捜索・鍵しっぽの猫
「
「これは……フワフワの短しっぽ!」
「惜しいなあ……。でも可愛いから許す!」
「許す!」
あのあと、私達は雑誌を片手に街に繰り出した。学校から程近くの長い坂を下ったところにある、商店街だ。
海の見えるこの街は、「商店街」と呼ぶよりも「観光地」と呼んだほうがふさわしいのかも知れない。都心から車で一時間程度の好立地なので、彼女のかわいい「アタシ海が見たいな」のおねだりを叶えるならココ一択!という風潮ができている。ひと夏の恋といえばココ、サーフィンと言えばココ。世間的には、夏の季語としても通用しそうな勢いだ。実際、行政レベルで夏と海と恋を激推ししている観光地である。
ここで暮らす地元民からすれば、メディアが謳うように、「夏だ、恋だ」と浮かれてばかりではいられない。住んでいれば、夏だけじゃなくて春も秋も冬も滞在を強いられる。雑誌に載ってるデートスポットは最早通学路でちっとも有り難みがないし、観光客のマナーに眉をひそめる住人も多い。観光地はメディアが扱う程笑顔あふれる楽しいばかりの場所ではない。けれど、個人的には飲食店が多い事だけは嬉しく誇らしい点だった。オーシャンビューを謳う小洒落た店が、網に掛かった観光客の胃袋を一網打尽にする面構えで立ち並んでいるのを眺めれば、胸がすき腹がすく思いがした。
私はもう一度雑誌の記事に目を通した。
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■鍵しっぽで恋をキャッチ
昔から猫の鍵しっぽには、幸運をひっかける力があると言われています。可愛い猫ちゃんから幸運を分けてもらったら、ラブイベントがはじまるかも!?
【魔女デネブ直伝のおまじない】
鍵しっぽの猫ちゃんを見つけてね☆ その猫ちゃんのしっぽをナデナデしたら、恋のおまじないは成功よん☆ 全身に幸運がチャージされるわん☆ 野生動物を触ったあとは良く手を洗ってね☆
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記事の20個目、もうネタ切れになったと思しきこの一文。
記号で飾って、ファンシー感だけは維持しているけれど、要は「鍵しっぽの猫を撫でろ! 以上!」という荒っぽいおまじないだ。留意点といえば、この記事にある通り、触った後は良く手を洗うことくらい。シンプルすぎる。
もちろん、この行為に魔法の効果なんて無い。鍵しっぽの猫を飼っているご家庭なんて、ラブイベントが365日起こり続けていないと辻褄があわなくなってしまう。要はレアなものを見たり触ったりするとラッキーな気がするという例のアレである。
このあたりはしつこいくらい飲食店が多く立ち並んでいる。表通りから一歩中に入り、店の裏側に回り込む。室外機が並ぶ狭い暗い小路が広がっている。一歩踏み込めば、換気扇の吹出口から中華の美味しそうな匂いがぷんとした。育ち盛りの体は敏感に空腹を訴えた。
「にゃんこはさ、こういうところに沢山いるんだよね。多分お店の残り物とか、美味しいごはんを分けて貰ってるんじゃないかな」
「四方山さん、よく知ってるね」
「猫、追っかけたりしない?」
「……普通は、しないんじゃない?」
「え? そうなの?」
高見さんは呆れるような目線を投げてきた。猫好きあるあるかと思ったけれど、猫好きを自称する高見さんが「しない」と言うならば、行き過ぎた行動だったのかもしれない。……私は、こんな事ばっかりやっているから、色気もなく恋バナすら出来ない毎日を送っているのだろうか。これは反省案件だ。
気を取り直して、コンビニで買ってきた煮干しの袋を、ガサガサと鳴らした。
「にゃんこ〜。にゃんこや〜。かぎしっぽの子には煮干しをあげるから出ておいで〜!」
「あ、あの子は!」
「キジトラにゃんこ! 真っ直ぐしっぽのキジトラにゃんこ! 君は可愛いから、煮干しをあげよう」
「あ、良く見るとあそこにもいる!」
「しっぽは無いけど、煮干しをあげよう」
「四方山さん、結局手当り次第」
「だって可愛いんだもん」
「わかる。煮干しをあげよう」
読みどおり、飲食店街の裏通りには沢山の野良猫がいた。貴重なキジトラ、黒、牛柄、三毛猫、兄弟と思しき似た模様の子……。「みんな違ってみんな良い」という格言がぴったりで、どの猫も可愛い。そしてどの猫もみな恰幅が良かった。やはり美味しいものを与えられているのだろう。はじめは少し警戒するそぶりを見せるけれど、煮干しを見せれば立ち止まるし、口に運べばたちまち夢中になって、いくらでも撫でさせてくれる。絹よりも滑らかな毛並みに自然に笑顔がこぼれた。
「この感じなら、しっぽも触れそうだね」
「だよね!」
私達は盛り上がって笑いあった。けれど、肝心の鍵しっぽの猫が中々みつからなかった。路地の奥まで何往復もして、沢山の猫に煮干しを配ったけれど、どの子のしっぽも曲がってはいなかった。
◇
「ねえ〜……、もう帰ろうよ……」
そんなことを言い出したのは、意外にも高見さんだった。はっと顔を上げれば、あたりが暗くなりはじめていた。猫を探すのが楽しくて、夕暮れが迫っている事に気が付かなかったようだ。
「……え、でも。鍵しっぽのにゃんこまだ見つかってないよ」
恋愛成就を猫のしっぽに託したのは高見さんだったはずだけど……。
「そうだけどさあ……ずっとハズレばっかりで疲れちゃった。休憩しない?」
どうやら捜索に飽きてしまったらしい。高見さんは不機嫌を隠さずに、拗ねた子供のような口調で言った。
「……」
あんなにおまじないに熱量があったのに。……猫のことも、好きと言っていたのにな……。
若干違和感を感じつつ、まあそんなものか、とも思う。
(やっていることは汚い路地裏散策だしね)
あまり年頃の女子が好んでやりたい事ではないのかも知れなかった。
「……じゃ、そうしよっか」
狭い路地を、肩を傾けつま先立ちでなんとか抜けて大通りに出た。一服しようと自販機に向かう彼女の顔は、疲労の色が強く出ていた。
「あ〜あ。おまじないって、もっと簡単だと思ってたな。魔法の力で、パーっと、シャララ〜ンて」
「はは……」
私は苦笑いを浮かべる。魔法は魔法少女が扱うみたいに、そう簡単じゃない。シャランラ〜と一発で即発動する魔法を使うなら、魔法陣や魔道具や瞑想が必要だし、下準備や地道な鍛錬が必要だ。
(現実の大抵のものはそんなもんだよね)
簡単に見えたって、実際に稼働させるのは大変なものばかりだ。
今押した自販機のボタンだって、指先一つでカフェオレが出てくるように見えるけれど、実際は違う。自分の見えない所で飲み物を補充する人たちが下準備を済ませてくれているだけの話だ。
三分で出来上がると謳う料理番組だって、三分内に動画が収まるように工夫した台本で撮影編集されている。YouTubeで「誰でも簡単にできる」と題されたものが、簡単だった試しはない。大抵の物事の裏側には、手間と時間と対価がすし詰め状態で詰まっている。
このおまじないだってそうだ。嘘記事の、たった数行に記されたものですら、実行しようと思うと、頭で想像した以上に手間暇がかかるし、時間がかかるものだ。
「すぐ見つかると思ったんだけどな〜」
高見さんは伸びをした。狭い路地に閉じ込められて随分と窮屈だったようだ。
「そう簡単には行かないよね。鍵しっぽだけってなると、なかなかねえ」
「雑魚猫ばっかりで嫌になるよ」
「雑魚猫て」
毒舌を笑って受け止めたけれど、高見さんは思ったよりも不機嫌な顔をしていた。意外と短気なところがあるんだな……と心の中だけでひとりごちて、自販機の取り出し口からカフェオレを取り出した。
「休憩したら、もう一周してみようか。時間帯が変われば、猫のメンツも変わるかもよ」
「もう今日は諦めようかな」
「え」
「だって、もう疲れた! 飽きた!」
「あはは……」
よっぽど簡単に終わると思い込んでいたらしい。ヤレヤレとガードレールに寄りかかって、カフェオレを一口飲もうとした。ふいに、足元でにょろりと動く影に釘付けになった。
「鍵しっぽ! 黒猫!」
「え! えっ、え!?」
私はすぐに駆け出した。高見さんもやや遅れて走り出した。夕方の商店街は夕飯の買い出しと帰宅する人で商店街通りは人で溢れていた。人にぶつからないように体を回転させながら追いかける。黒猫は横の路地にスッと入っていた。
「また狭いとこに!」
高見さんは憤慨したように言った。私は速度を落としながら、角を曲がる。路地はやはり狭く暗く、この区画だけひと足早く夜が訪れたようだ。暗い路地に目を凝らす。見えにくいが室外機の影にきらりと目だけが輝いている。よかった、見失わずに済んだ。
極力大きな音を立てないように留意しながら、リュックのファスナーを開き、煮干しの袋を取り出す。
「……チッチッチ……」
そして足音を立てないようにじりじりと間を詰めていった。
「猫ちゃん、おいで……チチチ」
「四方山さん、頑張って……!」
高見さんは、横で小声で応援してくれた。足元に煮干しを数匹ばらまいて、様子を見る。黒ねこは、警戒しながらも、一歩二歩と近づいて来てくれた。やっぱり、このあたりの猫は餌付けされている。近くで見ると同じく少し太り気味だ。しっぽはダウジングロッドのように90度しっかりと曲がっていて、このフックになら、さぞかし幸運が引っかかりそうだと思えた。
黒猫は、ふんふんと小さな鼻を鳴らして、煮干しの匂いを嗅いだ。もう数尾、パラパラと地面に置いてやると、警戒しながらもカツカツと食べ始める。今がチャンスだ。
「高見さん、そーっと、そーっと撫でてね」
「ウン……!」
高見さんはゆっくりとしゃがんだ。左手に煮干しを、右手を猫の頭の上から徐々に下ろして、そっと背中としっぽをなぞるようになでた。猫は、変わらずカツカツやっている。高見さんが、大きく息を吸った。こみ上げてくる喜びを溢れさせながらこちらを振り返った。
「〜〜〜〜〜〜四方山さん!」
「よかった、触れたね」
「きゃーーーーーー♡」
高見さんが喜びを爆発させて立ち上がったので、黒猫が勢いよく逃げ出した。高見さんはそんなこともお構いなしに、ピョンピョンと跳ねた。
「できた! できたよ!!」
「うん」
「やったー ありがとう!」
高見さんは大げさなくらい喜んで、ぎゅうと抱きついてきた。目を白黒させていると、今度は勢いよく引き剥がされて、肩を持たれる。
「四方山さんが諦めずに猫を探してくれたから、見つけられた!」
「よ、よかった」
「キャーッ♡ どうしようーッ♡ 上手く行ったよーッ♡」
「アワアワアワアワアワ」
掴まれた肩をテンションのまま揺さぶられ、奇声が漏れた。これが運動部のテンションなのだろうか。帰宅部の自分にはついていけない所がある。困惑した様子を察して、高見さんは慌てて「ごめん」と手を離し、その手をジッと眺めた。
「鍵しっぽ、フワフワだった……カクって曲がってた」
「そ、そうなんだ」
「幸運、付いたよね! これで、告白すれば……きっと……!」
「……うん」
キラキラした目で、私の方を向いた。あまりにもキラキラと宝石みたいに輝くので、少しだけ目に染みて、反らす。けれど、あんなに落ち込んでいた高見さんが、輝くばかりに元気になって嬉しい気持ちも本当だ。
(嘘のおまじないだけど……)
嘘のおまじないだけれど、落ち込んでいた女の子を、これだけ笑顔に変えられるなら、すごいことだ。
(それもある意味、魔法みたいなものだよね)
心のなかで臭いセリフを吐いて、心の中で恥ずかしくなる。
でも、本当のことだ。嘘でも何でも、この際どうでもいい。
どうか恋する女の子に告白の勇気を。
(どうか勇気が湧きますように)
私は高見さんの手をぎゅっと握り返した。
「高見さん、うまくいくといいね。私も祈ってるね……!」
もちろん、本心だった。
「ありがとう、四方山さん……! この恩は絶対忘れないから!」
ハッピーエンドで終わるはずの、初めての依頼だった。
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