星曇りの石
スマホからピピピとアラーム音が鳴って、私達はやっと我に返った。そういえば、帰宅時間に鳴るように設定していたのを忘れていた。どうやら無我夢中で石を集め、小一時間近くカンカンとやっていたらしい。 腕を下ろすと、二の腕と肩が疲れを訴えている。ずっと重い鉄の工具を振り上げていたのだ、無理もなかった。
「三時になったみたい。そろそろ引き上げの準備しよっか」
「そうだね〜。結構採れたし」
ふーこは満足そうに鼻を鳴らした。
意外だったのはふーこの熱中ぶりだった。ふーこが宝飾系のものに興味を示した所は見たことなかったし、作業自体はふーこの苦手な運動だったのに、突き動かされるように岩壁を叩いていた。おかげで、気が付きもしなかった珍しい(と思われる)石が集まった。
集石したものを標本に纏めたら、次回の依頼があったときにさぞ便利だろう。名前を突き止め、効果を調べるのは骨だろうけれど、やる価値はありそうだ。
(それに、市場価格を調べるの、楽しみ)
愛しい程重たくなったバックパックを、ひと撫でする。宝の山とはこのことだ。
箒先にランタンをひっかけ戻して、道具を全部バックパックに仕舞いこんだ。そこで、やっとふーこの顔色が優れないことに気がついた。
「ふーこ、どうした? 荷物が重いなら、少し持つよ」
「メイジちゃん……コレ見て……」
顔色なくしたふーこが、手に持った《砂地図》に視線を落としている。ヘッドライトに照らされた砂鉄の地図は何かが違っていた。
「なんだ? これ……」
「おかしいよね……」
砂鉄の凹凸で描かれた地図は、来た時に見ていた姿と違っていた。この部屋に来るまでは、つねに中心に自分を示していたのに。今、地図に描かれた箇所は、ここではない、どこか別の場所を切り取り示しているとしか思えなかった。
「もう一回、再起動してみるね」
「う、うん」
ふーこは改めて杖を構え、また呼吸を整えはじめる。坑道に入る前と同じような所作で、地面に置いた黒板を杖でついた。砂鉄は一度、ただの黒い砂に戻り、もう一度立ち上がった。
「あれ……? やっぱり変かも……」
「まじか」
黒板を持ち上げたふーこの手元を見た。先程と別の場所を示しているようだが、現在地ではない。縮尺も指定とは違うようで、地図は広い正八角形の部屋にいると示していた。
(……地図の役割をなしていない)
突然効果を発揮しなくなった魔道具を前に、ふーこは首をかしげている。
「おかしいよね……さっきまで、ちゃんと上手くいったのに……」
「……っ」
私は瞬時に二つのミスを犯したことを知った。
「帰りにでも地図の写真を撮っていい?」なんて悠長な事をいっていないで、すぐさま写真を撮影して、正確な地図を保存しておけばよかったのだ。ふーこのリアルタイム描画する地図の便利さに甘え、いつでもこの便利さにありつけると過信していた。スマホじゃないとバックライトがないだの、手書きは正確さに劣るなどなんだの言わず、メモ帳にもでも道順の特徴を記しておけばよかった。
そして二つ目。
(《
《星曇りの石》の特性をろくに調べずに飛び出した自分を呪う。方位磁石を近づけた時、くるくると針が回り出したのを見た時点で、気が付くべきだった。フギンがこの石の事を「迷子石」と呼んでいたことに違和感を感じるべきだった。ふーこの《
私は、慌てて依頼のメールをもう一度読み返した。勢いよくスワイプしスクロールさせていけば、添付のPDFには二頁目以降が有ることに気がついた。採掘場の写真、枠線で囲われた部分に、石の効能を記す欄があるではないか。
―――――――
■《星曇りの石》の特殊効能
特殊な磁力に似た魔力を強烈に発生させ、対象の位置情報及び認知を歪ませる効果がある
○副次的効果
i)強磁性材料は強い磁界により磁気を帯びる
ii)精密機器の電気信号に影響を与え、誤動作の要因となる
iii)人工衛星からの位置情報を狂わせ阻害する
iv)保持者の方向感覚を狂わせ阻害する
―――――――
(位置情報を……歪ませる……)
いまさら遅いが、これは決定的だった。
「……私達が迷子になるように、《星曇りの石》が仕向けてるんだ」
「ええ?!」
「多分、石を持っていると、迷うんだと思う。これはそういう効能の石なんだよ」
ストーカーの追跡を巻くための素材だ。体内の方位感覚を狂わせ、認知を歪める強烈な力がある。私はふーこと同じく青ざめた。横道が枝のように分岐し広がるこの巨大な坑道を、地図なしで入り口まで帰らなくてはいけない。今更ながら、指で摘んで持ち上がる程度の小石に、「五万円」なんて高値がついているのも合点がいった。
(採取のために、特別な準備が必要な石だったのだ)
だが、もう遅い。採るのは容易い、しかし持ち帰るのは困難。この依頼は、――簡単なものではなかったのだ。
(手に負えない、かもしれない)
私は一瞬頭によぎったネガティブな弱音を、首を振って頭から追い出した。
(大丈夫、おちつけ)
私はすうと深呼吸をした。フギンはこの石の性質を知っていた。大伝じーちゃんと《迷子石》と呼び合っていた。それが本当に危険な代物なら、未成年で半人前の魔女二人に任せたりはしないだろう。それに、きっと解決策はある。
(大丈夫だ、……大丈夫)
何も知らない場所じゃない。来た道を、戻るだけだ。しかも、何度も使ったことのある道だ。今まで培った経験がきっと自分を救ってくれる。
ひとまず、周りを見回した。今いる採掘場には、人が通れる穴が三つあいている。
「難しく考えることはないよ。来た道を逆にたどって行けばいいんだから」
私はつとめて、明るい声を出した。ふーこもそれを「そうだよね。二人で来た道だし!」と明るく受けた。
「――で、どの穴から来たんだっけ?」
「え」
私はそんな馬鹿なと思いながら、来たであろう穴を探す。三つの穴を確認したが、どの穴も、信じられないことに、見覚えがない。
「……嘘でしょ」
まるで頭の中に雲が掛かったようだった。
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