第19話 難しい選択





 完全におかしくなっている。


 バチバチとしていたはずなのに、俺に関する意見が一致している2人は、違う世界から来たんじゃないか。

 もしかしたら偽物かもしれない。


 そう疑ってしまうぐらいには、今までの印象と違っていた。



 人に盗聴器を付けるのは、犯罪じゃなかったっけ?

 いや、絶対に犯罪だ。


 でも合法になったのかと心配するぐらい、2人は堂々としすぎである。

 いくら心配とはいえ、俺だって高校生だ。小学生じゃない。

 防犯ブザーと同じレベルで語られても、全く共感出来なかった。



 終夜さんいわく瞬兄に洗脳まがいのことをされて、離れようという気持ちになっていたらしいけど、本気で逃げた方が良いんじゃないか。

 終夜さんとだけじゃなく、瞬兄とも。


 いくら昔からの知り合いとはいえ、洗脳されかけて良いはずがない。

 人の心を勝手に操ろうとしたことを、許せるとは思えなかった。


「夏は俺のところで保護するから、さっさと帰ってくれませんか?」


「馬鹿なことを言うな。夏樹は俺と一緒に帰るんだ」


 いつの間にか話題は、俺をどちらが保護するかというものに変わったみたいだけど、俺はどちらも勘弁してもらいたかった。


 2人が別世界の人間みたいで怖い。


 正直な気持ちはこれだけど、言っても納得してくれない気がする。

 最終的にはどちらか選ぶまで、ずっとこの状態でいそうだ。


 その様子が簡単に想像出来て、俺は苦笑いを浮かべる。

 もしも、どちらかを選ばなければ駄目だとしたら、どちらの方がマシだろうか。




 まずは終夜さん。


 家に一緒に帰ったら、たぶんこれまで通りの生活が待っている。

 でも盗聴器のことは反省しないだろうし、外そうとしたら怒られるかもしれない。


 そして、これからプレゼントをもらっても、心の底から喜べなくなる。

 というか、今までもらったものだって怪しくなる。


 何がついているか分かったものじゃないと怯えながらも、捨てることは出来ないわけだ。




 次に瞬兄。


 終夜さんを帰らせて、ここに残ったとする。

 そうしたら、実家に帰らせてくれるだろうか。


 どういう目的なのか不明だけど、一度は洗脳してきたのだ。

 これからやらないという保障は、どこにもない。


 そうなると一緒に生活したとしても、常に警戒していなきゃいけないし、家に帰りたいという気持ちすらも消されるかもしれない。



 それを自分では不思議に思わないことは、先ほど実証済みだ。

 洗脳のイメージとしては、かかった時に抵抗出来るんじゃないかという感じだったけど、あそこまで自然にやられたら抵抗する暇もない。

 そもそも抵抗するという考えも無い。




 今までの付き合いから考えれば、瞬兄のことを選んでいた。

 でも今は、どちらも底の見えない闇を抱えていて、判断しづらい。


 どちらを選んだとしても、前のような生活は送れないだろう。


 それなら俺が選ぶのは。


「俺は……」





「本当に良かったのか?」


 俺に選ばれた瞬間は嬉しそうにしていたのに、時間が経ち不安になったようで、良かったのかなんて今更聞いてくる。


 ここで俺が間違いでしたと答えたら、どんな反応をするのか。

 とても気になったけど、命は大事にする主義だから、身の安全のために止めておいた。


「はい。これで良かったんですよ」


 マンションへと向かう道を並んで歩きながら、俺は終夜さんの顔を見上げる。

 彼も俺を見ていたので、視線が交じり合った。



 俺は終夜さんを選んだ。

 消去法だったけど、後悔はしていない。


 2人とのこれからを考えた時、彼の方が俺を傷つけないと思った。

 瞬兄は今までと変わりすぎて、選んだ時にどうなるのか未知数。

 その点、終夜さんは今までも少しだけ変な言動はたくさんあった。


 これ以上、酷い状態にはならないだろう。

 選び方としてはおかしいというか、そんな選び方でいいのかと自分でも呆れてしまうけど、もう選んだのだから取り消せない。




 終夜さんを選んだことに、瞬兄は何か言ってくるかと身構えたけど、意外にもあっさりと諦めた。


「夏がそっちを選ぶなら、俺が無理やり止めていいわけがないからね」


 あまりにもあっさりしていたから、それが逆に怖かった。

 でも下手に聞いて、それじゃあ諦めないと言われたら面倒だから、俺は気が変わらないうちに終夜さんと一緒に出て行った。


「それじゃあ、またね」


 背中にかけられた、また、という言葉に俺は返事をすることが出来ず、瞬兄との関係が変わってしまったのを、嫌でも自覚した。




「夏樹が俺を選んでくれて嬉しい」


 俺は葛藤とか迷いとか瞬兄との決別とか、たくさんのことでぐちゃぐちゃになっているのに、終夜さんはとにかく嬉しそうだ。


 あの時洗脳されたままだったら、彼と別れていたかもしれないから、そうはならなくて安心しているのだろう。

 俺も何も知らないで操られる未来は無くなったので、あながち盗聴器をつけられていたのも悪くなかった。

 まあ、犯罪だけど。


 前に約束していた通り、俺に危害を加えることは無いだろうから、この人について行ったとしても傷つけられない。


「夏樹が俺を選んだ。夏樹が俺を。……はは」


 でも少しだけ不穏な雰囲気を醸し出すので、しばらく接近禁止命令でも出した方がいいか、俺は歩きながら迷っていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る