第6話 協力者を探す





 学校は平和だ。

 急にキスをしてくる人はいない。


 そんな人がいたら、すぐに警察沙汰なのだから、やる方がおかしいのだ。

 でも家に帰れば、そんなことをするおかしい人が待っている。

 本気で泣きそうなぐらい、この事実は俺に打撃を与えた。



 助けを求めたいけど、クラスメイトじゃ心もとなかった。

 もっと真面目に、そして何とか助けてくれるような人。

 学校中を観察しても、誰も見つからない。


 完全に無理だ。

 俺は頭を抱えるしかなかった。





 家に帰りたくない。

 俺は学校からの帰り道、ゆっくりと歩いていた。


 マンションは遠くからでも分かるぐらい大きいから、迷うことはない。

 だから遠回りすることも出来ず、まっすぐマンションに向けて進んでいた。


「うう。帰りたくない」


 ぶつぶつと話しながら歩いている俺は不審なのだろう。

 人が避けて脇を通っていく。


「お。夏じゃないか。家、こっちの方じゃないだろう」


 それに寂しさを感じていると、懐かしい声が聞こえてきた。


しゅんにい!」


 悩んでいたことが消えて、パッと顔が輝いたのを自分でも感じる。



 視線を上げた先に立っていたのは、昔からよく遊んでくれた2歳上の瞬兄だった。

 でも大学に行ってしまってから疎遠になっていたせいで、会うのは久しぶりだ。


「瞬兄こそ、こんなところで何しているの?」


「ちょっと買いたいものがあって、この近くにいる店に行っていたんだ」


 そう言って、上げた手には確かにビニール袋があった。


「へー、そうなんだ。何かチャラくなった? 髪の毛とか染めちゃってー! さらに格好良くなったね」


 昔も格好良かったけど、今の方がずっと格好良い。

 髪も明るく染めて、垢抜けている。

 きっと大学ではモテるはずだ。


「はは、そうかな? 夏も大きくなった。……あれ? そういえば、昨日誕生日じゃなかったっけ?」


「覚えていてくれたの? そうそう。……そうなんだ……」


「どうした? 急に元気無くなっちゃって。何かあったの?」


 誕生日と聞くと、思い出すのは終夜さんのことだ。

 これから帰らなくてはならないと思うと、憂鬱で仕方が無い。


「えーっと」


 婚約の話を、瞬兄にしてもいいものか。


 昔から知っているとはいえ、この件に全く関係無い。

 それなのに、プライベートなことを教えるのはまずいんじゃないか。


「少しだけ、話をしてもいい?」


 少しだけ迷って、俺は話すことに決めた。

 デリケートな話だけど、どうしても協力者が欲しかった。


「いいよ。時間はあるから、可愛い弟分の相談に乗ってあげるさ」


 瞬兄もいいと言ってくれたので、遠慮なく相談する。

 それぐらい俺は追い詰められていたようだ。





「……なるほど。婚約者ねえ」


 近くにある公園に場所を移して、俺は昨日からの出来事を話した。


 婚約者が男だったという点に関しては、物凄く言いづらくて話すのに数分かかってしまったけど、それでも瞬兄は急かさずに待っていてくれた。

 俺は何度もつっかえながら話したので、全てを話し終えるまで時間がかかってしまった。


 だから話し終えた時には、物凄く疲れて、座っていたベンチに深く寄りかかった。



 俺が離している間、真剣に聞いていてくれた瞬兄は、腕を組んで考え込んでいる。

 馬鹿にしたりしないできちんと聞いてくれた、それだけでも俺は嬉しかった。


 この意味の分からない状況を、誰かと共有したかったのだ。

 話をしただけでも、随分と肩の荷が下りた気分である。



「一応確認しておくけど、夏はその人のことを好きなの?」


「いいや、全然。だって昨日が初対面みたいなものだったから、好きになるとかそういう問題じゃない」


「そうだよな。いくら美人とはいえ男だから仕方が無いか。というか、そもそも結婚ってどうするつもりなんだろう」


「俺も聞き流したけど、どうするつもりなのかな。海外にでも行くの? あれ、まだ男同士で結婚は出来ないよね?」


「パートナー制度とかはあるみたいだから、そうするつもりかも」


「パートナー制度か……」



 その言葉を聞くと、にわかに現実味を帯びてきた。

 結婚というものが、ただの天然の思い付きだけじゃなくなりそうで怖い。


「どうしよう。瞬兄……俺、結婚するの?」


 プルプルと震えが止まらなくなってしまい、俺はすがるような視線を向けた。


「絶対、無理だって。助けて、瞬兄」


 帰ったら、また息も出来ないようなキスが待っているかもしれない。

 傷つけるつもりは無いだろうけど、それでも何を仕出かすか、俺には全く予想出来なかった。



 またキスをされたら、それ以上のことをされたら。

 俺はちゃんと拒否することが出来るのだろうか。


「……夏」


 震える俺の手を、瞬兄が握ってくれる。

 温かさに緊張がほぐれ、ほっと息を吐く。

 離しているうちに冷たくなった俺の手は、瞬兄のおかげで温度を取り戻した。



 やはり瞬兄は頼りになる。

 昔から俺が困っている時はいつでも助けてくれたことを思い出し、相談して良かったと自分を褒めたい気分だった。


「夏がそこまで困っていて、俺に助けを求めているのなら」


 手を握ったまま、瞬兄は俺のことを引き寄せた。


「瞬兄?」


 抱きしめられていると言っても過言じゃないぐらいの近さに、瞬兄がいる。

 こんな触れ合いは昔からよくしているから、特に嫌な感じは無かった。


 でも、どうして今この状態になったのか分からず、俺は困惑しながら名前を呼んだ。


 俺の問いかけに、瞬兄は俺の耳元に顔を寄せた。


「それなら、俺が夏を助けてあげる」




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