第18話 突然の訪問





「どうも、こんにちは」


 いつもと変わらない終夜さん。

 でも今この場では、全く持ってありえないことだった。


「どうして、ここに?」


 瞬兄に会うことは伝えていたし、家の場所も知っている。

 だから、ここに来ること自体は、おかしくない。


「仕事はキリが良いところ終わらせてきた」


「そ、じゃなくて」


 俺の言葉をどう解釈したのか、求めていたのとは違う答えが返ってきた。

 確かに仕事のことも気になったけど、一番の問題はそこじゃない。


 俺が気になっているのは、


「どうやって入ってきたんですか?」


 鍵がかかっていたはずの扉を、どうやって開けて入ってきたかだ。



 瞬兄が鍵を閉めたところを、俺は確実に見た。

 その後、家の中にいた俺と瞬兄のどちらも鍵は開けていない。


 それなのに、終夜さんはここにいる。

 全然、状況が理解出来なかった。


「ああ、そんなことか」


 でも終夜さんにとって、俺の疑問はとるに足りないことのようだ。

 特に焦った様子もな無く、スマホを持っているのとは違う手をあげた。


「これで入っただけだ」


 光に反射してきらりと光ったのは、鍵だった。

 それを使って入ったということは、瞬兄の家の鍵なのだろう。


 鍵を持っていれば、家の中に入ることは可能だ。

 そうすれば俺や瞬兄に気づかれることも無く、静かに入ってこられる。

 それなら納得である。


「えっと……どうして、家の鍵を持っているの?」


 ただそれは、新たな問題を作っただけだ。

 何で彼が瞬兄の家の鍵を持っているのか。


 俺でさえも、まだもらっていないのに。


「玄関のところに置いていた鍵を見て、合鍵を作ったってことか」


 今まで黙っていた瞬兄は、どうして鍵を持っているのか分かったようだ。

 鍵を見ただけで、合鍵が作れるものなのか。

 凄いと思ってしまったけど、完全に犯罪だ。


 まさかそんなことを、終夜さんがしたとは、到底信じられなかった。


「本当抜け目のない人だな。余裕が無いように見えたけど、ちゃんと色々と見ていたわけだ」


「夏樹のことだからな。当たり前だろう」


「ははっ。気持ち悪いな」


 気持ち悪いよりは怖い。


「まあ、そのおかげで夏樹のピンチに駆けつけられたからな。無いよりはあった方が便利だろう」


「完全に犯罪だけど。それで? 捨てられそうになったから、惨めに縋り付きに来たわけか?」


 瞬兄がとても好戦的だ。

 ここまで人に対して冷たい態度をとっている姿を見るのは、今までで初めてである。


 でもそれは、俺のためじゃない気がした。


「捨てられる? 何を言っているんだ。夏樹をそそのかしていたくせに。夏樹は純粋だから騙されやすいんだ」


「まあ、思ったよりもあっさりいって驚いた。抵抗しなかったってことは、それぐらいどうでも良かったって話じゃない?」


 俺は当事者のはずなのに、置いてけぼりにされている。

 それでもなんて言って話に入ればいいか分からないので、大人しく状況を見守っていた。


「よくもまあ。いけしゃあしゃあと。俺が優しく許している間に、さっさと夏樹から離れた方が身のためだ」


「離れた方が良いのは、そっちの方じゃない? 夏樹に別れを告げられて、頭がおかしくなった?」


「だから、夏樹が俺から離れるということがおかしいんだよ。無理やり言わされた言葉は、真実じゃない」


「元々頭の中にあったから、言葉は出てくるものだよ。それは真実だ」


 2人の間に、火花が散っているのが見えた気がした。

 俺は顔を引きつらせて、そしてどういう結末を迎えるのか見守る。


「そもそもさ、鍵のこともそうだけど、どうして俺と夏樹の会話を知っている感じなのかな。もしかして盗聴器とかでもつけている?」


「えっ!?」


 合鍵を作っていた以上の、衝撃を与えてくるのは止めてほしい。

 思わず叫んでしまった俺は、口を押さえる。

 盗聴器、それはあまりにも自分に関係の無い話過ぎて、全く現実味を感じられなかった。


 終夜さんは何も言わない。

 否定をしないということは、もしかして本当に盗聴器をつけているのか。


 一体どこに?

 自分の持ち物に目を向けた俺は、とあるものに対して反応した。


 それは、終夜さんが何気なくくれたストラップだった。

 ボタンを押すと光るから、暗い時に役立つと思いカバンにつけていた。

 他に何か考えられるものは無いので、きっとこれだろう。


 カバンからストラップを外し、それを持ち上げる。


「……これ?」


「夏樹は賢いな」


 嬉しそうに微笑まれたけど、その反応は間違っている気がする。

 終夜さんにとって、俺はどう見えているのだろう。

 少し心配になってきた。


「やっぱり。おかしいと思ったんだよな。色々とさ。でもさすがに盗聴器はやりすぎじゃないの?」


 盗聴器もそうだけど、合鍵の時点ですでにやりすぎである。

 あまり深刻な感じではない瞬兄の様子に、俺がおかしいのかと首を傾げた。


「夏樹にもしものことがあったら困るだろう。ただでさえ可愛いのに、色々な人に狙われているんだ。何かあった時のために、対策をしておくのは当たり前だろう」


「まあ、確かに気持ちは分かるけど」


 終夜さんの言葉に、瞬兄は頷く。

 え、どういうこと?

 俺の価値観がおかしいのかと不安になるぐらい、2人の意見は一致している。


 きっと認めたくないだろう2人の似通った部分に、俺は1人取り残された気分だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る