第16話 モテ期到来!?





『最近どう? 上手くいってる?』


 瞬兄からそんなメールが来たのは、明日の準備も終わって寝ようとしていた時だった。

 眠気に襲われながらも内容を確認すると、ほとんど寝ながら変身した。


「だいじょぶ」


 全く大丈夫じゃないけど、瞬兄は爆笑しつつ納得したらしい。


『また相談にのるから、今度家に遊びにおいでよ』


 そのメールを読んだのは、次の日の朝だった。





「またまたお邪魔してごめん」


「いやいや、俺が呼び出したんだから、謝る必要はないでしょ」


 それから何回かやりとりをして、家に行く日時を決めた。

 最初は行くことも遠慮していたけど、押しの強さをみせられて、いつの間にか行くと言ってしまっていた。


 最後に会ったのがドタバタ事件だったから、お詫びをするのにちょうどいいと、押し切られてからは自分を納得させた。



 お互いの休みと予定を確認し合って会う日を決めてから、俺は終夜さん一応伝えた。

 別にほとんど関係無いのだから、言わなくてもいいかと思ったけど、変な心配をかけるよりはと正直に話した。


 最初は少し、いや物凄く嫌そうな顔をしていた。

 でもメールのやり取りを見せて、やましいことは全く無いことを証明すれば、何とか了承をもらえた。


「その日が仕事じゃなかったら、絶対についていったのに」


 そんな恐ろしい言葉も、自分のために聞こえないふりをした。

 だけど、緊張でいっぱいだった。


 瞬兄には、終夜さんとの関係がバレている。

 それなのに未だに一緒にいる俺のことを、どう思っているのだろう。

 結婚に乗り気になっているとは、あまり思われたくない。


 さすがにその誤解は、俺のメンタルに大打撃を与えてくる。

 もしも誤解しているとしたら解いておきたい。

 これも瞬兄の家に行く理由の一つだ。


 家に行くための最低限のマナーとして、手土産を持っていき出迎えられる。


「これ、つまらないものだけど」


「わざわざ気を遣わなくても良かったのに。夏も成長したんだな……」


 手土産を渡すとしみじみとされたので、恥ずかしさをごまかすように中へと入った。


「そんなに怒るなって。からかっているわけじゃなくて、本気で成長したと感動したんだよ」


「分かっている。なんか、こういうやり取りをするようになったって思うと照れくさくて」


「まあ、お互い大人になったってことで。好きなところでくつろいで」


 この前来たから、まだ間取りは覚えている。

 遠慮を今更する関係性じゃないと、俺は瞬兄の先を進んだ。





「あれからどうなった?」


 部屋の中は特に変わった様子もなく、前に座ったところと同じ位置に腰を下ろした。

 すぐにジュースを目の前に置いた瞬兄は、斜め前ぐらいに座ると、開口一番に聞いてくる。


「あー、えっと、今のところは、まだ一緒に生活している」


「あんなに嫌がっていたのに、どういう心境の変化?」


「結婚するつもりは、もちろん無いよ。でも、そもそもは13年前の俺がしたことが原因だし。半年過ごして諦めてくれるのなら、気が済むようにした方が良いのかなと思って」


 あらためて説明すると、いたたまれない気持ちになる。

 自分でも心変わりをしすぎだと呆れる。


「ふーん。夏は優しいんだな」


「優しいんじゃない。争いたくないだけ」


 終夜さんを傷つけたくないから、悲しそうな顔をされたら胸が痛むぐらい、俺は彼と関わりを持ってしまった。


「最後は笑って終わりたいじゃん? 平和主義なの、俺」


 あえて明るく言ってみたけど、その場には俺の乾いた笑いが響いた。


「平和主義って言うのは、いいことかもしれないけどさ。気をつけた方がいいんじゃないか」


「気をつけた方がいい? どこら辺を?」


 終夜さんは俺の嫌がることをしないといった言葉通り、紳士的に接してくれている。

 好き、と言われるのには慣れないけど、だからといって嫌ではない。


 正直に言うと終夜さんとの時間は、とても心地いい時間になっていた。


「終夜さんは、とてもいい人だよ。ちょっと誤解されるような言動をすることもあるけど、俺の嫌がる事はしないって約束してくれたし」


 俺は瞬兄を安心させるために、言葉を重ねる。

 でもどんどん顔が険しくなっていった。


「瞬兄?」


「夏は全然危機感が無いな」


「瞬兄!?」


 気がつけば、瞬兄の手によって俺は押し倒されていた。

 すぐ近くに顔があって、俺は反射的に顔をそらす。


「ど、どうしたの? 冗談きついよ」


 場を和ませるために、無知な子供の振りをしたけど、瞬兄の顔は変わらなかった。


「ほら、どうしたの。夏。早く抜け出さないと」


 抜け出せと言うくせに、掴む手はがっちりと強い。

 俺は必死に動かそうとするけど、全く動かない。


「瞬兄……どうして?」


 急に恐ろしくなった意味が分からず、俺は弱々しい声で聞いた。


「夏が悪い。警戒心が無さすぎるんだよ」


「へ?」


「俺がどんな気持ちで、夏から離れたんだと思っているんだ。諦めたのに、婚約者だって?」


 怒ったままの瞬兄の顔が近づいてくる。

 俺は顔を背けたまま、ほっぺのところに柔らかい感触を受けた。


「夏、好きだよ」


 その告白を、俺は信じられない気持ちで聞いていた。




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