第13話 結婚はしないけど、仲良くなりましょう





 結婚するつもりはない。

 でも、半年のお試し期間の間は、仲良くしようと思う。


 どうしてここまで考えが変わってしまったのか。

 自分でも不思議だ。


 もしかしたら記憶はないけど、心の中には思い出があるのかもしれない。

 だからこそ一緒にいるうちに、少しずつほだされたのか。



 食卓を囲んで他愛の無い話をしたり、テレビをソファで一緒に見たり、何もせずにいたり。

 そんなとりとめのない時間が、幸せだと感じるようになった。





「最近、夏樹変わった」


「え? 変わりましたか? どこら辺が?」


 俺の変化には終夜さんも気づいて、一緒にココアを飲んでいた時に、ふとした感じで言ってきた。


「なんか、可愛くなった?」


「はい?」


「いや、前から可愛かったんだけど。最近、さらに可愛くなった。……髪切った?」


「切ってないですし、可愛くないです」


 1回、終夜さんは目の検査をした方がいいんじゃないか。

 事ある毎に可愛い可愛いと言ってくるから、前よりは慣れてきた。


 さすがにもう、顔が赤くなったりはしない。

 終夜さんは残念そうだったけど、可愛いというのは止めてくれない。

 つい自然に口に出してしまうと、この前言っていた。


 本心から言っているらしいからこそ、未だにいたたまれなくはある。


「何かあったか?」


「べ、別に無いですけど?」


 声がどもってしまったのは後ろめたい証拠だけど、終夜さんは特に追及してこなかった。


「まあ、俺としては可愛いからいい。好きだよ、夏樹」


「ぐおう」


 終夜さんの中の最近の決まり事として、一日一回好きだと言ってくるようになった。

 さすがにそれは慣れることがなく、未だに変な声を出してしまったり、顔が赤くなったり、たまに逃げてしまう。


 逃げた時は、終夜さんが嬉しそうに追ってくるから、俺は必死に家の中で逃げ回っている。

 その鬼ごっこは最終的に、彼に捕まって可愛いと言われながら抱きしめられて終わることが多い。

 俺にとっては恥ずかしさしかないけど、満足そうにされたら大人しくしているしかなかった。



 好き、という言葉に慣れることはない。

 それに慣れてしまう時は、俺が彼の想いを受け入れてしまったのと同じだ。

 だからこそ、俺は逃げ続けるしかない。




 それでも彼と過ごす時間は、俺の中で心地よいものに変わっているのも事実だ。

 俺のことを好きだからか、俺の嫌がることはほとんどしないし、俺が過ごしやすいようにしてくれている。

 家にいた時より、最近はここにいる方がリラックスできる。


 彼の行動で、俺の心は少しずつ変化していった。





 一緒に暮らすようになって1ヶ月が経った頃、母親から連絡があった。


「もしもし……なんの用?」


「あら。開口一番、可愛くないわね。月に一度、定期連絡をするように言ってあったでしょ」


 そういえば、そんなことを言われたような気もする。

 婚約という話に気を取られていたせいで、全く頭の中に入っていなかった。


「あー、特に変わりなくやってるから安心して。それじゃあ」


「ちょっと待ちなさい」


 話を長引かせると面倒臭いから、さっさと電話を切ろうとしたのだけど、そうは上手くいかなかった。


 低い声で待てと言われれば、聞かなかったことにして切るこちが出来ない。

 長年染み込まれた調教の賜物だ。悲しい。


「……なんでしょうか?」


「ちゃんとやっているの? 終夜君に迷惑かけてない?」


「大丈夫。仲良くやってるから」


 母親らしい感じで心配されると、なんだかむず痒くなる。

 俺は口をもにょもにょと動かし、恥ずかしさを誤魔化す。


「へー、仲良くねえ。それならいいけど」


 電話越しでも、絶対ニヤニヤしているのが分かる。

 あんなに嫌がっていた俺が、今はそこまで拒否していないし、逃げていないことで色々と察したのだろう。

 こういう時、勘のいい母親は面倒だ。


 俺の心境の変化を、終夜さんよりも気づいている。

 からかわれる未来しか見えなくて、怒られてもいいから電話を切るべきだったと後悔する。


「いいの? あんたが望むなら、こっちに帰ってきてもいいって言おうと思っていたけど」


「まだ大丈夫」


「へー。まだ、ねえ」


 本当にやりづらい。

 今にも画面に触れて、会話を強制終了したかったけど、気合で押しとどめる。


「そこまで仲良くなったのなら安心ね。急に色々と進めちゃったから、ちょっとは心配していたのよ」


「今思っても、あれは酷い。いけにえと同じレベルの扱いだった」


「大げさねえ。上手くいっているんだから、結果オーライじゃない」


「あまりにも行き当たりばったりすぎる……」


 そんな軽い感じで決めるようなものじゃない。

 物凄くツッコみたかったけど、待っているのは気が抜けるような返事だ。

 俺はため息を吐いて、これ以上の文句を言うのを止めた。


「2人は仲良しなら、渚さんにも言っておくわ。あの人が一番、あんたのことを心配していたから」


「渚さんが?」


「だって、いきなりのことだったじゃない? 悪いことをしたんじゃないかって、自分を責めていたわよ」


「そっか。それなら伝えておいて。終夜さんとは上手くいっているし、安心してくださいって」


「分かった。それじゃあ、またね。終夜さんに迷惑かけるんじゃないわよ」


「分かっているって。じゃあ、またね」


 電話を終えた俺は、大きく伸びをして振り返った。




 そこには、顔を真っ赤にさせた終夜さんの姿があった。


「い。いつからそこに?」


「……少し前から。邪魔したら駄目だと思って、静かにしていたんだ」


 顔に手を当てているけど、赤くなっているところは隠せていない。

 でも俺だって同じような顔をしているから、何も言えなかった。


 母親に言った上手くいっているという言葉を確実に聞かれていたから、ここまで恥ずかしいのか。



 俺と終夜さんは2人して顔を赤くさせて、しばらくの間、何も話せず見つめ合うことしか出来なかった。





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