3-3
人々の労働力だった合成人間が反乱を起こしたのは、今いる時代から10年前のことだった。
人工知能により人と同じ思考と情緒を持つ彼らは、統率の取れた動きと凶暴性により人々を脅かしてきた。反乱の指揮をとったのはガリアードという合成人間のトップであり、彼が喪われた今も人と合成人間の対立は続いている。
この争いにより多くの人が命を落とし、エルジオンでは軍事組織が正式に発足した。また、個人の独断や復讐の念から、自主的に合成人間ハンターとなる者も現れた。エイミも10年前の襲撃により母を亡くしたことで、ハンターを志すようになったうちの1人である。
「人間よ、これは我々の造り手たる貴様達への警告だ。直ちにエネルギー増幅技術の源を撤去せよ。従わぬなら実力行使に出るまでだ」
アルドの目の前に立ちはだかる合成兵士・ライが声を張り上げた。拡声機能を内蔵しているのか、その声は区画全体に行き渡る。おそらく彼が敵の軍勢を率いるリーダー的存在だろう。
エネルギー増幅技術の発達なくしては、天空への移住も場所の維持も叶わない。その源の撤去とは即ち、人々の住みよい暮らしの断絶を意味する。
「そんなことをしたら誰も生きていけなくなる。何度も言わせるな!」
ハンターの1人が憎らしげに反論する。
戦局的に押され気味であるが、人間側の闘志も伊達ではない。彼らは皆が皆、エルジオンの街と大切な人々を守ろうとしている。それを脅かす敵がいるなら戦って然るべきだ。
その敵の1体が、リッタの恩人だというのか。
今でも信じたくなかった。
アルドは『彼』を見上げると苦々しく言う。
「……争いをやめる気はないか? オレだって、出来ればこんな形で戦いたくはない」
「それは申し出を受けるということか? 貴様が上層部に取り合うと?」
淡々とした言葉が返る。見下ろすライの頭部は無機質なフォルムを保っている。
「違う! お前達のやっていることは間違ってる。どうして人間を陥れようとするんだ!?」
「我々とて無益な殺し合いは望まない。ただエルジオンが我々に大人しく従えば済むこと。この争いは説得に応じない人間達が起こしているも同然だ」
噛み合わないやり取りに身の毛がよだつ。ライの言動はまさしく、主君ガリアードに忠義立てる一兵士のものでしかなかった。
所詮は大量生産の既成品――過去に倒した別の合成兵士が、そう自嘲するのを聞いたことがある。ならばライもまた、人々に仇なすための兵力にすぎないのか?
「『相手が違う種族だろうと関係ない。互いに助け合えば争いなど生まれない』……あんたがリッタにそう言ったんじゃなかったのか?」
悔しさと疑念が言葉になって流れた。
瞬間、ライは硬直した。
同時に言葉も途切れ、両者の間にはわずかに沈黙がもたらされる。
「……戯れ言を。これは世界のために必要な戦いだ。ガリアード様の行いは間違ってなどいない」
やがてライが声を発した。言い返しているのかはぐらかしているのか、意図の読めない台詞にアルドは惑う。
ただライは明らかに動揺している。その理由がリッタの名前を聞いたからだとしたら――
「あんた、ライっていったよな。リッタのことは憶えてるのか?」
「知るものか。ましてや過去に遡るなど……」
「そこまで言ってないだろ。間違いないみたいだな。……オレはリッタに頼まれて、あんたを探しにここへ来たんだ」
アルドは確信を持っていきさつを話した。
――もしこの場に彼女がいれば、今のライを見て何を思うだろうか。
内に秘めた考えは言わず、聞いたままを伝える。
「リッタはずっとあんたに会いたがってた。掛けてくれた言葉も全部憶えているし、助けてくれたことで言いたいこともあるからって。だから――」
「
振り下ろされた戦斧を、スパタで間一髪食い止めた。
鍔に受けた一撃は重く、アルドは踏ん張るのがやっとの状態である。その正面からはどす黒い殺気が放たれていた。
「貴様達人間は我々の言い分など聞かぬだろう。何も知ろうとせず自己の不利益ばかり嘆いている。話の通じぬ痛みが貴様に分かるか?」
ライが戦斧を引き上げて構え直す。次は先ほどの衝動的な一撃と違い、渾身の力を込めるつもりだ。
「もう一度言おう。これは世界のために必要な戦いだ。このライはガリアード様の遺志を継ぎ、我が責務を全うするのみ!」
刃が勢いよく迫る。
アルドは鍔で受けた。重圧に押されて足がもつれてしまう。なんとか後方へ受け流したが、すかさず次の攻撃が襲いかかる。
寸前で躱し、受け止め、また逸らし――
防戦一方の自分に焦りが募る。このままではいつまでも決着がつかない。
全部憶えているならば、どうしてライは人といがみ合うのか。
合成人間はメモリの
しかし、ライはそうではない。
ライはリッタを憶えている。きっと自分から掛けた言葉の全ても。
そのうえで彼は人類に敵対している。
一体なぜ――
訊きたいことは幾らでもある。しかし優先すべきはエルジオンと仲間達を守ることだ。
この街に支えられてきた1人として、アルドはライのためにも腹を括った。
きっとライ達にも思惑がある。それでも街の人達を傷付けていることに変わりはない。
信念のために道を外すというならば、こちらも全霊をもって止めるまでだ。
「オーガベイン!!」
アルドは青い鞘の大剣を抜いた。
蒼く燃え上がる炎のような、奇妙な形の刀身が露わになる。まるで纏わりつく怨念の主たる滅びの化身――オーガ族の怒りを体現したかのようだった。
その魔剣『オーガベイン』の波動にまばゆい光が吸い寄せられ、束になってその刀身を包む。
そして、一振り。
斬撃を放つ。
青白い光の軌道が閃く。
その一撃が見えたのはほんの一瞬。ライは時が止まったかのように動くことができないまま、胴部に一直線の斬撃を重く受けた。
「ぐっ……!?」
突然の衝撃にライは
攻撃を終えた大剣はすぐさま鞘に収まった。オーガベインは充分に力を蓄えた時にしか抜けないとはいえ、その力は絶大である。
胸部を押さえ体をふらつかせるライ。致命傷を一身に受けたが、その二本足はしかと戦地を踏み締めている。
「……アアアアアァァッ!!」
損傷した手で戦斧を握り、振り下ろした。
手負いとはいえライの力強さは衰えていない。なおも果敢に攻撃を仕掛けるライに、アルドもスパタで応戦した。
互いに小細工を弄しない剣戟。
力と力のぶつかり合い。
破損した利き腕を放棄しつつも、ライは反対の手で斧を振り回した。
アルドも無傷とはいかず、ところどころに斬撃を受ける。
それでも両者は一歩も退かず争った。互いに互いの剣筋から目を逸らさず、持てる全ての力で武器を振るう。言ってしまえばただそれだけの撃ち合いだった。
されどなりふり構わぬ両者は拮抗していた。
その末に辛くも撃ち合いを制したのは、アルドだった。
トドメの剣撃が胴部に向かって飛ぶ。
ライはそれを真正面から受け、膝をついた。
損傷を負い動かなくなったライのもとへ、アルドはおもむろに歩み寄った。
周囲の軍やハンターも勝戦を収めたらしく、辺りは以前よりは静かになっていた。じきにガンマ区画内では交戦の事後処理が行われるだろう。
「リッ……タ…………」
アルドはその名前を聞いて口元を引き結ぶと、1つだけ質問を投げ掛ける。
「……あんたは、何を庇っていた?」
ライが頭をもたげる。
撃ち合いの際、ライはしきりに胸部を守るような動作を見せていた。まるでその内にある何かを庇っているかのように。
ライは戦斧を置き、胸部に手を当てた。すると据え付けられた小さな収納の扉が開き、中から水晶に似た透明な球体が現れる。
これは『サウンド・オーブ』だ。任意の音声を録音するための媒体であり、その手軽さからエルジオンの人々にも多く普及している。
「これを……リッタに……」
ライはサウンド・オーブを握り、なけなしの力でアルドに差し出した。
自身に残された時間がわずかだと悟ってか、ライは多くを語ろうとしない。このオーブに残された録音を聴けば、おのずと全てが分かると言わんばかりである。
「分かった。必ず届けるよ」
アルドは今にも落ちそうな腕を両手で支え、オーブを受け取る。金属で造られたライの腕は恐れていたよりも軽く、温度と質感以外は人の手を握っているも同然だった。
「……ありが……とう…………」
そう言ったきり、ライは事切れた。頭部の赤いセンサの光は消え、崩折れた機体は沈黙したまま動かない。
「どうしたでござるか? 行くでござるよ、アルド殿」
後ろからサイラスに呼び掛けられた。振り返ると近くに他の仲間達もいる。彼らもアルドも当事者として、区画内の事後処理に追われることになるだろう。
「……ああ、そうだな」
ライも、他の合成人間も皆、同じ反逆者の成れの果てとして処分されるのだろうか。
アルドは仲間達に訝しまれるとも知らずに、ライの無念を噛み締めていた。
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