エピローグ

「メイジちゃん、準備できた?」

「うん、もうちょい」


 近頃、しつこい残暑が嘘みたいだ。空はどんどん淡い色になって、永遠と続くと思われたTVの熱中症対策のコーナーでは、秋雨前線の話をしている。いよいよ秋が遅れてやってきたらしい。


 ふーこは、わたしのスカート丈が長いだの短すぎるだの、最近の流行の着崩しはだの、横からどうでもいい情報をまくしたてるので、一旦玄関の外につまみだした。そんなことより大事なのは、筆記用具や、教科書、ノートの類だ。忘れて、購買の厄介にでもなったりしたら、大変痛い出費となる。


「手ぬぐいとチリ紙は持ったか」

「でたよオカン二号。ちゃんと持ちました」

「ウム、なら問題ない。おっと、忘れ物、あるじゃないか」


 フギンはくるりとリビングを旋回して、私の部屋に飛び立った。これ以上何か必要なものがあったろうか? フギンが舞い戻ってくると、その鉤爪には一通のセンスの良い封筒が握られていた。


「ああ……」


 依頼人からの手紙だった。




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 四方山よもやまメイジさま


 突然のお手紙を失礼いたします。

 私、先日メールでやり取りさせて頂いた、山梨大学・生命環境学部のXXゼミに在籍しておりますXXXXXと申します。


 先日は、依頼の《星曇ほしぐもりの石》の納品を頂きまして、ありがとうございます。あまりに迅速な対応に驚いております。正直申しますと、もっと時間がかかるものかと思っておりました。ひとえに、こちらの身勝手な事情を汲んでいただけたものと理解しております。まずはお礼をさせて下さい。お心遣い頂き、ありがとうございました。


 また、箱をあけて大変驚きました。《星曇りの石》と一緒に《星晴ほしばれの石》まで梱包いただいていると思いませんでした。これがあったおかげで、配達員の方も自宅まで迷わず、最短の時間で、荷物を届けに来ることが出来たのだと思います。とても、とても助かりました。費用はすでに予算の満額、振り込みしております。お手すきの際に口座をご確認ください。


 迅速な対応、高品質な商品に感謝し、是非、星5つでレビューさせて頂きたいと思います。同内容の依頼は是非メイジ様のお店でと、同級生にも話をさせていただきます。


 私事ですが、あれからすぐに《星曇りの石》をスマホのアクセサリーとして、ストラップに加工させて頂きました。そして同学部の、犯人と思しき人物に、日頃のささやかなお礼と称して、贈りました。その御蔭で、ぱったりと後を付け狙う人影は見当たらなくなりました。こんなに清々しい気持ちは久しぶりです。来週はついに引っ越しの予定です。きっとこの調子で、新住所は見破られることはないと思います。良質で濃厚な雲が入った石を、ありがとうございます。


 また、同封していただいた中和用の《星晴れの石》に付きまして、「自由にお使い下さい」とありがたいお言葉を頂きましたが、どうしてもお礼をしたくて、勝手ながらペンダントに加工させていただきました。アクセサリーは好き嫌いがあるものですから、メイジさんに気に入っていただけると良いのですが……。カジュアルにもドレスにも似合うよう極力シンプルに、素材が持つ本来の魅力が生きるように、作成いたしました。よろしければ、お使い下さい。


 長々とメールを失礼いたしました。


 どうぞ今後とも、お仕事がんばってくださいね。何か私が力になれることがあれば、いつでもご相談ください。応援しております。

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 何度も読み返したそれを、今朝もまた読み返しているのを、自分でも可笑しく感じる。でも、何度読んでも嬉しいものだ。万年筆で綴られた文字は、メールの文章よりも丸く柔らかく親しげで、胸の中でむくむくと勇気が湧くように感じた。


「あ、手紙?」

「ふーこ、外で待っててって言ったのに」

「だって、メイジちゃん、支度が遅いんだもん〜。それよりこれ、何度見てもキレイだね〜」


 ふーこに持ち上げられたペンダントはシャラリと高い音をたて銀色の細い鎖を輝かせた。ペンダントトップは《星晴れの石》の原石のそのままの形をして、太陽の輝きを閉じ込めたように金色の欠片が中で舞っている。


「いいなあ〜、ねえねえ、わたしのストラップと交換しない?」

「だーめ、これは依頼人のお姉さんから貰った記念の品だもん。ふーこサマはお金持ちなんだから、慎みを持ちなさいね」

「ちぇ〜。まあいいか。わたしのストラップとメイジちゃんのネックレスがお揃いって事になるもんね」

「……まあ、不本意だけど、そうなるか」

「産地までお揃いの、思い出の石だもんね〜♡」

「産地のお揃いって聞いたことないな」

 背中に回り込んだふーこが、ペンダントを付けてくれた。これで、全ての準備が整った。


「メイジちゃん、そろそろ時間だよ」

「……うん」

「まだ、怖い?」

「……」


 言われて思い出す。異物を見るような同級生の目。大丈夫だと思っていた。次は上手くやれると信じようとした。現実は大抵の場合、残酷だ。あると思った足場が抜け落ちてしまう、あの感覚。傷ついた自分をごまかすために、高速回転する自分の脳。教室にまつわる思い出は、今も嫌だ。


「うん……でも……」

 でも、私は分かってしまった。自分はまだまだ足りない所だらけだと。

「でも、私には必要って分かったから」

 シャラリと音を立てて、ペンダントトップを肌着の内側に流し込んだ。ひやりと冷たい石が、だんだんと体温と混ざり、勇気に変わった。


 もう迷わない。


「行ってきます、フギン!」



 私は自転車にまたがった。

 まだ着慣れないグレーの制服のスカートが、さわやかな秋の空に翻った。

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