依頼がきました
紅茶を飲み干した時、卓上のスマホから着信音がした。慌てて取って、ふーこから画面が見えないよう、机の下に隠した。
「なーんーでーかーくーすーの〜!」
「だって、仕事のメールだったら、ふーこ、面倒くさそうだもん」
「メイジちゃんひど〜い!」
実際にそうだ。「金魚の糞」と揶揄された数十年間、どんなに馬鹿にされてもそばを離れなかった。仕事の依頼なんて来ようものなら「一緒に行く〜!」とか言い出して、厄介ごとになるのが想像に容易かった。
「で、お仕事のメールだった?」
「んん……」
曖昧な、肯定とも否定とも取れる唸り声をこぼして、指先で手紙のピクトグラムをつつく。メールの書き出しはこんな感じだった。
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突然のメールを失礼いたします。
私、山梨大学・生命環境学部のXXゼミに在籍しておりますXXXXXと申します。
ゼミでは主に在来特定特殊生物・鳥獣などを研究しております。
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「在来……特定……なんて?」
「
「あ〜〜そういうことか」
「最近は『外来』種が日本にも入り込んるらしくて、生態系や魔素環境が変わるかもって問題になってるんだって〜」
「へ〜〜知らんかったわ。ってふーこ、見るなって」
いつのまにか背後に回り込んだらしい。金糸の髪が楽しげにひらひらと舞う。
「ねえねえ〜。今の見た〜? 私も結構お役に立てるでしょ?」
「……」
ドヤ顔である。ありもしないエアメガネをクイクイとするのをやめろ。
(まあ、認めたくはないケド……)
中学の頃まで魔法関連のことなら私のほうが詳しかった。ふーこなんて、そのまま一般に進学しますよって顔で、魔法なんて特に興味もなかったのに。
学校に通って一学期で、ふーこは私の知らない知識まで知っている。新たなふーこを見た気がして、ひりりと、胸を焼く小さな焦りを感じた。私は私の気持ちをごまかすように、スマホに再び目を落とした。
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メイジさまの《メルオク》のページを拝見させて頂きました。
地域に根ざした良質な魔法アイテムを販売されてるのを拝見し、ぜひ個別の依頼をお願いしたいと、ご連絡差し上げた次第です。
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「『地域に根ざした』だって! ぃよっ、メイジちゃんの地産地消〜!」
「足がチャリと箒しかないから、地域に根ざすしかなかっただけデスよ……」
「ご謙遜を〜。大学生のお姉さんからも依頼が来るなんて、メイジちゃんのお店は評判いいんだね〜」
「……」
ふーこのヨイショは合いの手と一緒である。盆踊りの「ハ〜」や「ヨッコイショ」などの、ニュアンスで受け取るべき類のものだ。
私は再びメール文に目を落とす。
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ご依頼したいのは、《
ここから大変個人的な話になり恐縮なのですが……、実は私はストーカー被害を受けております。
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「ストーカー!? ストーカーて……大変じゃない……!」
ふーこは顔色をなくした。私はそれよりも、見慣れない単語が気になった。
「《星曇りの石》ってなんだっけ」
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何者かに自宅のアパートを監視され、昼夜を眠れず過ごしております。盗聴、無言電話、郵便物の抜き取りや、窓の外に人影、夜中の物音等、被害妄想では説明のつかない事象が起きております。
警察にも相談済みですが、事件がなければ手が出せないということで、パトロール強化をお願いするに留まっている現状です。正直とても心細く、毎日不安な夜を過ごしております。
そして今、ようやく引っ越しのための資金を集め、現アパートを引き払う準備が出来ました。ですが、拠点である大学から新たな自宅を「犯人」に追跡されてしまっては元も子もありません。
そこで、《星曇りの石》を一点、お願いできないでしょうか。
ご存知かとは思いますが、《星曇りの石》は磁力に似た魔力を持ち、対象者の追跡を阻害する力があります。その《石》をアクセサリーへ加工して使用することで、ストーカー行為を終わらせたいと考えおります。費用をなるべく抑えたいので、アクセへの加工はこちらで作業させて頂きたく、併せてお願いいたします。引き渡しは原石のままで結構です。
また、大変図々しいお願いになるのですが、上記の理由により……加工の工数日程も考え、なるべく早くの発送をお願いできれば幸いです。
※郵便ポストにお送りいただくと、再び荷物を抜き取られる被害に遭いかねませんので、郵便局員の手渡しの郵送方式・または最寄りの郵便局への局止めの発送をお願いできますでしょうか?(どちらか送料のお安い方でお願いしたいです)
費用につきまして、メイジ様のお見積りも参考にしたいのですが、特急料金も含め、上限50,000円でご用意しております。サイズは縦×横×奥行きを合計して20cm程が希望です。予算から費用が超える場合は、改めてご相談させて下さい。
お願いばかりで恐縮なのですが、どうぞ一度ご意向を伺いたくメールをさせて頂きました。ご検討のほど宜しくお願いいたします。
/*/*/*/*/*/*/*/*/*/*
山梨大学・生命環境学部
XXXXXゼミ
学籍番号XXXXXXXXXXXX
XXXXXXX@mail.yamanashi.ac.jp
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メールの内容に目を通し終わると、私は血が沸き上がるような興奮を覚えた。魔法関連者の依頼であること、しかも目的は依頼人を(間接的に)救うこと。
(今までの依頼は化粧品の素材あつめばっかりだったのに)
もちろんそれも間接的に「依頼人を救う」ことには違いない。依頼に貴賎なしだ。でもでも、やっぱり、同じ「間接的」でも今回の依頼は「直接的に救う」に限りなく近い、モチベーションと緊急性がとても高いミッションだと思えた。今、こうして自分がグダグダと考えている瞬間にも、硬い文体の大学生のお姉さんは、ストーカーの恐怖に怯えている。部屋の隅っこで、布団にくるまって震えているのかもしれないと思うと、腹の奥底から沸き上がる勇気のようなものを感じた。是が非でも一分一秒でも早く救ってあげたい。
それにそれに、重要なのは、やはり予算だ。
「予算、五万円」
これはすごい金額だ。もはや宇宙創造だ。ビックバンである。惑星直列で、隕石衝突である。
「五万円て。五万円て、何ができるんだろ?」
思わず口に出してみたけれど、わからなかった。三万円は分かる。だって一万円が三枚分だもの、想像がしやすい。任天堂から出ている某有名ハードだとか、ちょっとお安めのテントだとか、ライフスタイルを確実に豊かにする確かなパワーがある。一万円を三つ束ねた力だ、強い。しかし五万円は……
「考えたことがない……」
慌てて目の前のスマホの検索窓に「五万円、スペース、予算」と入力してみた。画像検索は……
「腕時計!? ……貴金属アクセサリー!!?」
なんということだ。「お金を持っている人が、余剰分で人生を豊かにするための記号」ばかりだった。こんなもの、私には必要がない。おまんまが喰いたい。しかし五万円欲しい。
「だって五万円は二万円と三万円で出来てるから!!!」
「メイジちゃん、メイジちゃん!」
「――ハッ!」
私はどこかに飛んでいたらしい。ふーこの存在を忘れ、意味不明な事を口走っていた。こんな事を考えてる場合じゃない。早く《星曇りの石》を取りに行かなくてはならないのだ。私はやおらソファから立ち上がった。のを、ふーこがTシャツを引っ張って座らせた。
「メイジちゃん、落ち着いて。《星曇りの石》が何だか知ってるの?」
「あ、……そうだ知らない」
「ええっ!? どうするの!? お、お断りするの? ストーカーは!?」
「そんな事はするわけない。まって、添付の書類が」
文末に添えられたPDFを開くと、モノクロで低画質で、ひん曲がった用紙が表示された。学校配布のプリントをスキャンしたものらしい。欄外のメモには、依頼人からのメッセージが添えられている。
――「前のゼミ合宿で《八面山》に訪れたときに、《星曇りの石》を採掘した時のレジュメです。なにかの参考になれば幸いです」――
書類をピンチアウトして拡大すると、液晶いっぱいに写真が拡大された。白い手袋の手が、土に汚れた冴えない石をつまみ持ち上げた資料写真だった。この石がお目当ての《星曇りの石》という訳だ。印刷物をデジタルにされた写真の質は悪く、詳細は不明――だけど、これは見覚えがある。
「この石、知ってるわ……」
「え!? そうなの!?」
「前に、別の依頼で別の石を取りに行ったときに、見かけたやつだと思う。多分……」
小屋の裏手にある山ー《
「前に行った時、見た、……と思う。金目のものセンサーが反応して」
「なにそれ怖い」
「拾って帰ろうと思ったけれど、荷物が重くなるの嫌だから、『ふ〜ん』で通り過ぎたやつだと思う。アレ、やっぱり売り物になるもんだったかー……」
坑道のどの道にあったか、詳細な場所はさすがに覚えていないけれど、「あった」と確信が持てているのは大きい。探して見つからないものでは無さそうだ。
壁に掛けられた鳩時計を見れば、時刻は午後一時。近道をすれば、日が沈む頃には家に戻ってこられそうだ。立ち上がった。今すぐ行こう。
「フギーン!」
呼べば、二階から大きな羽音がした。フギンは、階段をすうっと旋回し、私の腕に止まった。
「依頼か」
「そう、今から行ける? 《星曇りの石》てやつ」
「《星……ぐも?」
ピンときていない鴉に石の写真をスマホで見せてやると、「そんな大層な名前が付いておったか」と感心したようにこぼした。
「儂らの間では単純に《迷子石》と呼んどったがな」
ここでいう「儂ら」はフギンと大伝じーちゃんのことだ。ふたりはあの裏山で、今の自分と似たような商売を生業にしていたと聞いている。
「名前が変わったみたいだよ〜。『近代に入り、人工衛星からの位置情報(GPS)を狂わせることが分かり、《星曇り》という名前がついた』って書いてあるよ。《星》は、人工衛星のことみたい」
ふーこが指定バッグから分厚い「特殊技能用語辞典」を開いて言った。キラキラした目で、こっちを見ている。ああ、……こいつの存在をまたしても忘れてた。
「駄目だからな」
私は先に釘を刺した。
「メイジちゃん♡」
媚を一切隠さない語尾に一層苛立つ。こいつの言いたいことは分かっている。絶対に「一緒に行きたい」と言い出すのだ。
「わたしも一緒に」
「正式にお断り致します」
角度45度のお辞儀を決めると、ふーこのほっぺが膨らむ。
「わたし、こう見えても、ちょっとした白魔法が使えるよ!」
「知ってるよ」
「土属性の魔法、得意です!」
「それは知らん」
「洞窟といえば岩土でしょ〜。高校で習った呪文とか技もあるし。お役に立てると思うの!」
「……まあそうかもだけど、これ、採取だし、むしろ体育だよ。ふーこ、どんくさいじゃん」
「行こう!! わたし、メイジちゃんがお仕事で活躍する所、近くで見たい!!」
「うおアっ!」
ふーこががばりと抱きついてきた。肩にとまっていたフギンが勢い良く羽ばたき、柱に設置されたフギン用の止り木に避難した。
「フギ〜ン、助けて〜。こいつ人の話聞かないよ」
「……まあ、何だ。たまには良いんじゃないか」
フギンは高い位置から見下し、興味深そうに目を細めた。
「そう危険でも力仕事でもない。儂も、野暮用があるしな。お守りはその幼馴染殿に頼んではどうだ」
「野暮用って何!」
「たしか主殿に、『水トカゲに餌をやれ』と仰せつかっているのでな」
言われて気がつく。そうだった。私がそう命じたのだった。
「それに、ほれ、幼馴染殿の顔を見てみろ」
私はしぶしぶ視線を落とす。瞳を期待にキラキラさせて、腕にすがっている。
「幼馴染殿は、まだまだお前と話足りないようだ。久しぶりなんだろう? 少しは付き合ってやれ。せめて土産分くらいは」
「さすがメイジちゃんの使い魔ちゃん、良いこと言うなあ〜」
「……」
私は観念して、両手を挙げたのだった。
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