第14話 そこまでの仲の良さは求めていません





 母親との電話を聞かれるのは、まだいい。

 何が恥ずかしいって、仲が良いことを認めているのを聞かれたことだ。


 電話を切った後、しばらく顔を赤くさせて固まっていたけど、俺はこの空気を切り替えるために、あえて大きな声を出した。


「あ、あの。おかえりなさい! 今日は早かったですね」


「あ、ああ。仕事が早く終わったから」


「そ、そうなんですか! すみません、まだお風呂の準備をしていなくて!」


「それは大丈夫だ。それよりも、さっきの話は本音か」


 このままお風呂の準備をすると言って、話をうやむやにしたかった。

 でも、終夜さんはそれを許してくれない。

 大人だから見逃してくれてもいいのに。


 この場にとどまるようにされて、俺は大人しく座る。


「う、うう。本音です」


 ごまかしたところで、彼にはすぐにバレる。

 俺は視線をそらしながら、素直に認めた。


「そうか」


 それだけを言って、嬉しそうに笑う姿に、なんだかいたたまれなくなる。

 恥ずかしくて、顔から火が出てきそうだ。


「えーっと、そうだ。渚さんに心配かけていたみたいで、申し訳なかったです」


「親父が?」


「あー、えーっと、最初の俺の態度が悪かったですから。知らない人と一緒に暮らすなんて無理と思っていましたし……あ、でも、もちろん、今は違いますよ?」


「……そうか」


 話を変えようと思って渚さんの話題を出すと、少し嫌そうな顔をした。

 でもすぐに嬉しそうな顔に変わったので、急な変化に首を傾げる。


 どうしてそこまで嬉しそうな顔をするのかと思ったけど、すぐに自分の言葉の意味を理解する。



 今は違うなんて、むしろこの生活を望んでいるみたいだ。

 いや望んでいないわけではないけど、改めて考えると叫び出したくなる。


「あ、だから渚さんには、母親から言ってくれるらしいんで、安心してください!」


「そうか」


「さっきの電話は定期連絡らしくて、月に一度しなきゃいけないらしんですよね。面倒くさい」


「そうか」


 まるで壊れたラジオみたいに、そうかとしか言わなくなった終夜さんは、それでも俺から視線をそらそうとはしなかった。


「……今更、ムシのいい話かもしれませんけど、残り5ヶ月よろしくお願いします……?」


 いたたまれなさから自然と三つ指をついて、頭を下げていた。

 これでは、まるで嫁入りしたみたいだ。

 そう思った時には、俺は終夜さんの腕の中にいた。


「!?」


 いつの間に?

 身構える時間も無いぐらい、動きが早かった。


 彼の腕の中で、俺は目を白黒にする。


「しゅ、終夜さん?」


 胸を押しても全く動かず、離れることが出来なかった。

 前ほど嫌ではないけど、恥ずかしくてたまらない。


 俺は顔を真っ赤にさせながら、必死に無駄な抵抗を続けた。


「有希。悪いが、少しだけこのままでいてくれ」


 彼にそう言われてしまったら、抵抗する気持ちが無くなる。

 そのまま体を預けて、彼を抱きしめ返した。


 俺の言葉一つで、ここまで喜んでくれる。

 それは胸を、ポカポカと温かくさせる事実だった。





 完全にほだされている。

 俺はこの前の出来事で、そう確信していた。


 終夜さんにすることを受け入れる範囲が、日に日に広くなっている。

 それは、彼に心を開いているというわけなのだろう。


 そんな自分が嫌じゃないから、さらにムズムズとした気持ちになる。




 でも言い訳すると、この気持ちは恋愛ではない。

 キスをしたいとは思わないし、それ以上なんて想像も出来ない。


 向こうと俺の気持ちの種類は、全く別だった。

 そこは彼にも伝えている。

 変な期待を持たせたくないから、恋愛感情は無いとはっきり言った。


 ガッカリさせるかと思ったけど、そんなことはなく、むしろ嬉しそうだった。


「恋愛感情じゃなくても、俺にいい感情を抱いているのなら、こんなに嬉しいことは無い」


 聞いているこっちが恥ずかしくなるような、そんな言葉に、顔を赤くさせられたのは不覚である。


 そういうわけで、今は仲のいい同居人といった感じの関係性なのだけど、困っていることがある。


 一般的に同居人の関係性というのは、友達以上恋人未満じゃないのだろうか。

 でも今の俺と終夜さんは、それ以上な関係の気がして仕方が無い。




 特におかしいと思うのが、毎日のようにお土産を買ってくることだ。

 一番多いのはスイーツ、たまに洋服、まれに俺が欲しいと言ったゲーム。


 全てを合わせると、馬鹿にならない金額になるだろう。

 最初はいつも食べられないようなデザートや、自分じゃなかなか手が届かないものをもらえて喜んでいた。


 でもそれが続くと、段々と気になってくる。

 本当に俺がもらってもいいのか。さすがにもらいすぎじゃないか。


 終夜さんにとっては、別にそこまでの出費じゃないのかもしれないけど、学生の身の俺からしたら、もったいないと思うぐらいだった。


 しかも毎日、これはまずい。

 もらったお土産の量が笑えないぐらいになった頃、俺は一度終夜さんと話し合うことにした。


「……というわけで、ここまでもらっていおいてなんですけど、さすがにそろそろ止めた方が良いと思うんです」


 デザートは無理だったけど、それ以外のものをテーブルの上に並べて、彼と向き合う。

 決して小さくはないテーブルいっぱい使わないと並びきらなかったから、その量の多さは一目瞭然だ。


「別に好きでしていることだ」


 まさに圧巻というぐらい物があるのに、終夜さんは何がおかしいのかといった顔をしている。

 価値観の違いがありすぎて諦めそうになるけど、諦めた先に待っているのは部屋を埋め尽くすお土産なので、自分を奮い立たせる。


 人によってはただでもらえるのだから、これからも素直に受け取っておけばいいと思うかもしれない。

 でも俺は昔から母親に、ただより高いものは無いと教えられているので、これ以上は後が怖かった。


「俺を喜ばせようとしてくれているのは嬉しいです。でも、ここまでもらっちゃうと申し訳ないというか……。もらった分、何も返せていないですし」


 いっそ冷たく聞こえるのではないかというぐらい、はっきりといらないという意思表示をした。


「しかし……」


「しかしも何もありません。もういいですよ。終夜さんも毎日大変でしょう?」


 諭すように言い聞かせれば、元気のなくなった彼が、俺を上目遣いに見てくる。


「プレゼントがいらないとなったら、俺はどうやって夏樹に好意を示せばいいんだ?」


 それ以外の方法が分からない。

 そう表情が物語っていた。


 まずそこから話し合わなければならないのか。

 俺は説得するのに時間がかかりそうだと、覚悟をするしかなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る