第10話 お互いを知っていきましょう





 せっかく逃げられるチャンスだったのに、俺はそれを捨てて、終夜さんのことをよく知る機会を作った。

 自分のその判断が正しかったのか、自信を持って言えないけど、彼が喜んでいるのでよしとしよう。



 質問をして知る作戦は失敗した。

 まさか、答えが全て俺になるとは思わなかった。

 というか何で、好きな色で俺の名前が出てくるんだ。意味が分からない。


 全く参考にならなかったから、俺は普段の生活を送る中で、終夜さんのことをもっとよく知ろうと考えた。





 終夜さんは、俺でもよく知っている会社で働いている。

 しかも結構偉い立ち位置らしく、だからこそいいところに住むのも平気で、いい車にも乗っているのだろう。

 社会人じゃないからはっきり言えないけど、意外にも時間にゆったりとしている。


 俺が起きるまで待っていられて、俺が帰ってきてから、そこまで時間がかからないうちに帰ってくる。

 普通だったら、もう少し時間がかかるんじゃないか。

 そう思っても、今のところ大変な様子はないから大丈夫なのだろう。



 どうしても一緒に食事をとりたいからといって、あれから朝食と夕食は同じ時間に食べることになった。

 いつ作っているのか分からないが、全て終夜さんの手作りで、そのどれもが美味しい。

 一度、あまりにも申し訳なくて、いつも作らなくてもいいと言ったのだけど、その時の反応が怖かった。


「夏樹の全てを俺で作りたいから」


 深くは聞かなかったけど、絶対に病んでいる。

 その内、俺の全てを管理しだすのではないか。

 そんな未来が、簡単に見えてしまった。


 でもご飯は美味しいから、拒否する気は無かった。

 これが優しいと言われる理由かもしれない。



 終夜さんが潔癖なのは知っていたけど、それは俺限定には気にならないらしい。

 前に少し学校で疲れて散らかしたままにしていたら、本気で嬉しそうな顔をされてしまった。


「夏樹が頼ってくれたみたいで嬉しい。何でもしてあげるよ」


 これは駄目人間になる。

 俺が許せば許すほど受け入れてきて、面倒も見てきそうだ。

 さすがに排泄処理はしないと思いたいけど、絶対に無いとは言えない。

 本当に怖い。





 少しずつ色々な情報を知ることが出来た。

 でも俺は未だに、終夜さんとの初めて出会った日を思い出せない。


 好意を向けられれば向けられるほど、申し訳ない気持ちでいっぱいになって、わけもなく叫びだしたくなる時がある。

 向こうが気にしていないからこそ、逆に辛い。


 最近は頑張って思い出そうとしているのだが、かけらも思い出せない。

 ほんのかけらもない。

 それが逆におかしいけど、5歳の時のことだから無理もない話か。



 一緒に過ごしていくうちに、きっと思い出してくるだろう。

 そう楽観的に考えることにした。


 終夜さんは俺が絡まなければ、完璧な人である。

 俺が絡むと、完全に駄目な人になる。

 本当に残念な人だ。


 絶対会社とかでもモテるはずなのに、その雰囲気を全く出してこない。

 きっとプレゼントだって貰っているはず。

 それを持って帰ってこないということは、俺に気を遣っているのか。


 さすがにそれは、送ってくれている人も可哀想だ。

 終夜さんが好きで、真剣に考えて選んだプレゼント。

 全く活かされることなく、どこかで眠っているのだとしたら、活躍する機会を与えなくては。


 俺は見知らぬ女性のために、一肌脱ぐことにした。

 頭の中での瞬兄が止めた方がいいと言ったけど、俺の頭の中だから説得力はない。


 今日帰ってきたら話をしよう。

 俺は授業中に決めると、早く帰るのが楽しみになった。





 家に帰ると、当たり前だけど終夜さんはまだいなかった。

 俺は荷物を片付け、洗濯物をたたんだりお風呂の準備をしながら、彼が帰ってくるのを待つ。


 こういうこともしなくていいと言われているけど、全くしないのは母親に怒られそうだから、自主的にやっていた。

 最初は不満そうだった終夜さんも、まるで新婚みたいだということで、受け入れてくれた。

 新婚については一応否定したが、聞いてくれたかどうかは微妙なところだ。


 これと思ったことに関して周りが見えなくなるから、俺の言葉さえも届かない時がある。

 さすがに、まだ結婚するかどうかは決まっていないので、そこら辺は考えを改めて欲しいところだ。




 準備をしながら考え事をしていれば、玄関の鍵が開く音が聞こえる。

 ここに帰ってくるのは一人しかいないので、俺は出迎えに行った。


「おかえりなさい」


「夏樹!?」


 帰って来ていることは分かっているはずなのに、出迎えた俺を驚いた顔で見てくる。

 その腕の中にプレゼントを抱えているのを見つけて、話が早く進められそうだと期待した。


「終夜さん、それ誰かからもらったの?」


「な、夏樹、これは違う! 無理やり持たされて、捨てるに捨てられなかったんだ!」


 俺の問いかけに何を勘違いしたのか、言い訳をしてきたので、俺は安心させるために笑った。


「いいんですよ。それだけ人気者ってことですから。いつも遠慮しないで、持って帰ってきて下さい」



「…………は?」



 あれ、と思ったのは、その声が地の底から響いているぐらい低かったからだ。

 そして何気なく終夜さんの顔を見た俺は、喉の奥の方で悲鳴をあげた。


「何を言っているんだ、夏樹」


 俺は知らない間に地雷を踏み抜いてしまったらしい。

 完全に怒っている終夜さんに、引きつった表情を浮かべて後ずさった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る