依頼・幸運の鍵しっぽ
思えば私は、結構楽な人生を送ってきたのだと思う。
のんきな両親の間に生まれ、のんきな子育てをしてもらったのは、今思えば最大の幸運だったのだと思う。聞いた話だけれど、魔力持ちの子供を持った親は、過保護になったり放任主義になったり、どちらかに極端に偏る傾向があるらしい。私ときたら、のんびりぬくぬくと親の愛を両手いっぱい受け取った。
子供の頃は、何も疑問も持たずに毎日を楽しく過ごした。自分にとって、魔法を使えることは特別なことではなかった。毎年夏休みに会いに行くじーちゃんも魔法が使えるし、仲良しのふーこも魔法が使えた。学校に行けば、足の早い子や、読書が得意な子、自分には出来ないことをやってのける子供たちが大勢いた。得意はそれぞれあるのだと、個性の一つだと、ありのまま受け入れていた。私はそう思って接していたし、友達も同じように接してくれていたと思う。
両親が繰り返し「人間は中身が大事」と言った。「変えられない外見を嘆くよりも、変えられる自分の中身を磨きなさい」と何度も何度も耳にタコができるまで諭された。おかげで、他人と違う目立つ見た目を気にしたこともあまり無い。
両親が大好きな私は、両親の言うように、心だけでもピカピカになろうとしていた。外見は変えられなくても、中身はダイアモンドのように……まるで子供の時に観たアニメに出てくる魔法少女のように、誰から見ても正しく、強く輝く人間になろうとした。正しくあろうとした。
正しくあろうとした私は、間違っていることを目ざとく見つけ、勇気を出して声を上げた。相手は同級生にとどまらず、先生だろうが、街を行く見知らぬおっちゃんだろうが、間違いを指摘して回った。
おかげで喧嘩やトラブルはしょっちゅうで、頭を下げに回る両親の背中を幾度と見てきた。それでも、誰かを守るために立ち上がった時は、「よく言った」と褒められることだってあった。両親に抱きしめられた、温かい腕の柔らかさと重みを今でも覚えている。私は両親の自慢の娘であり、私にとって優しい両親は誇りだった。
歳を重ねるにつれて、物事の背景や加減が分かってくると、トラブルはだんだんと減ってきた。ふーこと一緒に楽しそうにしれいれば、クラスの子たちは、ちょっと変わった良い子として話しかけて来てくれる。たまに喧嘩になる日にも、そばにはいつもふーこがいてくれた。楽しかった今日が、明日も続いて行くのだと、肌感覚で分かっていた。
子供の頃の世界は、公平で出来ていた。悪いことと良いことの両極で出来ていた。そしてこの理が、地平線の向こうまで、地球上のどこにいっても続くと信じていたのだ。
◇
私の考えがハッキリ変わったのは、公立中学三年のある事件がキッカケだった。クラス全体がハッキリと受験を意識し始めた、二学期のはじめの頃だったと思う。
帰りの支度をしている最中、自分の机の前にピョンと跳ねて、話しかけて来た子。
「
彼女は、同じクラスの、別のグループの女子だった。名前は、
プライベートで特別交流は無いけれど、春の体育祭で同じバレーのチームになったのをキッカケに、時々話すようになった。
推しの芸能人がLIVE配信をすればLIMEで感想を送ったり、猫が好きだと聞いたのでおすすめの猫動画とかを共有したり、他愛もない事をいい距離で話せる子だ。
「あのね……、その……言いにくいんだけど……」
高見さんはモゴモゴとくちごもった。どちらかといえば、ハッキリと物を言う子だ。
「どしたの?」
「あのね……その……。お、お……。お……おまじないって、どうなのかな……!」
「オマジナイ?」
彼女は、バサリと机に雑誌を置いた。ティーン誌だ。折り目をつけたページを急いで開くと、「魔女デネブが厳選☆ 恋が叶う! おまじない特集20選」と題されたポップ体の文字が目に飛び込んできた。
「こ、こういうのってさ、……魔力持ち的には……どうなの?」
「えっと……『どう?』」
何が聞きたい質問なのか意図が読み取れず、見ると、高見さんはみるみる顔を赤らめた。どうやら、彼女には恋のおまじないをかけたい相手がいるらしい。
「笑わないで! わかってるから! この年になっておまじないなんて子供っぽいって分かってるから!」
「う、うん……?」
いよいよ受験のシーズンに差し掛かり、嫌でも現実を見なくちゃいけない時期だ。おまじないで恋愛成就なんて馬鹿げていると、自分の頭の中でも散々やってきたのだろう。
「あたしね、その……。実は……好きな人がいて……」
「うん」
「その人、野球部の人なんだけど。その人、高校の進路が、スポーツ推薦で……。あたしは近くの高校に進学するつもりで……、このままだと、高校は、別々になっちゃうの」
「そうなんだ……」
「だからね、卒業までに、こっ、こ……こ……ここここここ」
「……『こ』?」
「告白!! をしようと思うんだけど……!」
「お、ゥオオオ〜!」
興奮して拍手をしてしまった。乙女の一大決心を聞いてしまったのだ。
(……告白……!)
たった二文字なのに、内に秘めたるエネルギー量はどうだ。聞いているだけで、ドキドキだ。告白なんて、人生の大事な節目であるに決まっている。
(知らんけど)
特別な人に、特別だと伝えるなんて、すごい勇気が必要に決まってる。
(知らんけど!)
……なにせ、経験がない。自分自身の経験もなければ、恋バナを聞く機会すら訪れない。……おかしい。小学生の頃は、女子中学生というに密かに憧れていたのに。
想像の中の中学生は、砂糖菓子をつまむように恋バナを嗜み、時には告白されたり、お付き合いしたり、ちゅーしたり……? とにかく恋愛を主軸に生活する存在だった。それが実際に、自分が中学生になったらどうだ。恋バナどころか、昨日観たバラエティの話とか、毛玉取り機で家中のセーターの毛を刈り上げた話とか、近所の柿が渋いか甘いか一か八かチャレンジして失敗した話とか、この世のしょーもなさを集めてじっくりコトコト煮込んだような話ばっかりしている。こんな有様なのは、呆れずに聞いてくれる友人のふーこのせいだろうか。
(あいつめ)
「それでね、少しでも、うまくいく確率を上げたくて……。で、その、四方山さんって、魔力……持ちでしょ? だから、どんなおまじないが一番効き目があるか、分かるかなと思って」
「ああ、ナルホドそういうことか……」
中学は校則でヘアカラーを禁止している。魔力持ちである私とふーこは生まれつき髪色が変わっていて嫌でも目立つので、全学年では自己紹介不要の存在となっている。
「ちょっと見せてくれる?」
「うん」
雑誌の記事に目を落とした。記事には、20個の恋愛にまつわるおまじないが載っていた。『彼を必ず振り向かせるおまじない』『彼があなたの視線に気がつくおまじない』『ラブアクシデントを起こす!? 幸運になるおまじない』……。
(おまじない、ねえ)
おまじないというとポップでファンシーでガーリーなイメージがあるけれど、漢字で書けば、《
(と言っても……)
魔法使いたちが《御呪い》としている工程や術式が、一般中学生が手に取れるティーン誌に載っているわけがない。
魔法というものは、効果が高ければ高いほど一子相伝で門外不出だったりする。効果の高いものは総じて高難易度で、魔術の知識がない読者に出来るはずもない。
だいたい「他人を操る方法」なんて、社会に気軽に横行して良い訳がない。少し想像すれば分かることだけれど、自分の都合の良いように他人を操るのは明らかな人権侵害である。犯罪の温床である。社会を混乱させる明らかな悪事だ。医療行為の類として使われる一部の《御呪い》を除き、現行法では原則禁止、取り扱いには相応の知識と高度な判断が必要と聞いたことがある。そんな御呪いのネタが、ティーン誌として本屋に並んでいるとは思えなかった。
試しに『彼を必ず振り向かせるおまじない』を読むと、中々面白いことが書いてあった。
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■彼を必ず振り向かせるおまじない
彼に話しかける勇気がないアナタ。話しかけられないなら、話しかけてもらえばいい!? 魅力やチャームポイントを磨いて、目が離せない特別な女の子になっちゃおう!
【魔女デネブ直伝のおまじない】
満月の夜に洗面器をベランダに出して、月を映して☆ その水で翌朝顔を洗えば、月の女神ディアナが貴方に味方してくれるわ☆ たちまち魅力がアップするの☆ 毎日続ければ美容効果マシマシよ☆
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「は〜……ナルホドなあ……」
やはり、御呪いと呼べるような儀式の作法ではない。でも面白いのは、これがまるっきり効果がないわけではない所だ。大伝じーちゃんの家で、そんな水を樽いっぱい作っているのを見たことがあった。
(《
記事では、その魔法のアイテムを作る手法をおまじないとして紹介しているようだった。
(魔法のアイテムで洗顔させるのか……)
《月写しの清水》で洗顔すれば、普通の水道水で洗顔するよりかは美肌効果が望める。月の女神ディアナ云々〜は知らないけれど、美肌になるのも夢じゃないかもしれない。
もちろん、どの環境でも必ず《月写しの清水》を作れる訳じゃない。都心部は特に魔素が少ないし、作るチャンスは満月狙いで月に一度だ。条件をきちんと満たさなければ《月写しの淸水》にはならない。
しかし、翌朝、洗面器にただの水が入っていたとしても、朝に洗顔することは純粋に良い習慣だ。顔の油が適度に取れて、中高生の悩みの種であるニキビのケアにもなる。「続ければ効果がアップ」なのは、間違いない。スキンケアは日々の努力の積み重ねなのだから。
おまじないにも縋りたい乙女の心も救ってやって、身体的にもキレイにしてあげている。これをインチキと断ずるには、色々と惜しいように思える記事だった。
「へえ〜、すんごい良く出来てるなあ……」
「え? これが一番効き目があるの?」
「あ、効き目というか、何というか……」
私は言葉を濁した。全記事20項目に目を通してみたが、「健康効果のあるもの」と「デタラメなもの」が混在しているように思えた。私は、素人魔力持ちとして、分かることを誠実に彼女に伝えた。
「……勉強したわけじゃないから、わからないものもあるけど……。こういう本には魔法使いが本気でやるような『相手の好意を操作する御呪い』は載ってないよ」
「……そっかあ……」
私が言葉を言い終わるのを待たず、彼女はみるみる眉を下げていった。
(あっ、しまった……)
とても落胆させてしまった。彼女は人生の大切な節目の岐路に立っていて、とても不安定なのだ。恋する乙女の熱量を見誤ってしまった。藁にだって、おまじないにだって、特別仲の良くない同級生にだって縋りたい、使えるものは全部使いたいのだろう。
(だから……世の中にはこういう記事があるのかな)
私はもう一度雑誌に目を落とす。小中学生が読みやすいように、全ての漢字にルビが振られ、難しい言い回しを避けた文章。ちょっと頑張れば達成できる工程ばかり掲載されている。効果うんぬんよりも、恋する乙女の健気な気持ちに寄り添うエンターテイメントなんだろう。おまじないで勇気や自信、前向きな気持ちが湧くならば、やる価値は十分ある気がする。
高見さんも、本心でおまじないで相手を振り向かせようなんて、きっと思っていない。彼女が本当に欲しいのは、効果のあるおまじないじゃなくて、告白する「勇気」だ。少しでも「きっと上手くいく」と思い込むために、手に取りやすい努力のひとつとしておまじないがほしいのだ。
(ぽんと背中を押すみたいに)
自分も、高見さんの背中を押してあげたい。
(だったら、……出来ることがあるかも……)
少し思案して、無害そうな記事を指差した。
「あの、さ。実は、一個見落としてた。このおまじない、魔法を生業にしてるじーちゃんから聞いたこと有るカモ……」
「え!? 本当!?」
「ウン」
小さな嘘をついた。嘘を付くのはいつもちょっと苦い。でも、私も私なりに、彼女の恋を応援したくなった。あの雑誌のように。少しでも、勇気の後押しをしてあげたかったのだ。
「効果は個人によって差があるし、高見さんにどれくらい効くかわかんないけど……、『幸運』になるカモ……」
「えっ、えっ、ほんとに!!」
「……ウン」
「じゃあ、これ絶対にやる!! ありがとう、四方山さん!」
高見さんはガバリと大げさにお辞儀をした。いつものクラスで見かける明るい笑顔が戻って、私はホッと胸をなでおろした。
「告白、頑張ってね。応援してるから」
「じゃあさ、今からすぐ試すから、一緒に付き合ってよ!!」
「え? 今から?」
「善は急げだよ!」
ポジティブシンキングと行動力が結びつくと、こんなにもフットワークが軽くなるのか。物理的にも精神的にもグイグイと引っ張られて、私はやっと立ち上がった。
「応援してくれるんだよね?」
「う、うん……。でも、私が一緒にいてもなんも出来ないよ」
「そんなことないよ! 魔力持ちの子が側にいたほうがご利益ありそうだし、アドバイスして? ね?」
「ご利益て……」
「華正樓の肉まん、一個おごるから! ね? ね?」
私はピクリと体を硬直させた。華正樓は肉まんが美味しいことで有名な中華料理屋さんだ。直径12cmの巨大肉まんはお肉とフカヒレがたっぷりはいって食べごたえがある。一個500円近くするので、少ないお小遣いでやりくりする中学生の身分では、そう簡単に手を出せる商品ではない。急激にやる気がわいてきた。
「いいでしょう。やりましょう」
今思えばこれが初めての、魔法の依頼だったのかもしれない。
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