採掘場
私達は坑道の中を歩く。足音と、杖をつく音と、他愛もない雑談を高く反響させながら。
洞窟の中は外気温からは考えられないくらい涼しく、ひんやりと湿っている。アーチ状に穿たれた通路は、車が一台入るのがやっとの幅だ。ヘルメットに取り付けたLEDのヘッドライトと、箒先につけたランタンに照らされた坑道内は、「陰気なトンネル」と表するのが最もふさわしいように思えた。壁面は鉄製の柱や梁で全面的に補強されている箇所もあるが、赤松材で賄っている前時代のエリアは腐食で崩れていた。硬い岩盤をえぐったままの地面は水勾配が取れておらず、どこからか染み出した地下水が地面を濡らし、高い水音を響かせている。奥に進めば進むほど、土と草と雨の匂いを凝縮した独特の匂いが濃くなっていく気がする。
ふーこは、「なんだかおばけが出そう」と肝試し気分を味わっているようだ。私もだんだんと楽しくなってきて、洞窟内の見どころをガイドよろしく紹介した。茶色く伸びた鍾乳石や、置きっぱなしのトロッコ、切れた電線、変なきのこ、やたらと落ちている軍手と軍足。当たり前に見てきた景色を紹介したら、ふーこは歓声をあげて喜んだ。笑い声で眠ったコウモリを起こしてしまって、その羽音に驚いて、驚いた互いのリアクションでまた笑うという、永久機関のループにハマり、私達は短時間でヘトヘトになってしまった。
「あ、メイジちゃん、右の方にいくと大きい部屋があるみたいなんだけど、ここ?」
私は聞かれて、右横に空いた穴を見た。坑道内には、採掘のために人工的に掘られた穴と、自然にできた横穴が至る所に空いている。これは補強もなされていない、自分の背よりも小さい穴なので、自然に空いた穴のようだった。
「んー、その穴は……前に来た時興味本位で覗いた気がする。……地図だと、どんなん?」
ふーこが持つ《
「えっと……現在地がここで、入り口がこっち方面。で、隣の部屋は……こんなに広かったっけかな……隠し部屋があったって事かな……う〜〜ん……」
地図上の情報量は多く、貧困な記憶の情報と照らし合わせても、違和感がある。奥に進むにつれて、記憶と地図が合致しないことが多くなってきた。
「じゃあ、メイジちゃんの目的のお部屋ってこっちの大きい部屋?」
指をさされた《砂地図》には、たしかに大きめのくぼみがあった。方向はあっているように思えたけれど、そんなに部屋は角ばってなかった気がする。当然の事だけれど、記憶の中の映像はメイジの一人称視点で、地図は俯瞰で山の断面図なのだ。岩壁がどのように角ばっていたかなど、記憶にない。
「なんか違う気がする。あ〜、ゲームみたいに視界の右下にマップ機能があればいいのに! あと行ったことの無い部屋は薄暗く表示してほしい。そんで、現在地と目的のアイテムを赤く表示してほしい」
「ん〜。視界への干渉は無理だけど、《砂地図》にそんな能力があったらいいねえ〜。魔法陣の記述を変えたら、どうにかできないかなあ〜」
ふーこは真面目に考え始めた。ゲームに乗っかった軽口なのに勉強の話にすり替えるのはやめていただきたい。
「メイジちゃん。目的地のお部屋って《砂地図》で言うと、どのへんなの?」
「ん〜と……記憶頼りで自信はないけど、多分この部屋があやしいかなって」
「え? 『あやしい』?」
言われて、私は言葉に詰まる。おもしろ洞窟ツアーを優先して、どこかで一回多く曲がったかもしれない。見覚えのある景色が続いているので、迷子にはなっていないが、想定していたルートと少し違った方向から到達しそうだ。
「……大丈夫。方向的にはこっちであってると思う……、多分」
「……メイジちゃん、自信なくなってきてる?」
図星を指されて、閉口する。自信満々だったのは最初の方だけだった。実際に洞窟に入れば、記憶をたどりながら行けるものだと過信していた。でも、《砂地図》で、この廃坑の全貌と奥深さを知ったら、そんな軽口を叩けなくなった。自分の記憶がいかに曖昧で、適当なものか、突きつけられた気がした。
それでも幸運はあった。私はやっと、お目当ての横穴を見つけた。
■■■
頭をぶつけないよう注意深く屈み、よじよじと這って進めば、やや広い岩洞が広がっているのが見えた。この道で間違いなさそうで、安堵のため息が漏れた。徐々に広がる道を抜け、立ち上がり腰を伸ばすと、後ろから追いかけてきたふーこの感嘆が聞こえた。
「広い所だねえ〜……」
洞穴は学校の教室を2つ分程度もある。闇に満たされた大きな岩の空間は広いヘッドライトの光をあっけなく飲み込んだ。
「暗いから気をつけて」
「う、うん」
「光を壁に当てるようにすると、安心感あるかも」
「わかった〜」
天井の高い岩の空洞は声を反響させる。響く声を追いかけ視線を上げれば、高い天井一面に白い鍾乳石が垂れ下がっていた。
「ここに依頼の、《
「うん、多分。前にとった時に見た気がするんだ」
ふーこはランタンを持ち上げ壁を照らした。光源の移動にあわせて、岩壁のそこら中が赤や青にキラキラと反射する。全て名前が分かる訳ではないけれど、全てに名前がある石だ。
「すご〜い、いろいろ、いっぱいある〜……!」
「そう、ここ、すごい色々一杯あるんだ」
ふーこがまるで、自分が初めて洞穴を発見した時のように興奮しているのが、なんだか自分の事のように嬉しい。
自分も早く石を物色したくなって、箒の先からランタンを取り外した。ランタンを掲げて自分も壁に光を当ながら、記憶をたぐり寄せながら歩く。どこか見覚えのある一角に、金色に変色した岩を見つけた。指でつっとなぞると、一箇所だけ色も質感も違う箇所がある。原石だ。
「これだ」
岩と一体化した原石は、ラムネの瓶の欠片を波であらったように、とろりとした淡い青緑色をしていた。金色の岩部分は指にザラザラと痛いのに比べ、色の違う部分は指に滑らかで、ひやりと冷たい。
「多分、これが《星曇りの石》と思うんだ」
試しに方位磁石を近づけてみる。思ったとおり、ぐるぐると勢いよく針が回りだした。
「磁石が……狂ってる?」
「こういう方向を狂わせる性質を、ストーカーの追跡を妨害するのに使うんじゃないかなあ」
「へえ……」
分かるようなわからないような曖昧な理屈だけど、魔法っていうのは大抵がそういうものだ。揺るがない結果が先にあって、理由なんて分かるようなわからないような、殆ど前後の文脈で推察しただけの後付けだったりする。
私は早速ストーンハンマーとタガネを取り出した。タガネで根本を狙い、重い金具でカーンと叩く。すると、石自身がまるで取り出されるのを待っていたかのように、簡単にぼこりと溢れ落ちた。原石にこびりついた金色の岩はひどく脆く、軍手で払いのけるだけで楽に取り去ることができた。中から現れた薄荷色の石は、角の取れた、とろけた八角柱型をしていている。良く見れば、シーグラスのような半透明な石の中で、雲のような白い煙がもやもやと動いている。《星曇り》の名前の由来が分かる気がした。石の中でうごめく雲形は千差万別で、コーヒーに注がれたミルクのように渦巻いたかと思えば、全体に広がって霧のようにも、大雨を蓄えた入道雲型にもなった。これをじっと眺めているだけで、日が暮れてしまいそうだ。
スマホで依頼人からの添付画像を確認する。モノクロ写真でわかりにくいけれど、石の形や、雲が漂ったような色の濃淡が一致しているように思える。
「こんな小石が五万円……」
私はついうっかり、本音をぽろりと零してしまった。採取したものは、指でつまみ上げることができる程度の大きさだ。さしたる苦労もなく見つけ、掘り起こし、五万円である。
「メイジちゃん、ここに結構あるよ〜」
ふーこが、先程採取した周辺の岩壁を指差す。薄荷色の石が、チカチカと輝いていた。
「全部、ひとつ五万円……てことになるね……」
私は自分の言葉に感化されて、目眩を覚えた。ゴイチが五、ゴニ十と、頭の中で五の段の掛け算が猛スピードで始まっている。岩肌で光を弾いてる箇所は十では足りない。脆い岩の部分を掘り起こせば、さしたる苦労もなく、それ以上が手に入るだろう。とんでもない一攫千金、ナウゲッタチャンスである。
「うああああ……。ど、どうしよう! と、と、採っちゃう!?」
「え〜、でも、こういうのって、最低限しか採っちゃいけないっていうのが、大抵のオヤクソクなんじゃないの〜?」
「うッ」
ふーこは優等生らしい正論を、まっすぐに投げてきた。自分のような劣等生でも、そんなリクツは分かっている。天井を覆う鍾乳石ですら、一センチ伸びるのに五年を要するという。魔石なんてものはそれの最たるものだ。奇跡を含む貴石は、だからこそ高価で、だからこそ乱獲が問題になっているのだろう。
「……私としたことが、一瞬目がくらんでしまった」
「メイジちゃんて、『大きいつづら』と『小さいつづら』だと、迷わず大きいつづらを選ぶタイプだよね〜」
「うッ」
追撃で図星を指されて言いよどむ。……それの何が悪いというのだ。小さいつづらを選んで、入っていたお土産が不用品一点のみだったらどうする。大きいつづらなら、ガラクタも詰まっているかもしれないけれど、中に役立つものが含まれている可能性が上がるではないか。
「あれは『雀に糊を食われるような、ずさんな管理体制を反省しなさい』とか『舌を切る体罰はどうよ』っていうのが教訓で、つづらの大小に善悪はないでしょ」
「つづらはともかく、石の乱獲はよくないよ〜。『己のためでなく、人のための魔術尊し』て校歌にもあるでしょ〜。魔法使いの基本だよメイジちゃん」
「でた〜理事長の娘。校歌なんて知らんし」
と、茶化しふざけてみたけれど、内心、ふーこの言うことはよく分かっている。その精神は、魔力持ちとして生まれた子供が、いちばん最初に教わる絶対のルールだ。大伝じーちゃんにも一番最初に『魔法は人を助けるために使え』と教わったし、今でもフギンにしょっちゅう小言を言われる。きっとその校歌も、学業を積んで出来る事が増えてくる生徒に、今一度釘を刺すために、わざわざ歌詞に織り込んだに違いない。
「じゃあ……自分用……というか研究用に、もうひとつだけ小さいのを持って帰るのは? それくらいは、許されるんじゃない?」
「う〜ん……。根こそぎ採るわけじゃないし……後学のために少量だったら、良いんじゃないかな」
「よしゃ」
私はやっと罪悪感から開放されて、もう一つ《星曇りの石》を掘り出した。先程よりも小さい八面体サイコロサイズを拾ってポケットに入れた。
「ね〜ね〜、この石はなんだろう〜?」
「ん?」
ふーこが指差していたのは、前に依頼で頼まれたことのある《
……世界中に存在する物質に、一体誰が名前を付けているのか知らないけれど、◯◯モドキとかニセ◯◯とかオオ◯◯とか、別の個体名を基準にした類似名が多すぎると思う。ややこしいからやめて欲しい。
ともかく、《星晴れの石》が岩の亀裂に間に、大小さまざまびっしりと並んでいる。
「これが、前に依頼があった《星晴れの石》っていうやつ」
「え? これ? きれ〜い……!」
《星晴れの石》の特徴は、まずその美しさだ。冬の高い空のように透き通った水色が、光を弾いて煌めいている。石英のように尖った八角柱状の自形結晶する姿は、いかにも「宝石」ぽくて可愛らしい。不思議なのは、その内側に無色透明の液体を溜め込む性質だ。誰に揺すられた訳でもないのに、液の中で金色の星のような粒がスノードームのようにくるくると舞っている。ふーこはうっとりと瞳を輝かせた。
「すっごいかわいいね……! これ、アクセにしたら良さそう〜!」
確かにピアスとかイヤリングにしたら可愛いと思う。耳元で光る涼しそうな石の中で、金色の粒がクルクルと舞っているのを想像したら、(自分に似合うかどうかはさておき)中々動画映えしそうなアイテムだ。
「これはね、可愛いだけじゃなくて……。これをスマホにくっつけると、電波状況が良くなるんだって」
私は試しにスマホを取り出し、岩と岩の間に差し込み石に近づけた。頑なに圏外を表示していたスマホが、電波塔マークに変わった。通話には耐えられないけれど、少しだけ改善したのが見て取れる。
「え〜、便利〜! 欲しい〜!」
「って人が多くてね、依頼が稀に私の所まで来るのよ」
これは個人的な意見だけれど、割れやすい天然石を硬いスマホにぶら下げて持ち歩くのはおすすめできない。なにかの衝撃で石が割れ、中の液が漏れ出ようものなら、スマホもろとも大惨事になるだろう。
「私、コレ、持って帰ってもいいかなっ」
「……まあ、乱獲は駄目だけど? 学術的な目的で少量なら? いいんじゃない?」
ふーこに言われた事をいやみったらしく復唱してみせると、ふーこは吹き出した。
「今日、メイジちゃんと来た思い出に、一生大切にするんだ〜♡ メイジちゃんの分も取っておくから、おそろいで付けよ〜♡」
「ヤだよ」
ふーこは嬉しそうにロックハンマーを握りしめた。ふーこがカンカンやっているうちに、退屈しのぎに岩壁を見て回る。
「お、ここにも面白い石がある」
「なになに、キレイ〜。星雷雨の石〜?」
「勝手に名前つけるな。ありそうだけど」
「石英が魔力を浴びて変色してるのかなあ〜! アメジストにしては色が緑じゃない? それとも別の石かな。サンプルに一つだけとってみたら?」
「はいはい了解。おっと、これは……?」
「や〜ん、石がバイカラーになってる〜! 可愛い〜!」
「これは金の匂いがしますね〜。小さいのを一つ持って帰りましょう。このカラーパターンから一種類を厳選するのか……めちゃくちゃ迷うな」
「あ、ここにマーブル色の石が落ちてる!」
「え!? 地面の砂利にも!? もしかして落ちてる岩も砕いたら、中からゴロッと出てくるパターンもあるんじゃ?」
「こいつは忙しくなってきやがったぜ〜!」
「俺達の戦いはここからだ!」
……気がつけば私達は、『お一人様一つまでなら、サンプル目的として持って帰っていい』という謎ルールを掲げ、採掘を心行くまま楽しんだ。
色とりどりの宝石の収穫を荷物に入れてみると、リュックはずしりと重たくなっていた。
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