第3話 婚約は絶対……?





「さすがにそれは許さない」


 13年前の婚約なんて元々無効みたいなものだけど、あらためて言葉にしようとしたら、終夜さんが完全にブチ切れた。


「いや、でも子供が言ったことだし……」


「ちゃんと書面上で契約している」


「しょ、書面!?」


 簡単な口約束だと思っていたので、まさか書類まで用意されているなんて驚いてしまう。


「そういえばそうだったわね。ちゃんと大切にしまってあるわよ」


 話を裏付けるように、母親が手を叩いて初めて聞く事実を言う。

 そんなものが家にあるなんて知っていたら、こうなる前に燃やしておいたのに、早く教えてもらいたかった。


「……もしものことがあるかと思って、こっちの分を持ってきておいて良かった。信じられないのなら確認すればいい」


 でも燃やしたとしても、無かったことには出来なかったようだ。

 向こうにも同じ書類があったらしく、取り出して俺の前に差し出してきた。


「ちなみにそれはコピーだからな」


 これを破棄しても駄目だったか。

 俺の考えを読み取るかのように、伝えながら渡された紙を手に取った。



 そこには難しい言葉遣いで、確かに俺と終夜さんが婚約するという契約内容が書かれていた。

 どこかに穴や矛盾がないかと、隅から隅まで読んでいた俺は、とある一文に注目する。


「……あの。ここに書いてある、俺の誕生日から半年間のお試し期間を設けて相性を確認してから結婚の準備をする、っていう部分なんですけど……」


「……ちっ」


 俺が尋ねたら、終夜さんが舌打ちをした。

 どうやらこの項目は、俺にとって助けになるものだったようだ。


「この半年のお試し期間の間に相性が良くないと分かったら、結婚は無しということですよね?」


「確かにそうだね」


「親父!」


「終夜は黙りなさい。ちゃんと決めたことだろう。無理やり結婚したところで、相性が良くなければ、すぐに別れることになる。そうなりたいのか?」


「……分かった」


 終夜さんは渚さんには反抗できない。

 だからすぐに結婚という形にはならなさそうだ。


 婚約は取り消せなかったけど、相性が悪いとなればいい。

 というか絶対に無理なのだから、これはもう俺が勝ったも同然である。


「それに半年も時間があるんだ。まさか夏樹君を惚れさせる自信が無いとは言わないだろう」


「はっ。当たり前だ」


「終夜君なら絶対に大丈夫よ。この子の1人や2人、のろしを付けてあげるわ」


「夏樹は1人いてくれれば十分幸せです」


「きゃっ、熱烈ね」


 でも渚さんは、完全な俺の味方ではなかった。

 終夜さんのことをたきつけて、そして見事に火をつけた。


 俺の母親は俺の味方をするわけがないので、もう期待していない。

 むしろ余計なことを言う前に、帰ってほしいぐらいだ。


「これから半年、終夜のことを頼む。少し頑固な子だけど、夏樹君に対する気持ちは本物だから」


「……は、はい」


 結婚するのは拒否できそうとはいっても、半年もの間一緒に過ごさなくてはなならないのか。

 向こうからの好感度が高いから、物凄く不安である。


「あ、安心して。夏樹君の気持ちが終夜に向かない限りは、手を出さないように言っておくから」


「は、ははははは」


「夏樹が受け入れてくれたら、すぐにでも言ってくれよ」


「は、ははははは」


 物凄くどころじゃない。不安で仕方が無い。


「あの、半年間のお試し期間って、どういう感じでやるんですか?」


「ああ。今日はその話もしようと思っていたんだ。実はね……」


「夏樹。夏樹と俺は、一緒に暮らすんだ」


「んん!?」


 一緒に暮らす?

 俺が終夜さんと?

 どうして?


 頭の上にはてなマークを飛ばしていると、渚さんが補足する。


「半年間、相性を確認するために一緒に暮らした方が手っ取り早いと思ってね。ちゃんとこちらで住むところは用意したから、セキュリティも万全だよ」


 そういう問題じゃない。

 ツッコみたかったけど、渚さんに対して俺も強くは言えなかった。


「まあ同居生活だと思って、楽に考えればいいよ。本当に嫌なら、止めないからね。でもね夏樹君」


「……はい」


「終夜はこの日を本当に楽しみにしていたんだ。だからどうか頼む。少しの間だけでいいから、一緒に住んでくれないかな?」


「………………はい」


「夏樹!」


 ここまで言われて断れない人なんて、そうそういないのではないか。

 本当に渋々といった感じで受け入れると、終夜さんがとても嬉しそうに俺の名前を呼んだ。


 間違った選択肢をしてしまった気分になったけど、断れる状況じゃなかったから諦める。


「話がまとまってくれて良かったわ。もう、あんたの荷物はマンションに送っておいたからね」


「は? 何で?」


「え。だって今日から住むんだから、物が必要でしょう。服とか食器とか学校のものとか」


 それじゃあ、断ったところで結果は同じだったじゃないか。

 荷物を送られていたなんて、全く気が付かなかった。

 逃げたとしても家で俺を待っている物は、もう何もない。




 最初から俺に選択肢は無くて、終夜さんと半年間一緒に過ごすことは決定事項だったわけだ。


「これからよろしくな。夏樹」


「……ハイ。ヨロシクオネガイシマス」


 語尾にハートマークがついているのではないかというぐらい甘さを含んだ言葉に、俺は片言で何とか返事をした。




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