魔女狩り
被告席のように生徒会室中央に設置されたパイプ椅子に、私は座り直す。生徒会長のアベルは、裁判長が座るような会長席で、コホンと咳払いをした。
「コレに見覚えはあるかい?」
アベルは机の引き出しから、箱をとりだし、中身を取り出した。
「……靴、ですか?」
「そう。しかも真っ二つにされた運動靴だ」
良く見てみると、たしかに横に真っ二つに切られているようだった。
デザインは白を基調にした何の変哲もない運動靴だ。真っ二つに割られていなければ、側面には翼を意匠したロゴマークが流れるように配置されている。
「君が犯人ならば、こんな事を説明する必要もないが――……」
アベルは二つに割られた靴を両手で弄びながら言った。
「陸上空部のエースの愛用していたSORANOのシューズだ。品番はAIRRUN-ONE89-114。独自開発のバネが空を素早くつかみ、体重を持ち上げる。陸空上用の……空を早く駆けるために作られたシューズだ。良く見てごらん、ここに持ち主の名前が印字されている。オーダーメイド製の証だね。彼女は県大会を約束された実力者で、これはそんな彼女の足を計測し、こしらえた特注品。制作したデータは店側に残っているようだが、もう一度同じ品を作るのには、何ヶ月も待たねばならない。貴重な品だね。しかし、御覧の通り、このざまだ。県大会は明後日。我が校は文字通り、エースの翼を失った。被害は甚大だ」
アベルは灰色のマントジャケットの肩をすぼめて見せた。
「分かるかい? 我が校は《魔女狩り》に狙われている」
「魔女狩り……って、何なんですか」
アベルは、私の反応を吟味するようにじっくり眺め、背もたれに体重を預けた。アンティークと思しき椅子は少しも軋むことなく、少女のカリスマを高める額縁役を黙ってこなしている。
「…《魔女狩り》は、俗称だよ。魔力持ちの女性だけを狙っていた時期があったので、そう呼ばれているが、最近は男性も……つまり、全ての魔法使いを害しようとする組織のことだ。去年末から関東を中心に刑事事件になっている。魔力持ちを襲って、暴行の末、金品を奪う」
「はあ……」
「警察も……この僕も、初めは人があつまる都心部に限った事件と考えていた。金品窃盗なんて、品もなければ思想もないチンピラのやることだ。どうせ少数派を狙った憂さ晴らしだろうと、高を括っていた。でも今は違う」
「違う?」
「お金が目的じゃないってことだよ」
「……」
つまり、魔法使いを社会的に排除しようとする勢力がいるということなのだろう。
(社会的に排除……)
頭の中でぽつりと反芻してつぶやく。その短いワードの中に、悪意が濃縮して詰まっているのを感じた。社会的に排除とは、その魔法使いから「居場所」を奪うことだ。生まれつき魔法が使えるというだけで。
「そして、どうやらその《魔女狩り》一派がこの田舎の私立学校にも潜んでいるかもしれなくてね」
「……へえ」
「切り口を見給え。鋭い刃で一刀両断、真っ二つだ。ノコギリを引けば靴自体が押しつぶされしまうし、こうはいかないよ。よく切れる日本刀でバッサリやったような切り口だ。しかし、日本刀を実際に使ったとは考えにくい。刀を腰に差した目立つ格好で侵入できるほどこの学校のセキュリティは甘くない。刀なんて長物、学内に持ち込む前段階で職務質問を受けるだろう、目立つからね。こういう工作ができるのは、大抵は校内の事情に詳しい内部の者と相場は決まっている。しかも長物を使用しないで、手ぶらで靴を真っ二つにできるものだ。それは優秀な魔法使いか……――高位の使い魔持ちだ」
アベルはゆっくり机に肘を付く。そして強烈な色温度差のオッドアイで自分を射ぬいた。
「例えば、君の使役している、古の化け物。在来特定特殊生物・鳥獣の、烏天狗とかね」
「からす……てんぐ」
言われた途端、ぐらりと頭の芯が揺れた気がした。自分の座った椅子に落ちた影の中から滲み出るようにぞろりと、黒い鴉が――フギンが出てきた。
「フギン!?」
「……お前さん、また随分と七面倒な奴に目をつけられたの」
家を出たときは、心配そうな面持ちでお見送りしてくれたのに。
「なんで……家に居たんじゃないの!?」
「主殿が心細い思いをしているようだったからな。言葉通り『陰ながら見守っていた』だけのこと。何も無ければ出てくるつもりはなかったが」
「―――貴方が
アベルが席を立ち上がり、ゆったりとした動きでお辞儀をした。フギンは黒い足でちょこちょこと跳ねて、椅子に座った自分の左肩に飛び乗った。
「動くな!」
しのぶがヒステリックな声を上げた。
「うるさく吠えるな、小童。その術符頼みの紙装甲で、この儂とやりあう気か?」
「しのぶ、やめなさい。僕らは話がしたいだけなんだよ。わかったね」
しのぶは一礼して一歩さがる。
「はじめまして。僕は結城愛鈴……ってもう聞いていたか。当代の勇者です」
「結城家は相変わらず珍妙な名前が趣味のようだな」
「よく言われます。僕はいい名前だと思うんだけどな」
愛に鈴で「あいり」なんて、女の子らしくてかわいいでしょう?と肩をすくめた。
「ちょっとまって……え? フギンと、アベルは、知り合い?」
「結城の何代か前の奴とな」
「その節は先代がどうも」
「寝首を掻かれた」
フギンは嗤いながら黒いくちばしで首のあたりの羽を整えた。
「先代の『ぼうけんのしょ』には『返り討ちに合い、一族命からがら逃げ出した』と記録されていますよ」
「カッカッカ」
「……」
呆気に取られるのを許してほしい。こんな支離滅裂な会話を聞いているのだから。キャラが濃いメンツの会話をいちいち真に受けて丁寧に吟味していてはだめだ。一般人には理解できない事は、理解しようとしても無駄である。混乱する頭を横に振って、話を本題に戻そうとした。
「えっと、じゃあ……その大事な靴を真っ二つにした犯人は、フギンがだと疑っているんですか?」
「違うよ四方山君。仮に不銀殿がやったとしても、不銀殿が犯人という事にはならない。主従関係が結ばれている使い魔……、どうやってこんな高位の物の怪を使い魔に下したか分からないけれど……使い魔には選択権がない。勝手な行動はできない。君も知っている事だろう? 何事も、四方山メイジ君が命じなければね。おっと今のはダジャレじゃないよ」
「……」
「もう少し笑ってくれてもいいと思うのだけれど」
「じゃあ、アンタは私が命じたと疑っているわけだ?」
そう聞くと、アベルはバツが悪そうに微笑んで、「そういうことになるね」と言った。
「君は中学時代、倫理にもとる行動が原因で、多数勢力から爪弾きに会ったね? 起死回生で入学した、ここ私立英和魔法学院という場でも、隠した過去が暴かれて、同じ目に遭っている。君は、学校という組織に、――同属の魔法使いにすら、強い不信感や、恨みがある」
「……な、何でそんなこと……」
知っているんだ、と続けようしたが、喉が閉まって声が出なかった。
「『何で』も何も、我が校の生徒会というのは、生徒を守るための会であるからして、煙が立てば、火元を調査するんだ。丁寧に丁寧に、ねちっこくね。そして僕は優秀な勇者で、僕の仲間の皆さんも、これまた優秀ときてる」
「私の中学時代を調べた……のか」
「そう。そして、君の優秀な使い魔殿の事も。大抵の人間は気が付かなかったようだけれど、僕からすれば、入学式から君は『目の離せない存在』だった」
「やれやれ。結城家の者が、チビッ子探偵団気取りか? 落ちたものだな」
左肩のフギンが嫌味ったらしい声で嗤った。
「そうからかわないで頂きたい。学校は確かに狭い箱庭です。しかし、精巧に作り込まれた社会の縮図であるとも言える。箱庭の安寧を守ることは、勇者を代々輩出し社会平和を維持する使命を負った結城家にとってもそれなりに意味のあることなのです。……不銀殿も、主の四方山君に余計な疑いが掛かるのは望まないでしょう」
「まあ……、そうだな」
「ですから、少しの間、無礼をご辛抱頂きたい」
「ウム、致し方ない」
「え…? どういうこと? なんのやり取り? ちょっと、説明して」
アベルが机を離れ、自分の椅子に一歩近づいた。何故か、背筋がぞわぞわとざわめいた。表情は笑んでいるのに。ひとつ上級生というだけで、ここまで思考が読めないものだろうか。
「……あと、あと。勇者を輩出? 結城家? ってどういうこと? 自分で作った設定、ですよね」
「僕としてもその方が良かったんだけどね、残念だけど違うんだ」
アベルが人差し指を優雅な仕草で持ち上げた。その動きが会話の流れとあまりに無関係で、違和感として残った。
「君たちも童話でよく知るところの桃太郎、あれも結城家の血縁でね。今で言うビーストテイマーの固有スキルを持っていた。犬と猿と雉を手懐けたのはきび団子じゃないよ。スキルの効果だ」
「アンタの先祖、出身地は桃か」
茶化して笑ったが、アベルの目は微笑みを讃えたまま真剣そのものだ。
「桃太郎は一例だよ。一寸法師や金太郎なんかもスキル持ちの勇者にあたる」
「なるほど、狂言もここまでくればお金を払いたくなる」
「信じるも信じないも君次第だ。資料を紐解いて証明してみせたいけれど、時が惜しい。誰にも証明できないことはあるのは、他ならぬ君なら、よく知っていることだろう」
「……っ、なんでそれを」
「言っただろう。『丁寧に調べた』と」
アベルは人差し指を上げたまま、椅子の前をウロウロと歩き始めた。
「勇者はスキルという特殊能力を持って、時代とともに各地に現れた。全国に勇者たちの物の怪退治の伝承が残っているし、侍として帝に仕えたなんて記録もある。僕が生まれた結城家は、そんな勇者のスキルを持った同士が縁を結び出来た一族だと聞いている。以来、僕らの親戚に、頻繁に現れるのさ、勇者が。勇者のスキル持って」
「勇者のスキル……」
「魔法と良く似ているけれど、魔術のような体系的なものはない。あくまで血が根源となって生まれる特殊能力だ。まあ種類は色々あるけれど、一番メジャーなのはこのスキルだよ」
違和感の発生源であった、人差し指が、空中の何かをタップした。
「『ステータス・オープン』」
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