第20話 俺の選択後





 家に帰った俺は、真っ先に今までもらったものの確認を始めた。


 さすがにデザートには何も入れていなかったと信じたいけど、食べてしまったから確認のしようが無い。

 お腹を壊さなかったから大丈夫。

 俺は自分の胃袋を信じて、深く考えないことにした。


 洋服、アクセサリー、ゲーム、ストップしたとはいえ、今までの全てを調べるのは大変だった。


 それでも今後の安心した生活のためと思えば、時間がかかったとしてもやるしかない。

 隅から隅まで見落としの無いように確認をしていくが、特にこれといっておかしなところは無さそうだ。


 俺の知らない間に超最小のカメラや発信機、盗聴器でも発明されていたら気が付かないかもしれないけど、そんなものをわざわざつけるほどの価値があるとは思えなかった。



 全てを調べ終えて不審な点が無かったという結果になり、俺は胸を撫で下ろす。

 ストラップの盗聴器は、本当にたまたまだったわけだ。

 もしかしたら元々、そういう機能がついているような、おふざけグッズだったのかもしれない。


 あまりにも過剰に反応していた自分のことが、恥ずかしくなってくる。


 俺は出したものをしまうと、帰ってから放置してしまっていた終夜さんのところへ行く。

 待っててくださいと言って部屋に戻ったけど、怒っていないだろうか。

 でもあの時は探すことしか頭に無くて、構っている余裕が無かったのだ。


 少し時間が経っているので、自分の部屋に帰っているのかも。

 その時は夕飯の時にでも話せばいいか。



 楽観的に考えながら、俺はリビングへと続く扉を開けた。

 そこに終夜さんの姿があり、ソファに座りながら何かを呟いているみたいだった。


「終夜さん?」


 俺の呼びかけにも気づかず、テーブルの上を凝視しながら呟き続けている。


 その姿を見て、俺の悪戯心が芽生えた。

 後ろからいきなり大きな声を上げて、驚かしてみよう。


 今日は色々と俺の方が驚かせられたから、その仕返しをしようと思った。

 集中しているようだから大丈夫だとは思ったけど、音を立てないように気を付けながら近づいていく。

 全く気付く様子が無くて、自然と顔がにやけてしまった。


 最初は何を言っているのか聞き取れなかった言葉が、近づくにつれて途切れ途切れに耳に入ってくる。


「……方が良いか?」


 真剣な姿に、一体何をそんなに考えているのだろうと、そっとテーブルの上を覗き込んだ。


「うわあっ!?」


 俺の口から驚かせるためじゃなく、自分が驚いて声を出してしまった。

 その瞬間、終夜さんの肩が跳ね、勢いよく振り返ってきた。


「夏樹か。驚いた」


 それは、こっちのセリフだ。

 たくらみ通りに驚かせることは出来たけど、別のことに意識がいってしまい、全く喜べなかった。


「それ……」


 自分の目に映っている物が信じられないまま、テーブルの上を指した。


「ああ、これは」


 俺の反応とは正反対に、終夜さんはなんてことの無いように、それを手に持った。


「とてもいいよな。俺のお気に入りだ」


 まるで壊れ物を扱うように、優しい手つきで撫でながら顔を緩める姿は、そんなものを持っていなければ見とれてしまっただろう。


 でも俺には絶対に無理だ。


「何で、そんなものを持っているんですか。一体いつ?」


 震える手を、もう片方の手で押さえる。


 何で終夜さんが、そんなものを。


「ああ。もらったんだ。夏樹の面白い写真をあげると言われて。定期的に交わしている手紙の中に同封されていたんだ」


 その言葉に入手経路が確定し、思わず俺は見上げて叫んだ。


「なに、人の恥ずかしい写真を無許可で送っているんだ!」


 終夜さんの手にあるのは、俺の幼少期の写真だった。

 それだけなら、まだここまで怒らなかったが、問題はそこじゃない。



 おねしょをして布団の前で泣いている姿。

 運動会のリレーで転んでビリになり泣いている姿。

 着ぐるみのマスコットキャラに怯えて大号泣している姿。

 エイプリルフールに知らない場所に連れてこられて、一生ここで暮らすと言われ死ぬほど泣いている姿。



 悪意を持って選ばれたとしか考えられないぐらい、チョイスに偏りがあった。

 絶対に母親の嫌がらせだ。


 見るのも嫌になるぐらい恥ずかしい写真の数々に、思わず手で顔を覆った。


「その写真、どうするつもりなんですか?」


 ビリビリに破いて燃やしてしまいたいけど、今は終夜さんの手元にある。

 先ほどまで写真を見ながら呟いていたから、油断は出来ない。


「しかるべきように処分するんで、俺に渡してもらえますか?」


 素直に渡してくれればいいけど。

 俺は望みをかけて、手を差し出した。


「……処分?」


 焦りすぎて、言葉のチョイスを間違った。

 俺としては抹消したいからこその処分という言葉だったけど、使うべきじゃなかった。


「処分と言うのは、捨てるつもりか?」


 何とかごまかそうとしたけど、すでに遅い。

 写真を大事そうに胸に引き寄せた彼は、渡すつもりは無いようだ。


「お願いします。俺に渡してください」


「嫌だ。これは複製して、大事にしまっておく。観賞用、保存用、使用……なんでもない」


「使用? 今、使用って言いましたか? 何に使用するんですか?」


 使用という言葉に、やはり彼を選んだのは間違っていたかもしれないと、俺は後悔した。




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