幼い出会い
今でもあの日を覚えてる。
慣れない幼稚園で見知らぬ顔だらけの教室。永遠と思える程長いお遊びの自由時間。
わたしは園庭の
「へんなかみ」
男の子は茶化すように言った。
「おまえ、わるいマジョだろ!」
子供にとって、自分と相手が似ているかどうかという問題は、「仲間かどうか」という重要な問題だった。わたしは運悪く、金髪碧眼という目立つ見た目で生まれてしまった。そして男の子たちが言うように、魔力持ちに生まれてしまった。誰しも自分の出生を選べない。これは受け入れなくてはいけない状況だったのだ。
幼稚園に入る前はよかった。お父様もお母様も魔力持ちで、わたしと同じ色の髪と瞳をしていた。お屋敷では、誰も私を攻撃しなかった。使用人のお兄さんもお姉さんも、わたしに優しいし、意地悪をしない。後になって分かることだけれど、わたしは「お金」という二つ目の魔力で、厳重に守られていたのだ。
けれど家から一歩外に出れば、世界は偏見で満ちていた。誰かのホームパーティにお邪魔すれば、ナリキン、ガイジン、マジョとささやく声がした。不思議なもので、幼くて言葉はわからなくても、悪意だけはよく理解できた。わたしは家の外がいつも怖かった。いつも、何もしていなくても、仲間はずれにされて、嫌味を言われる。一番イヤだったのは、そういう悲しいことがある度に、お母様やお父様が悲しそうに微笑むことだった。「無知による恐怖を、嫌悪を許してあげて」。お母様たちの言っていることはまだ難しくて分からなかったけれど、自分たちは本当は大勢に嫌われているという真実だけが、小さな胸にひどく痛かった。
今思えば、少年たちの行動は悪意がなかったのかもしれない。幼さ故うまく関わりを持てず、行き過ぎたちょっかいを出してしまったのかもしれない。本ばかり読んでいるわたしを、庭園に連れ出して、遊んであげているつもりだったのかも知れない。でも、わたしが男の子の行動を嫌がり、困り果てていることは、曲げようのない事実だった。嫌だと言っても、やめてもらえない。先生のところに逃げれば、つまらないヤツと罵られる。自分に出来ることは、ただひたすらに、自由時間終了のチャイムが鳴るのを待つだけだった。
そんな時、枝葉をかき分け、高い声がした。
「あんたたち、なにしてんの」
背の低い、赤毛の女の子が立っていた。となりのチューリップ組の、目立つ赤毛をおさげに束ねた子だ。わたしと同じで、いつも一人で遊んでいる子だった。
「あんたたち、そのこ、なかしてるの!?」
赤毛の子は、体に見合わない大きな声を出した。
男の子たちは、急に慌て出した。「ぼくたちは、たたかいごっこをしてるんだ」と誰かが言った。体の大きな一人が「おまえも、マジョのなかまか!」と言った。わたしは雲行きが怪しくなるのを感じた。このままでは、この子も敵役を押し付けられて、嫌な思いをしてしまう。わたしは勇気をふりしぼって、立ち上がろうとした。
けれど、怖くて怖くて、すくんでしまった。この子を庇えば、また後で、もっとひどい目に合うかも知れない。喧嘩の仲裁に疲れた先生に、「またか」と落胆した目線を向けられるかも知れない。わたしは枝に体を隠すように、ぎゅっと身をかがめた。消えたかった。何も出来ない自分が情けなく、打算を始める自分が恥ずかしく、もしも魔法が使えるならば、透明になって消えてしまいたかった。
しかし赤毛の女の子は、そんな自分の事を気にもとめず、大きな声で言ったのだ。
「そう! わたしは、マジョのなかまだよ! 『こまったことは、ほっとかない! まほうせんし、マジョキュア・レッド!』 あくのクロマニオンめ!!! くっらえ〜〜〜!!!」
次の瞬間、わたしにはスローモーションのように、ゆっくりと目に映る光景を眺めていた。女の子のスモッグから伸びた両足が、男の子の背中にぶつかった。きれいな、それはきれいな飛び蹴りだった。
そのあとに続く、正拳突き。必殺技らしい掛け声とともに、迷いなく振るわれる攻撃は、どれも一口に暴力だった。とても褒められたことではない。けれど、わたしの涙はとまったのだ。悲しい気持ちも、苦しい気持ちも、驚きに上書きされて、キレイに消し飛んでしまった。
男の子たちが鼻血を出して泣き出して、瞬く間に問題が明るみなった。弁明するわたし、無実を主張する男の子に、同じく謝らない女の子の態度は、先生に大い問題視された。
そう、メイジちゃんは、困ったことを、ほっとかない。座り込んで泣いて、時を過ぎるのを祈ったりしない。茂みからさっと飛び出して、きっと行動でなんとかしてしまう。
あの日からずっと、メイジちゃんはわたしのヒーロー。
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