帰還

 ふーこは四度、杖を握った。地面に置いた黒板に、砂鉄を満たして。ふーこが吸う風がキラキラと輝く。ヒカリゴケに囲まれたこの場所で見ると、一層幻想的だった。杖先がトンと砂鉄を突いた。立ち上がった砂鉄の形を見て、私達は飛び跳ねて喜んだ。

 砂鉄は正八角形の部屋にいることを示していた。今度こそ、正しいマップだ。人を迷子にさせる《星曇りの石》の効力を、正反対の性能を持つ《星晴れの石》が、中和した証拠だった。


■■■


 救急用のテーピングで石をぴったりと固定してポケットにしまい込み、私達は再び歩き出した。甘いものでお腹を満たされた後だから、足取りも自然と軽い。ふーこが《砂地図すなちず》を持ってナビゲートし、私がそれを紙とスマホに写しながら進む。《曇り》の石に歪んだ景色を見せられていたので、行く先は見たこともない道ばかりだったけれど、不思議と眼前は明るかった。

 《砂地図》を見れば、坑道から脱出できるルートは複数あるらしい。私達は最寄りの出口を目指して進んだ。今度こそ坂道が続き、もう一度休憩が欲しくなった頃、私達は待ちわびた太陽光が差し込む穴を見つけた。風が、頬を撫でる爽快さ。正真正銘の、出口だった。私達は、子供のようにはしゃぎ、その出口に駆けていった。


「わあ〜〜…外ひろ〜〜い」

「ウッ、まぶしい……!」

西日の真っ直ぐな光線を受けて、私は眼を細めた。暗がりに慣れていた目に、光が染みる。ぴかぴかの新しい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。手をかざしあたりを見回すと、八合目の《八面神社》の脇手の崖穴の前に立っていることに気がついた


「こんな所に出るとは……」

「遅かったな」

 聞き慣れた低い声に声をかけられ、私は顔をあげた。

「フギン」

「フギンちゃん!」


 声の主の鴉は不敬にも、樹齢400年を超える大きな楠の御神木の枝に止まっていた。私は道中、フギンの魔力切れを心配していたけれど、それは杞憂で済んだらしい。よかった、と胸をなでおろす。安堵と同時に甘えが湧いて来て、私はつい、憎まれ口を叩いた。

「っていうかさ、ここまでお迎えに来られるなら、中まで助けに来てよ! 大変だったんだよ!」

「だが、積もる話が出来ただろう?」

「―――は……?」


 やられた。わざとだ。フギンはわざと助けに来なかったのだ。こんなへんぴなところに出てきた私達を迎えにきているのが何よりの証拠だ。私の魔力の出どころをしっかり把握してるのに、わざと助けに来なかったのだ。

 そして、フギンは思考を読む使い魔だというのを思い出した。フギンは出かける間際、私の気持ちを読んでいたに違いない。

(「ふーこと話足りない」と思ってたの、バレてる)

 本人に知れたら大変なことだ。抱きつかれて、何十分も撫でくりまわされるに決まっている。黒羽の鴉は小さく鼻をならして、Tシャツの肩にとまった。


「《迷子石》はどうだった?」

「《星曇ほしぐもりの石》な。お陰様で散々な目にあったよ。絶対痩せたし、明日は筋肉痛決定」

「あの時、全部の《石》を取ってたら中和できなくて帰れなかったよね」

「それは賢明な判断だ。その謙虚な行動は、幼馴染殿のおかげかな。主殿も学ぶ所があったと見える」

「ウッサイ」

「んふふ〜」

 カアカア、と山の鴉が鳴く声がした。

「さて、日が落ちるぞ、家まで歩けるか」

「私はなんとか。でも、ふーこが心配。靴が普通の運動靴だし、ここ八合目でしょ?」

「私、メイジちゃんとなら、もう少しだけ頑張るよ〜。せっかくだし、最後まで完走したい」

「いい心がけだ。両の足で歩め、若者たちよ」

「年寄りは黙って上から見とれ。あー今から下り坂はしんどー。ロープウェー作って欲しいー」

「メイジちゃ〜ん? お家に帰るまでが遠足ですよ〜。最後まで、気をぬかないように〜」

「はーい」

 遠足コントのノリが再開されて、私は手を挙げて答えた。



 夕暮れ色に染まる山を降り、時々短い休憩を挟んで、私達が小屋についたのは、すっかり闇に飲み込まれた七時頃となってしまった。小屋の前には黒塗りのリムジンが横付けされており、お嬢様のふーこは無事に保護されたのだった。

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