第15話 意外に不器用なのかもしれません





 俺への好意の伝え方が分からなくて、お土産攻撃をするしかなかったらしい。

 しかも何を渡せばいいか考えつかなくて、目につくデザートや、俺に似合いそうな服、俺が欲しいと言っていたものを選んでいた。


 そして止まらなくなって、ここまでの状態になってしまった。





「……でも、今まで彼女がいたでしょう? そういう人に対しては、どうしていたんですか」


「ずっと夏樹が好きだから、彼女なんていない。だから、全部初めてなんだ」


「うそっ」


 さすがにたくさんの人とお付き合いはしていただろう。

 そう思っていたのに、まさかの事実に開いた口が塞がらない。


「周りに群がる奴らは、いつも色々と渡してきた。だから喜ぶのかと思ったんだけど……失敗したみたいだな」


 まるで叱られた子犬のようで、下がった耳としっぽが見えてきそうだ。

 俺は心臓を掴まれたような気分を感じ、悪いことを言ってしまったのだと罪悪感に襲われた。


「い、いや。嬉しかったんですよ。俺が欲しいと思っていたものだったり、食べたことないものがいっぱいだったから。でも、その、えっと、荷が重いっていうか……」


 何とか言葉を選ぶけど、さらに終夜さんが落ち込んだ気配を感じる。

 物凄く不器用な人なんだな、とあるはずの無い母性本能がくすぐられた。


「終夜さん」


 俺は気持ちがあふれてしまって、終夜さんの手を握る。

 俺よりも少し大きな手だけど、両手で包めばすっぽりと収まって温かい。

 大胆な行動とは分かっていても、慰めるために力を込める。


「本当に嬉しかったんです。だからそんなに落ち込まないでください」


 これで慰められるのか疑問だった。

 俺が手を握ったところで、何にもならないと思ったのだけど。


「夏樹がそう言うのなら。俺も渡したかいがあった。しばらくは渡すのも我慢する」


「しばらくじゃなくて、ずっと大丈夫ですよ」


「それは俺が辛い。毎日は止めるから、たまにだったら許してくれ」


「……本当にたまに、そこまで、高いものでなければ……」


 お土産を全くいらないと言いたかったけど、また犬のような顔をされてしまい、俺は渋々受け入れるしかなかった。

 さすがに全くいらないと言ったら、しばらく落ち込んでしまいそうだ。


「分かった。たまに、そこまで高くないものを買う。約束する」


 小指を差し出してきたので、俺は一瞬固まって、ゆっくりと小指を絡めた。


「はい、約束してください」


 指切りげんまんなんて、子供の頃に戻ったみたいだ。

 むず痒い気持ちになりながら、それでも嫌な気はしなくて笑う。


「それで……これからどうすれば、夏樹は俺のことを好きになってくれる?」


「へ?」


「俺には時間が無い。夏樹とずっと一緒にいたいから、夏樹に好きになってもらいたい。だから何でもしたいんだ。好きなこと、教えてほしい」


「好きなことですか……」


 突然そう言われていても困ってしまう。

 いくら仲良くなりたいとはいっても、結婚は絶対に無理だ。

 だから好感度は上げたくないのだけど。


 そうだとしても、教えないというのも意地悪だろう。


「そうですね……外で遊ぶのは好きです。海に行ったり、山に行ったり、キャンプとか行くのが好きです。ワイワイするのもいいですけど、静かに過ごすのもいいですね」


「そうか。今度、休みの日に行こう。いい場所を知っているんだ」


「……はい」


 もしかしなくてもそれは2人きりでか。

 それで出かけて気まずい気持ちになったら大変だから、どちらかというとあまり行きたくない。

 前にそれで失敗したことがあるから、余計にだ。


「もし2人きりが嫌なら、夏樹の友達を誘えばいい」


「あ、はい。ありがとうございます」


 俺の態度に、気を遣わせてしまった。

 でも言葉に甘えて受け入れた。


 一緒に行ってくれるとしたら、相談にも乗ってくれた友達がいいだろうか。

 きっと嫌がらずについてきてくれるはず。


「夏樹との予定が出来て嬉しい」


 本当にやるかどうか分からない予定。

 ただ出かけるだけなのに、ここまでとろけた顔で嬉しがられると、俺の心臓が大きな音を立てて鼓動する。


「……俺も」


 するりと出た言葉は、社交辞令でもなんでもなく、俺の本心だった。


 いつか本当に、どこかに行こう。

 もうすぐ訪れる長期休みを考えながら、俺はいつの間にか行く気になっていた。


「夏樹」


「はい?」


 キャンプに行くのだとしたら、服やリュックを新しくしてもいいかもしれない。

 行くと決めれば、なんだか楽しくなってきた。

 色々と用意をしておこうと、頭の中で計画していると、終夜さんが名前を呼んでくる。


「好きだ……俺のこの気持ちは嘘じゃないし、冗談でもないって、きちんと信じていてくれ」


 今、こんなことを言う空気だっただろうか。

 一気に甘い空間になり、俺は思わず後ずさりしてしまう。


 そんな反応に眉を下げた終夜さんは、力の無い声でさらに続ける。


「そんなに怯えられると、さすがに辛い。嫌なことはしないから、どうか嫌いにならないでくれ」


 どうやら俺は、犬のような雰囲気をまとった時の彼の姿に弱いらしい。

 一気に母性が出てきて、そっと彼の頭を撫でた。


「……はい。嫌いにはなりませんよ」


「ありがとう」


 ああ、もう。

 そんな嬉しそうな顔をしないで欲しい。


 俺は高鳴る心臓の鼓動を抑えるため、そっと彼から視線を逸らした。





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