まるでストーカーしていたみたいだ。

 しかも現在のだけでなく、昔の写真まである。


 さすがの終夜さんでも、これは気持ち悪いと思うかもしれない。


 俺はだらだらと汗を流しながら、うろたえることしか出来なかった。

 もっと口が上手ければ、ごまかせたかもしれないのに。


「ど、どうして部屋に入って、来たんですか。俺は入らないでくださいって、言いましたよね?」


 話をすり替えて、これを無かったことにしたい。

 俺は責めるように眉間にしわを寄せた。


「ああ。せっかく休みが一緒なのに、部屋に行ってしまって寂しかったんだ。それに部屋にこもってから、時間も経っていたし大丈夫かと思って……」


 申し訳なさそうな顔をされると、責めてしまった俺が悪者みたいだ。


 確かに入るなと言ったのに我慢できなかった終夜さんも悪いけど、きちんと説明しなかった俺も悪い。

 ほとんど理由も言わずに部屋の中にこもったら、心配するのも当たり前か。


 俺にも悪い部分があったから、これ以上は責められない。


「すみません。説明不足でしたね。それに部屋から、定期的に出れば心配させることも無かったのに。配慮が足りませんでした。すみません」


「いや。夏樹が謝る必要は全く無い。ノックをしたり声をかければ良かったんだ。夏樹の顔が見たいからといって、いきなり扉を開けるのは最低だな」


 お互いが非を認めているせいで、話しに終わりが見えない。

 このままでは同じ主張の繰り返しだと、俺は手を大きく鳴らした。


「どっちも悪くなかったってことで。この話は終わりにしましょう!」


 こうでもしないと日が暮れてしまう。


「だ、だが」


「いいんです」


「あ、ああ」


 終夜さんは納得していないような感じだったけど、圧をかけて無理やり納得させた。



 一仕事を終えたような気になるが、問題は解決していなかった。

 終夜さんの視線は、また写真に戻ってしまう。

 話している間に隠しておけばよかったと後悔するけど、きっとやったところで無理だっただろう。


「これはですね……」


「……もしかして俺の写真を見て、思い出そうとしてくれたのか?」


「へ?」


 この状態を見て、そんな風に解釈出来るなんてエスパーなんじゃないか。

 でもストーカーだと誤解されるぐらいなら、ちゃんと分かってもらえた方がありがたい。


「実は……そうなんです」


 恥ずかしいとか考えてごまかしたら、余計な誤解が生まれるだけだ。

 俺は正直に話すことにした。


「終夜さんに俺の写真を送っていたのは、この前ので知っていたんですけど、母親と電話をした時に終夜さんの写真があると聞いて。送ってもらったんです」


 改めて言うと、やっぱり恥ずかしい。


「最初は俺の写真は見ているのに、終夜さんの写真を見ていないから不公平だと思ったんです。でも写真を見れば、昔会った時のことを思い出すかもしれないという期待もありました」


 でも結局思い出せなかったことは、悲しませると思って言えなかった。


「そうだったのか。それにしても、ちゃんととっておいてくれていたんだな。今まで送っていた写真、全部ある」


「そうなんですか。大雑把な母親にしては珍しい。ちゃんと保管していたみたいですね。まあ大事ですから当たり前か」


「ちょっとそれは恥ずかしいな」


「それは俺の時も同じ気持ちでした。でも終夜さんは聞いてくれなかったですからね。だから俺も聞きません」


「あの時は悪かった。まさかここまで恥ずかしいなんて」


「終夜さんはまだいいじゃないですか。可愛いし格好いいし、俺なんて泣いている顔ばっかりで、そっちの方が恥ずかしいですよ」


「可愛かったぞ?」


 駄目だ。

 終夜さんに文句を言ったところで、本気であの写真の俺が可愛いと思っているから、ちゃんと聞きいれてくれない。


「もういいですよ。それで、さすがに終夜さんの前で写真を見るなんて無理だったから、ここでこっそり見てたんです」


「そうか……俺はてっきり俺に隠し事をしているのか、体調が悪いのかと思っていた」


「そりゃあ突然部屋にこもったら、そう思っても仕方が無いですね。すみません」


「謝らなくていい。それよりも夏樹が俺の写真に囲まれているのは、いい光景だな」


 恍惚とした表情で言われても、苦笑いを返すことしか出来ない。

 でも終夜さんは止まらない。


「夏樹が言えば、他の写真も用意したのに。俺に言えば、もっと他の写真も持ってきた。……夏樹の写真と交換にだけど」


「あ、あはははは」


 だから終夜さんには頼みたくなかった。

 本人には言わなかったけど、心の中でツッこむ。


「もっと別の用意しておくから、夏樹も写真を持ってきてくれ」


「ぜ、善処しておきます」


 何に使うのか分からないのに、写真なんて渡せるわけが無い。

 俺は逃げの言葉を使ったけど、終夜さんに届いたとは思えなかった。



 やはり終夜さんには、気づかれないようにするべきだった。

 後悔しても、もう遅いけど。




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