第8話 バチバチな関係?



 しつこく鳴るインターホンに、少しの恐怖を覚えながら扉を開ければ、そこには予想通りの人物が立っていた。


「夏樹!」


「わっ、ぷ!」


 焦っていたのに、俺の顔を見た途端、ぱっと顔を輝かせて抱きついてくる。

 身構えていなかったせいで、勢いのまま後ろに倒れ込みそうになったけど、何とか瞬兄が受けてめてくれた。


「夏樹に触るな」


 でもすぐに低い声で威嚇した終夜さんが、瞬兄の手を払う。


「いたた。そんなに威嚇しなくても……別に取って食おうなんて思ってないよ」


 遠慮なく叩いたようで、瞬兄は顔をしかめて苦笑した。


「どうだか。そもそも、家に入れている時点でおかしいだろう」


「あれ、知らないのか。俺と夏は幼なじみなんだ。だから家にいれるぐらい、何もおかしなことは無いさ」


「そんなことは知っている。でも最近は関わりがなかったはずだ。何を企んでいる」


「企んでいるだなんて物騒だな。俺は親切心で、困っている弟分を助けただけなのに」


「それがおかしいと言って……!」



「ストーップ!!」



 言い争いがヒートアップする気配を感じて、慌てて間に入った。

 さすがにここで喧嘩をしていたら、近所から通報されてしまいそうだ。


 警察が来たら、なんて説明すればいいのか。

 男同士の痴話喧嘩なんて言ったら、恥ずかしくてもうこの辺りを歩けない。


「えーっと、瞬兄色々とありがとう! ハンバーグ、本当に美味しかった。また今度ね!」


「いつでも遠慮なく遊びに来ていいからな」


「お断りだ!」


 俺の代わりに終夜さんが返事をすると、腕を掴んで引っ張ってきた。


「本当にありがとう!」


 半ば引きずられながらも、何とか瞬兄にお礼を言う。


 急な展開だったけど、特に気にした様子もなく、手をひらひらと振って見送ってくれた。

 迷惑をかけたのに、性格が良すぎて逆に心配になる。


 俺が手を振り返すと、掴む手の力が強くなった。





 瞬兄のアパートの近くに、俺でも知っている高級車がとまっていた。

 昨日も乗ったから終夜さんの車だと分かったけど、場と合わなすぎてものすごく目立っていた。


 未だに腕を掴まれたまま、先を行く終夜さんは何も言ってこない。


 昨日の今日で逃亡したことに、怒りすぎて何も言わないのだろうか。


「ご、ごめんなさっ」


 さすがに申し訳ない気持ちが湧いてきて、俺はつかえながら謝罪する。

 でも返事は無く、助手席に押し込められた。

 すぐに運転席に座った終夜さんは、エンジンをかけると発進した。


 車が進む中、痛いぐらいの沈黙が落ちる。

 いたたまれなくなって、俺は膝の上で握りしめた拳を、ただ見つめることしか出来なかった。



 スムーズに走っていた車は、途中で信号につかまる。


 待っている間、終夜さんのハンドルを指で叩く音が、プレッシャーを与えてきた。

 無意識にやっているのだろうけど、その一定のリズムは威圧感がある。


 完全に怒っているのを感じて、俺は自分勝手だけど涙が溢れてきた。

 今まで甘々だった人が怒っている。

 それが俺にとっては、大分衝撃的だったらしい。


 他人事のように思いながら、俺は涙を拭うことをせず、そのままこぼした。


「……夏樹」


 泣くのに夢中で、俺はいつの間にか車が止まっていたことに、気が付かなかった。


 そっと伸ばされた手が、俺の涙をぬぐう。

 優しい手つきに、少しでも許してもらえたのかと期待して、小さな声で謝罪した。


「ごめんなさい」


「……それは何に対しての謝罪だ?」


「連絡しないで、瞬兄のところに行ったから」


「まあ、それもある。でも、他にもっと謝ることがあるだろう」


「他に? ……他に?」


 瞬兄のところに行った以外で、他に何をしてしまっただろうか。

 思いつかなくて首を傾げていると、涙を拭っていた指が、ほっぺをするりと撫でた。



「…………俺から逃げようとしただろう」



「あ……」


 終夜さんが怒っていたのは、そこだったらしい。


「家に帰って、夏樹がいなかった俺の気持ちが分かるか。やっと近くにいられることが出来たのに、どうしてまた離れなきゃいけないんだ」


 するするとほっぺを撫でられ続けながら、文句を言ってくる。


「夏樹、好きだ。でも俺の子の気持ちは迷惑なのか?」


「それ、は……」


 迷惑と言えば迷惑である。

 でも今は心配をかけてしまった負い目があるから、はっきりと言えなかった。


 それでも答えに迷う俺に、彼は察してしまったようだ。


「迷惑だとしても、離れることは出来ない。半年のお試し期間の後も、ずっとずっと一緒にいたいんだ」


 真剣な表情で、俺を見つめてくる。

 そして、そっと顔を近づけた。


 キスをされる。

 思わず身構えてしまうが、いつまで経っても唇が触れることは無かった。


「……嫌なら、ちゃんと拒否してくれ……」


 苦しそうに顔をゆがめた彼は、キスをせずに離れた。


「ごめんなさい」


 確かに彼の言う通り、嫌なら拒否すれば良かった。

 でも今は、キスをされるかもしれないと分かっていたのに、そのままの状態で待っていた。

 これでは期待させるだけだ。


「……いや、俺が悪いのに八つ当たりした。気にしないでくれ」


 俺の謝罪に、彼は髪をかき乱した。


「帰ろうか」


 そしてこれ以上は話をしないと、強制的に終了される。


「……はい」


 俺はそれに対して、何も言うことが出来ず、ただただ車が動き出すのを待っていた。




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