生徒会長・結城愛鈴
大正三年創立、百年の歴史を誇るのこの高校は、中部地方で唯一の魔法学高校である。校舎は古く、赤いレンガで造られたクラシックな外観はいかにも魔法使いの学び舎だ。……などと下手な形容を重ねるよりも「改装前の東京駅みたい」とハッキリ言ってしまったほうが分かりやすいかもしれない。ぴちぴちの少年少女が集まる場所としては不釣り合いな、妙に堅牢で変に重厚な建造物である。
無駄に巨大な敷地を擁し(創立時は今より土地が余っていただろう事が伺える)、隙間を埋めるべく敷かれたコートや運動場のおかげで、部活動も盛んらしい。学生寮を利用している生徒も多い。校舎脇には同じくレンガ造りの大きな時計塔がそびえており、地元の住人には《魔法の時計台》という安直極まりない愛称で親しまれ、街のランドマークにもなっている。最寄りの駅から徒歩十分の立地、通学にはバスで二駅、電車で二駅の距離だ。
重さを全く感じさせない動きで歩を進めるアベルを先頭に、未だ不案内な校舎を行く。長い廊下をずいぶん歩き、階段を数回上って曲がって下りて、やっと「生徒会室」と札の下がった場所にたどり着いた。どうやらここは新校舎にあたる建物らしい。比較的設備が新しいように見受けられた。
ドアを開き真っ先に目に飛び込んできたのは、敷き詰められた赤い絨毯に、優雅に弛ませた赤いカーテンである。アベルはまっすぐに、窓を背に配置された生徒会長席に向かった。学校の備品としては不釣り合いなアンティークの椅子にどっかと座ると、派手な外見が余計に派手に見えた。バタン、と後ろでドアが閉まる音がした。しのぶという女が、番犬よろしくドアの前で仁王立ちした。
「僕らも実は授業をサボっている状態でね。単刀直入に話を聞かないと、試験の出題範囲を聞き逃してしまう。さあ、掛け給え」
部屋中央にポツンと置かれたパイプ椅子を勧められて、おずおずと座った。まるで裁判のような雰囲気だ。
「そう固くならないでくれよ。久々に登校した気分はどうだい? お友達と再会は果たしたかい?」
「……」
「僕はあまりユーモアが得意ではない自覚はあるが、もう少し朗らかにできないのか
顔に感情が出やすいタイプとは自覚があったけれど、そんな酷い顔をしているだろうか。
(早く済ませたい)
やっとの思いで教室までたどり着いたのに、やっとのことで教室の扉を開けたのに……。何の授業も受けられず、連れ出されてしまった。
(最低だ)
あの教室の再入場には同じだけの、いやそれ以上の勇気が必要になるだろう。登校初日からツイていない。
「単刀直入って言いましたよね。雑談無しでお願いします」
「アッハッハ。確かに」
アベルは笑うと、意思の強そうな瞳がころっと丸くなって、不思議と旧知の友人の笑顔を見ているような気分になった。奇抜な髪色と瞳の色に目がいきがちだけれど、目鼻の造形は整っている。フォトショップで極端な色加工をしたように見えてしまうのが残念だが、魅力的な顔立ちをしている。
「会長、こいつ黙らせましょうか?」
「おいおい、しのぶ。今から話そうというのに、黙らせたら意味ないだろう」
はい、としのぶと呼ばれた女の子が下がった。
(……こいつは、何だ?)
この学校ではむしろ珍しい部類の長い黒髪を、赤い組紐でポニーテールに結わえている。意思が硬そうな真っ直ぐな太い眉をしていて、その風貌は不思議と柴犬を思わせた。アベルに忠犬よろしく従っているようだけれど、この学校の上下関係とはそれほど厳しいものなのだろうか? 前時代的というか、軍隊ごっこというか……。
(……厨ニっぽい)
先程から何度このワードが頭をかすめただろう。いい加減「厨ニ」という表現も死語に片足を突っ込んでいるような気もするが、そう思ったのだからしょうがない。普通、ひとつ上というだけの上級生に、過剰に従う奴なんていない。
全体的に、この生徒会と名乗る組織に現実感がない。このアニメの背景みたいな高価そうな調度品で設えた生徒会室といい、フィクションの世界に迷い込んだようだ。
「そうだね……何から聞こうか……。うん、じゃあ、まずは君に質問だ。君はどうして復学したんだい? かなり中途半端な時期だと思うのだけれど」
何故そんな事を、生徒会を束ねているだけの人に尋ねられるのだろう。訝しみながら、ありのまま答える。
「勉強が必要になったからです、けど」
「……本当に? それだけ?」
「……本当にそれだけです。生活費のためにアイテム販売をやっていました。ある依頼で、素材の調達に失敗しかけて、不勉強なのが身に沁みて……」
「へぇ! 若いのに随分苦労しているんだね。感心だ。それは、依頼を受けて?」
「……そうですね。通常メニューにないものは、依頼で受けます」
「なるほどね。僕もひとつ君に頼んでみようかな。先日、稽古用の竹刀が傷んできているんだ。でも新調するとなると魔竹を見繕うのが手間でね〜! 竹やぶなんてどこにでもあるけれど、魔力を宿したものとなると、山奥くんだりまで行かねばならないだろう? こうみえても僕は忙しい身で、中々時間が……」
アベルは流暢に語りだした。どうやらこの自称勇者は、おしゃべりな性質であるらしい。会話の中身は薄っぺらなのに、宝塚の役者さんのように腹の底から出た声は、耳に心地が良い。
「会長。まだるっこしいことは辞めにしましょう。ズバッと聞いたらいいんです」
背中のほうから、しのぶが声をあげた。こいつの声は一度聞いたら忘れられない。子供のようなだみ声と滑舌をしている。
「四方山メイジ。お前は《魔女狩り》の人物と接触してんな?」
「はあ?」
「学校に依頼の何かを執行しに戻ったんやろ!? 報酬はどんくらいやった!? 金で動く悪徳魔法使いやもんな!?」
訳のわからない言いがかりを怒鳴り散らされて、反射で立ち上がった。
「なんだ関西弁、私に喧嘩売ってるのか? 同じクラスの人と思って我慢してたけど、やるならやるぞ」
「関西弁ちゃうわ伊賀弁や!」
「しのぶ、やめないか。決めつけるのは良くない。僕は話合いがしたいんだ。何度も言わせないでくれ」
「……」
アベルが静かに諌めると、しのぶは悔しそうに口を噤んだ。それを見て幾分溜飲が下る。まるでアベルに頭が上がらないらしい。ざまーみろだ。
「やれやれ。すまないね。しのぶは気が立っているようだ。気を悪くしないでほしい。質問を続けても?」
アベルは自分の機嫌を伺うように、上目遣いになった。
「……いいですよ」
その代わり、この不愉快な会話を早く終えて、教室に返して欲しい。そう思ったら、口からすっかり出ていた。アベルは苦笑しながら、もう一度改めて椅子を勧めた。
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