第22話 写真を見てみましょう





「……ぐぬ」


 次の日、母親から写真が送られてきた。

 俺は終夜さんに気づかれないように、封筒を持って部屋の中にこもり、気持ちを抑えながら封を開けた。


 分厚いとは思っていたけど、ちゃんと全部入れてくれたらしい。

 早く見たかったけど手紙が一緒に入っていたので、そちらを先に読むことにした。


 差出人はもちろん母親で、そこにはびっしりと文字が書かれている。


『可愛い可愛い夏樹へ』


 その部分を目にして、俺は読むのを止めたくなった。

 何が可愛い可愛い夏樹だ。

 思わず鳥肌が立ってしまい、便せんを脇に置く。


 どうせろくなことが書かれていないだろうから、後回しにするか。

 そうそうに読むのを止めて、俺は目的のものを取り出す。


 片手で何とか掴めるぐらいの束に、俺は顔がにやけてしまった。

 この中には、終夜さんの成長がある。

 それが見られると思うと、とても嬉しかった。


 写真を見ている間邪魔が入らないように、終夜さんには言い聞かせてある。

 説得には時間がかかった。

 それでも最後には納得してもらえた。


 扉の向こうではしくしくという声が聞こえてくるが、俺は聞こえないふりをしている。




 そして写真を見始めたのだけど、想像していたよりもずっと大変だった。


 何と言っても、終夜さんの顔が良すぎる。

 小さい頃から可愛い子で、言われなかったら女の子かと間違えそうなぐらいの天使具合だった。

 愛されて育ったのか色々な場面の写真があり、ぬいぐるみを持って笑っている写真では、鼻血が出るかと思った。


 終夜さんは、実は天使だった?

 混乱しすぎて、俺はそんなことまで考えた。


 でも写真を見進めていくにつれて、天使も成長していく。

 可愛さを残しつつも、凛々しくなっていく姿に、俺はまた悶えた。



 かっこかわいいは正義。

 遺言になりそうなぐらい、俺は興奮してしまった。

 こんなに完璧な人が、この世に存在していたなんて。


 これはもう国の宝じゃないか。

 絶対に保護した方が、この世界のためになる。

 俺の思考回路は、どんどんおかしくなっていった。



 母親が書いたのか、写真には終夜さんの年齢がちゃんと書かれていた。

 そのおかげで、今何歳なのか確認すれば分かった。



 最初は赤ちゃん、そこから成長していき、とうとう12歳の頃の写真に突入した。

 それは、俺と初めて会った頃である。


 写真をたくさん見れば、何か思いだすかもしれない。

 俺は思わず背筋を伸ばして、写真を見ていく。


 12歳にも関わらず、写真の中の終夜さんは大人びた表情をしていた。

 むしろ心配になるぐらい、その瞳には温度が無い。

 目が死んでいて、何事にも心を動かさなそうだ。


 天使だったはずなのに、どうしてここまで目が死んでいるのだろう。

 そう心配してしまいたくなるぐらいだけど、母親になんとなく話は聞いている。



 幼少期の終夜さんは、あまりにも可愛すぎて誘拐されることが多かったらしい。

 そして犯人の中には、終夜さんが懐いている人もいた。

 人に裏切られ続けて、自分の精神を守るために殻に閉じこもってしまったというわけだ。


 そういうわけで、こんな風な目をしているのだろう。

 あまりにも痛々しすぎて、この頃の終夜さんに会いに行きたいぐらいだ。

 それは絶対に無理だけど。


「美形って、大変だな」


 顔が良いことはメリットもあればデメリットもある。

 そしてこの頃の終夜さんにとっては、デメリットの方が多かった。


 俺はしみじみと呟くと、次の写真に移る。


「……ん? ん?」


 写真の中の終夜さんの表情が変わった。

 先ほどまでの空っぽな目はどこへやら、生き生きとした子供らしい表情になっている。


 突然の変化に、俺は本当に同じ人物なのかと、思わず二度見してしまう。

 何があった。

 情報が欲しくて写真を裏返すと、母親の書いた文字が目に入る。


『夏樹と会った後の終夜君♡』


 わが母親ながら、ハートマークは気持ち悪い。

 俺は顔をしかめつつも、その言葉を考える。


 この言葉の通りなら、俺と会ったから終夜さんは生き生きとした表情になったということになる。

 それは、なんだか恥ずかしい。


 やはり目が死んでいるよりも、表情を取り戻した方が良い。

 俺のおかげでとアピールするつもりはないけど、あのまま心が死んでいる状態じゃなくて良かった。


 元が美形だからまるで人形みたいだったけど、それは全くいい意味じゃない。

 もしも変わっていなかったら、終夜さんはどんな人になっていたのだろう。

 誰も寄せ付けず、そして人を信用せず、一人で一生過ごしていたのかもしれない。



 そんな未来が簡単に想像出来て、俺は胸を撫で下ろした。





 ここまで生き生きとした終夜さんの写真を見ても、俺と会った頃の姿を見ても、思い出すものは無い。

 こんなにも思い出さないものかと、俺は写真を前にして腕を組んで考え込む。


 何かのきっかけになるかと思ったのに、それでも無理だった。


「もう無理かもしれない」


 写真を見ても駄目だったら、もう思い出すのなんて不可能じゃないか。

 諦めるしかないのかも。



 そんなことを考えていると、扉が勢いよく開いた。


「夏樹! 部屋にこもって何をしているんだ!」


 とうとう耐え切れなかったのか、終夜さんが入ってくる。

 入って来るなと言ったのに無理だったらしい。


 写真を隠す暇も無くて、終夜さんの視界に映ってしまう。


「……俺の写真?」


 どう、ごまかせばいいのだろう。

 俺はだらだらと汗を流しながら、なんて言おうかと頭を目まぐるしく回転させた。




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