第7話 瞬兄の協力の仕方





「……本当に大丈夫かなあ?」


「何が? 大丈夫だよ。それよりも、そっちの醤油とって」


「オッケー。はい、どうぞ」


 現在、俺は瞬兄と並んで、食事を作っていた。





 俺のヘルプコールに、瞬兄は助けてくれると言ってくれた。

 そして連れてこられた先は、一人暮らししているアパートの一室だった。


 初めて入った部屋の中は、学生の一人暮らしなだけあって、狭めである。

 でもあの広いマンションより、俺は安心出来た。



 とりあえず大人しく連れてこられた俺は、くつろぐように言われたけど、どうしたらいいのか分からなかった。

 よく遊んでいた瞬兄の実家ならまだしも、初めて入った場所である。


 好きにしていいと言われて、完全にくつろぐことは出来なかった。



「あー、なんか腹減っただろう。作るか」


 ガチガチに固まった俺を可哀想だと思ったのか、苦笑しながら瞬兄は提案してくれた。

 動けないけど何かしないと落ち着かない気分だったから、その提案は本当にありがたかった。


「うん、作る!」


「そんなに緊張していたのか。なんか可愛いな。はは」


 食い気味に返事をすれば、耐えきれずと言った様子で吹き出す。

 男なのに可愛いと言われて、全く嬉しくない。


 それでも瞬兄には言葉の奥に欲のようなものは無いから、警戒心を抱くことはなかった。




 こういった経緯があって、一緒に食事を作ることになった。

 キッチンもそこまで広いわけではなく、2人並ぶと窮屈だ。


 それでも肩が触れ合う距離で料理をするのは、昔に戻ったみたいで楽しい。


「何作るの?」


「うーん、和風ハンバーグ?」


「本当に!? やったあ! 凄いね、瞬兄ハンバーグ作れるの?」


「いつもはそこまでやらないけど、今日は夏がいるから特別にな。男の手料理だから、あまり期待するなよ」


「いやいや、料理出来るだけ凄いでしょ」


「一人暮らししたら、自然と出来るようになるって。それよりも、夏だって結構手際良くないか? 普通はもっと出来ないって」


「そうかな? 前々から、何でかしごかれて……」


 ハンバーグをこねながら、俺はそこで気がつく。


 昔から、何故か母親は俺に家事全般が出来るようにしごいていた。

 俺としては一人暮らししてから、そのうち頑張りたかったのだけど、お小遣いと引き換えにされれば特訓を受け入れるしかなかった。



 母親の言い分は、近いうちに絶対必要になるからということだったのだけど。

 その近いうちというのは、もしかして終夜さんとの同居のことではないかと思ってしまった。



 この考えは、正解な可能性が高い。

 今思えば、母親の顔はニヤニヤとしていた。



「どうした夏。手が止まっている」


「……衝撃の事実に、意識を飛ばしていた……ごめん」



 まさかそんな昔から、終夜さんに関係することが行われていたのかと知り、衝撃を受けていたせいで手が止まっていた。


 それを目ざとく見つけた瞬兄が話しかけてきて、慌てて手を動かす。


「いや、別にいいんだけど。随分とこねるなって思って。もうそのぐらいでいいんじゃないか」


「うん。ごめん」


「本当に大丈夫か?」


「……だいじょばないかも……」


 13年前に婚約を結んでいたと情報では知っていたけど、実感が湧いていなかった。

 でもこういう事実が出てきてしまうと、嫌でも現実味を帯びてしまう。


「本当、どうして俺なんだろう」


 俺と結婚したいと思う、終夜さんの考えが分からない。

 こねるのを止めて、ハンバーグの形を作っていると、大根をおろしていた瞬兄の手が止まった。

 そして手を洗い、俺の頭を撫でてきた。


「夏はいい子だからな。昔も今も可愛かったし、その人は見る目があるよ」


「本気で言ってる? 昔はともかく今は全く可愛くないけど」


 瞬兄の中では、俺は昔の俺のままなのだろうか。

 子供扱いされて、俺はハンバーグの空気を抜きながら、ほっぺを膨らませた。


「さすがに結婚したら駄目とは言わないけどさ、その人の話を聞いてあげることも大事だよ」


「……そう、かなあ」


「その人だって、夏に悪いことをする気じゃないんだから。好きだからこそ暴走しているだろう、きっと」


「でも、好かれる理由が分からない」


「確かにそうかもな。だからこそ話し合いが必要なんだよ。それも含めて、2人でゆっくり話をするべきだ」


「……うん」


 確かに俺達は、まだまだ話をしていない。

 だから終夜さんのことを、ほとんど知らなかった。


 ハンバーグの空気抜きを終えて、フライパンの上に並べると、俺は緋を付けた。





「あー、美味しかった。瞬兄は料理が上手だね」


「お粗末様。夏が手伝ってくれたおかげだな。俺だって久しぶりにハンバーグ食べた」


「もうお腹いっぱいで動けない。このまま泊まりたいな」


 2人で作ったおかげもあり、ハンバーグはとても美味しかった。

 あまりにも美味しかったから、たくさん食べすぎて動くのも辛いぐらいだ。


「うーん。泊めてあげたいところだけど、それは無理かもな」


「え、何で?」


「だって、ほら」


 出来れば泊めてほしかったのに、瞬兄は玄関の方を見ながら無理だと言った。

 そしてその瞬間、インターホンの音が鳴る。


「どうやら、王子様のお出迎えみたいだな」


「……王子様って」


 王子様と言われても、違うとは言い切れないところが困るところだ。


 何度も鳴り響くインターホンの音に、俺は誰が来たのか悟ってしまった。




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