第21話 母親への抗議電話





 俺の写真を取り返すことは出来なかった。


 あそこまで頑なな終夜さんは初めてで、わがままを言われるのも初めてだったから、思わず渡してしまった。

 後から冷静になって取り返そうとしたけど、言質はとったとばかりにしまいこんでいた。


 もはやどこにあるのかも分からず、俺は諦めるしか無かったわけだ。

 誰かに見せることは無いと約束してくれたので、それで我慢することにした。

 彼の手元にあるだけでも心配なのだけど、それを考えたら駄目だ。



 そういうわけで、俺の恥ずかしい泣き顔写真は終夜さんの手元にある。





「だから、どうして写真なんて送ったんだよ!」


『だって終夜君が、あんたの小さい頃を見てみたいって言うから』


「それなら普通の写真を送ればいいだろ!」


『そういうのは前々から送っていたし、どんなあんたでも可愛いって言っているんだもの。とっても愛されているじゃない』


「そういう問題じゃなくて……!」


 月一の母親との連絡で、もちろん写真の件に関して文句を言った。

 でも返ってきた言葉に、俺は話をしていても埒が明かないと頭を抱えた。


「……というか、写真を送っていたってどういうこと。いつから? 何の写真を?」


 一旦流しかけたけど、母親の言葉の中に聞き捨てならないものがあった。

 前々から写真を送っていたとは、一体どういうことだ。


『あら、言ってなかったかしら。婚約者になったんだから、どういう風に成長しているのか報告するのは大事でしょ。だから、あんたの写真を送っていたのよ』


「なにそれ聞いてない」


『言ってなかったからね。でも、別に言ったところで変わらなかったから、言わなくてもいいと思って』


「いや、とりあえず当事者なんだから言ってくれ!」


『もう、うるさいわね。文句ばっかり言うなら、送ってもらっていた終夜君の写真はいらないのね』


「……終夜さんの写真?」


 勝手に自分の写真を送られていたことに抗議していれば、母親が爆弾発言をかましてくる。

 俺は思わぬパワーワードに、怒りが収まった。


『あんたの写真を送る代わりに、向こうからも写真を送ってもらっていたのよ。でもあんたは興味無ないだろうから、まとめてしまっておいたの。この前整理している時に見つけたから送ろうかと思ったけど……いらないのよね』


 完全に面白がられているのは分かっている。

 悲しそうな声を出しているが、絶対に電話の向こうの顔は笑っているはずだ。


 俺はまた文句を言いそうになったけど、それを言ったら不利になると思い、何とか気持ちを抑えた。


「……写真、送って」


『あら、何か言ったかしら? 電波が悪いから、聞こえなかったわ』


「終夜さんの写真、ある分送ってください!」


『あらあらあら。そうなの欲しいの。そんなに頼むのなら、仕方が無いから送ってあげるわ』


 母親に頼むのは本当に嫌だけど、持っている人は他にいない。

 終夜さん自身に頼むのも恥ずかしいから、俺はムカつきながらも頑張って頼んだ。


「ありがとう。全部だからね。出し惜しみとかは止めて。本当に」


『はいはい。分かっているわよ。でもまさかあんたがねえ……うふふ』


「何?」


『本当に最初の頃に比べると、随分と終夜君のことが好きになったみたいだから。嬉しいわ』


「好きっていっても、前に言ったように恋愛的な意味じゃないから。そこら辺は勘違いしないで」


『はいはい。うふふ』


 本当に分かっているのか、母親の声は楽しそうだ。

 釘を刺したけど、ちゃんと聞いているのかどうか怪しい。

 まあ勘違いしていたところで、生活に支障は無いだろうから、それ以上強くは言わなかった。


 終夜さんの写真。

 どれだけ欲しかったかと言われると、結構なレベルだ。

 今の姿しか知らないから、小さい頃とかを見てみたい。


 それに昔の写真を見れば、何かを思い出すかもしれないし。

 未だに初めて会った時のことを思い出していないのは、少しだけ罪悪感があった。


 一緒に暮らし始めて結構経つのに、俺の脳みそはポンコツなのか、欠片さえも思い出さない。

 それなのにここまで好かれていて、本当に申し訳ない気持ちになってしまう。


 写真をきっかけに少しでも記憶が戻れば、終夜さんも喜んでくれるだろう。

 喜んだ顔が見たくて、俺は自分でも驚くぐらい健気に努力している。


 怖かったり行動の意味が分からない時があるけど、それでも終夜さんの存在は俺の中で大きくなっていた。


 そうじゃなかったら写真が欲しいだなんて、母親にからかわれるのが分かっているのに頼んだりはしない。



 本人には恥ずかしくて絶対に言えないけど、これでも結構気は許しているのだ。

 言った途端大事なものを失いそうなので、絶対に言わないでおこうと思う。





『まあ、半年っていう短い間なんだから、ちゃんと終夜君と向き合いなさいね。あんたの選択で、未来は大きく変わるかもしれないんだから』


「言われなくても分かっているよ」


『終夜君だって一人の人間なんだからね』


「ちゃんと考えるから、じゃあね」


 まだ電話をしたままだったので、母親から注意のような言葉が続いた。

 俺だってちゃんと考えているから、面倒だと思い俺は話を切り上げて電話を切った。



 半年の期間のうち、まだ半分にもいってない。

 それでも確実に、残りの時間は少なくなっていた。



 その日になった時に、俺がどんな判断をするのか。

 少し迷っている。




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