粗末な顛末
フギンもふーこもそう呼ぶから、しょうがなく私も呼ぶけれど、あの廃坑の「遭難の日」から、数日経った。衝撃の壁画大発見の後、機転を利かせて廃坑から脱出成功、郵便局のオープンと同時にスピード納品!という怒涛の工程をこなした割に、今はすっかり日常を取り戻している。昼ごはんはいつものように素麺だし、トカゲリーナは今日も偏食だ。そう、何かが急に劇的に変わる事はない。
今日は、採掘帰りのままになっていたバックパックを片付けたくて、持ち帰った魔石を全部出した。名前を調べようとしたけれど、あまりの量にどこから調べたらいいかも検討がつかない。……ということを、ついLIMEでふーこにボヤいたら、ふーこは早速学校帰りに、大量の図書を借りて小屋に寄ってくれた。
私たちは紅茶のカップをローテーブルの端に追いやり、たくさんの魔法関連書籍を広げて石の名前の推理を始めた。けれども、どうしても話に挙がるのは「遭難の日」の出来事だ。あの日、小屋につくなり、ふーこはあっという間にお屋敷の人たちに保護されて、リムジンで攫われてしまったので、話し足りないことが山ほどある。
フギンに聞けば、私達が廃坑で見つけた壁画は、誠に残念ながら、すでに国が把握しているらしい。新発見だと信じていた私達は、「そう上手くはいかないよね〜」と表面上は笑いあったけれど、半分は、ちょっぴりこっそりと落胆もした。「国宝新発見のJK、お手柄」とネットニュースの見出しになり、教科書に掲載され、ゆくゆくは受験生を苦しめるところまで妄想済だったのだ。
しかしもっと残念な事はあった。壁画は国宝にも重要文化財にも、表立った記録に登録されていないらしい。
「おかしいよ」
「ねえ〜。あれだけの大作が、埋もれたままなんて」
私達は大いに不満を漏らした。歴史的な価値や美術的な価値は分からないけれど、あの壁画には、あの場所に立ったもの全員を飲み込む迫力があった。八面の壁に描かれた壁画の意味も、地域史にとっても重要に思えた。
「文化財の登録というのは、存在を前提とした措置だからな。国はまず存在を認められんのよ」
見た目よりもずっと長く生きているフギンが、若輩な私を笑って諭す。
「存在を認められないって……そこにある物なんだし、認めるもなにも」
「竜の存在は隠すもの。存在そのものが驚異だからな。アレは“有るけれど、書類上は無いもの”なのよ。お前さんらも『実は裏山で軍事兵器の開発をしていました』などと証拠が出たら、心穏やかじゃおれんだろう。強大な力の存在は、時に悪用されることもある。竜に関する情報は、綺麗サッパリ、最初から何も無かったことにされる傾向にあるもんだ」
兵器やら物騒な物を思えば、確かにそうかも、と思う。近隣住民から不安の声があがりそうだ。でも歴史や真実を、存在そのものを隠すやり方がどうにも納得が行かない。驚異があるならあるで、知っておきたい気持ちもある。
「隠すものって言うけどさ。竜は昔から居たって、『在来特定特殊生物』とかいう制度の方じゃ認めてるんでしょ。童話にだってホイホイと悪役で出てくるし、今更隠したって意味ないじゃん?」
早い話、「昔はいました、今はいません」という事だろう。それならば、どうして隠す必要があるのか。納得がいかない。
「お前さんたちがそう心配せんでも、あの壁画の間の存在は国は把握しとるし、今も神社のやつらが厳重に管理しておる。今頃、結界が破られて、神社の人間は大慌てしてるんじゃないか」
「……ケッカイ?」
「そう、結界」
「結界? が? 破られたって、どういうこと〜?」
「お前さんたちが、破ったろう」
「……???」
私とふーこは、フギンとの会話が噛み合わず、頭にデカデカと疑問符を浮かべる。結界なんて、ケッタイでキッカイな単語が出てきたもんだ。フギンは、さも面白そうに、瞳を細めた。
「……仕方がない。面倒だが初めから説明してやろう」
フギンは羽を嘴で整えて、小さく咳払いをした。
■■■
「話はまだ治水事業が行き渡らん頃……、人間どもがまだ和装をしていた……、あれは安土桃山と呼んだか? 昔に遡る。壁画の間はな、当時、近隣住人の避難所だったのよ」
「避難所?」
フギンは、こくりと頷く。
「当時はな、大雨が降れば、川は溢れ、家や畑や家畜を、財産を命を、しょっちゅう水に流された。村に住む人間どもは、強大な自然を相手に、いかにして生き残るかを考えた。水竜を祀る神社を作り、水竜を鎮める。そして、高台へ避難する。そのときに建立されたのが、知っての通り《八面神社》だな。そして神社の旗振りで、避難所として用意された場所が、水竜を描いた壁画の間、ということだ」
私は壁画のあった洞穴を思い出した。体育館ほどの広さがあり、確かに大勢の人を収容可能のように思えた。壁面や天井はヒカリゴケで覆われ、最低限の光を採る設計だった。生活用として使用に耐える地下水も流れていた。そして、八面の壁に描かれていたのは、水竜に祈る人間たち。災害時、あの場所に村人たちは身を寄せ合って、被害を最小限にしてくださいと水竜に祈って過ごしていてもおかしくはない。
「しかし、お前さんも知っての通り、壁画の間へ到る道は迷宮化しておる。きちんとたどり着けるよう、迷わぬよう、村人には役場から《迷子石》が配られた。有事の際には、皆が最低限の私財と《迷子石》を持って、山を登ってきたものだ」
「ちょっと、まってフギンちゃん。《迷子石》……えっと、《
ふーこがこめかみを指で抑え混乱した様子で言った。
「もちろん、廃坑の出口を目指す者にとっては、迷わせるものとなる。磁力が狂い、感覚が狂うあの石は、地方によっては、もっとおぞましい名前が付いていたはずだ。ただ、この八面山付近では、壁画の間へ導く石。『迷子防止の石』で、《迷子石》なのよ」
「えっと……よく、分からない…」
「わたしたち、実際に、すご〜い、迷子になったもの〜」
あの石は持ち主を迷わせるものだと確信していたし、実体験として迷子になって、とても苦労したのに。今更、導きの石だとか、「迷子防止の石でした」とか言われても、すんなり納得できるわけがない。
……しかし、強いて言えば、思い当たることがひとつだけある。坑道内で適当に選んだ道を地図で表したとき、渦巻状になってしまった。進行ルートの目指す先は、あの壁画の場所だったのだ。強烈な引力はたしかにあった、と認めざるを得ない。もしフギンの言う通り、昔の災害避難に使われていたならば、字の読めない人や、地図を読めない人にも有効な道標になっただろう。
「……大学のレジュメにも、しっかり『方向感覚を狂わせる』って書いてあったのに。それはどう説明するの?」
「だから、儂は『八面山では』と言っただろう。他の場所では知らん」
「……どう言うこと? さっきから要領を得ないなあ」
「いいか。まず《迷子石》……お前さんが言うところの《星曇りの石》は双子石だ。対となる《星晴れの石》と共に生まれる。一方は方向感覚を狂わせ、一方は整える。両者は真逆の性質を持ち打ち消し合うが、惹かれ合う性質も持っている。ここまではいいか」
「うーん…惹かれ合う?」
「くっつきたがるのよ。二つの石を近づけると、磁石の両端のように引っ張り合い、しかし打ち消し合い反発もする」
「ああ…」
それは実際に経験したことだ。効力を中和しようと石と石を近づけたとき、その間には確かに見えない不思議な丸い力場が発生していた。
「あの場所を避難所に指定したのは、当時の魔法使い――神社のやつらは、二つの石の関係性を、山の事も、よく知っておった。壁画の間はな、あれは巨大な《
「は?」
「妙に整った八角形をしておったろう。あれは《星晴れの石》の特徴よ。当時の技術で山をあれほど正確にくりぬけると思うか?」
「え、でも、だって」
そんなばかな。あれほど巨大な空間が、魔石の中だって? 確かに《星晴れの石》は、八角形柱の形をしている。ガラスのコップのような透明な外殻を持ち、中の空洞にはきらきらと輝く水を蓄えている。…あれに穴を開けて、部屋として使用していたと言うことか。
「あの八角形の部屋は、巨大な魔石の中なのよ。八面山の《星曇りの石》はみな、規格外に大きな《星晴れの石》の力に引かれてしまう。そして、持ち主をその場所まで運ばせる。道標として役立つだろ? 当時のやつらもよく考えたものだ」
「壮大すぎて、飲み込めない……」
私は目眩を覚えた。あの部屋の岩壁が、苔に覆われた岩壁が、すべて魔石で出来ているとしたら…。
(総額、幾らになるのだろう)
それを採掘するだけで、一生食べていけるのでは…。考え込む私を見て、鴉はカッカッカと笑った。
「ん? でもおかしい。ふーこのスマホに付けてた《晴れ》の石で、幻覚が解けて、やっと中に入れたんだよ。それがなかったら、岩壁の幻覚で入れなかったと思う。あの邪魔してた岩壁はなんだったの? 迷子石の仕業でしょ? 導きの石とはいえなくない?」
一番気になっていたのはそこなのだ。背中にあった壁が、瞬きする間に消えたあの強烈な違和感は忘れられない。
「今は『神社の人間が管理しておる』と言うたじゃろ。壁画の間には人が寄り付かんように、神社の人間が結界を張って保護しておるのよ」
「ケッカイ」
先程出た非日常なワードは、ここに帰着するらしかった。神社だから、神道系列の魔法の一種だろうか。
「普通の人間には、存在すら気づけんよう、壁画の間への入口が見えないよう呪いをしておったらしいな。隠す理由は、先程説明した通り、『水竜の存在ごときれいサッパリ消すため』」
「ああ……」
少しだけ話が見えてきた。国は存在を認められない、しかし歴史資料的にも魔石的にも価値の高い壁画の間を壊すことも出来ない。ということで、ゆかりのある神社に管理を一任して、壁画を無いにことにしつつも、保全している。ということか、
「神社のやつらのかけた呪いは、それこそ、お前さんらが散々体験した、方向感覚を狂わす類の呪いだったようだな。お前さん達は《迷子石》の仕業として納得しておったようだが。……まさか神社の人間も、あんな坑道の最奥に、感覚を正す対の石を持つ輩が現れるとは、予想できなかったようだな」
なにがそんなに痛快なのか、鴉はカッカッカと大口をあけて笑った。私とふーこは目を見合わせた。
「じゃあ、邪魔していた岩壁は神社の人の結界の仕業で、それが
フギンはこくりと小さな頭を縦に振る。
「幼馴染殿が対の石を持っていなかったら、あの場所への道は拓かれず、ずっと同じ場所をぐるぐると彷徨っていただろうな。そして、《迷子石》も中和出来ず、あの山に閉じ込められていたかもしれん」
「うわあ……」
「無事に帰ってこられて良かったな」
私は最悪の顛末を聞いて背筋が凍る思いがした。もちろん、そうなる前にフギンは迎えに来てくれただろうけれど。そんな状況になるかも知れないと分かっていながら、この使い魔は主人を放置したらしい。なんてやつだ。私はじっと鴉を睨むと、鴉は悪びれもせずに笑いながら言う。
「本で読むより、勉強になったろう」
「そうかもだけど、絶対『うん』って言いたくない気持ち」
「対の石を持ち帰ろうとした、幼馴染殿の機転に感謝するんだな」
「メイジちゃん、わたしの目を見て、ありがとう〜って言って♡」
「うん、すっごく、言いたくない気持ち」
私は開いていた本を閉じて、伸びをした。とても石の特定なんてする気分ではなくなってしまった。
「あーあ、折角、新発見だと思ったのになあ」
「そうだねえ〜……」
スマホを中を覗けば、あの遭難の日を切り取った写真がいくつも残っていた。暗い洞窟の中でフラッシュを焚いて撮影された写真は強烈な光に照らされ、情緒もへったくれもない仕上がりだ。あの日見た感動を少しも写し込めていない。
「これ、SNSにちょっと流せば、日本中がびっくりするんじゃないかなあ」
「メイジちゃん、初バズ記念日になっちゃうね〜」
「どうしよう、通知が鳴り止まないってヤツやってみたい」
「ハイハイ! じゃあわたし、『お前、有名人じゃん〜』ってやつ、リプしていい?」
「お〜! やってやって」
隙きあらばアホなトークに花をさかせてしまう私達を眺めて、鴉はため息をついた。
「まだそんなことを言っとるのか」
フギンは翼をばさりと広げて威嚇のポーズをする。
「お主らが『えす・えぬ・えす』とかいう社交場で騒ぎ立て、万が一、事が明るみに出れば、国の特殊技能委員会が動くぞ」
「逮捕かよ!」
「ちなみに人の口で広まれば、町内会のやつらが水竜まんじゅうを売り出す前に廃坑は厳重管理されて、若輩魔女は二度と近づけないし、野営で煮炊きなど夢のまた夢、と言ったほうが、お前さんにはわかりやすいか」
「! それは困るな」
「わたしたち、来週末、壁画見ながら一泊二日のキャンプの約束をしてるの〜」
「ならば、黙っていることじゃな」
「んー……まあしょうがないか」
納得はいかない。しかし同時にキャンプはしたい。逮捕は絶対に嫌だし、わがままをいって通る案件ではなさそうだ。
(まあ、……しゃーないかあ)
壁画を秘密にするということは、私達で今後も私的に使用ができるとことだ。
あの、ヒカリゴケが描く星空を、水竜の真実を、極上の湧き水を、独り占めすることができる。
改めてそう思うと、なかなか悪くないように思えた。
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