3-2

「どうしてそれを……」


 思わず口を滑らせたアルドに、すかさずリッタが反応した。


「無理なお願いをしたと申し訳なく思っていました。なので次にお会いしたら昨日の話は忘れるよう言うつもりで……ですが、本当にビットマグナムが見つかるなんて……」


 取り乱した様子でまくし立てる。手元の液体がビットマグナムであることは完全に信じているようだが、どうも様子がおかしい。アルドが呆然と見上げていると、いきなり顔を近付けてきて叫んだ。


「教えてください。どうやってそれを採りに行ったんですか? どうやって未来へ行ったんですか!?」


「ま、待て。落ち着いてくれ!」


 慌てて一喝されたことでリッタは動きを止めた。長い時間をかけて乱れた呼吸を整えていく。


 どうしよう、とアルドは思った。

 すぐにでも熱線銃を手に入れた経緯を知るつもりだったが、とても訊き出せる状態じゃない。リッタの精神はかなり不安定に陥っている。

 ひとまず日を改めてから話すか、と思いかけたその時。


「……ライさんという方が、この熱線銃をくれました」


 リッタがぽつぽつと打ち明け始めた。

 ライさん――初めて聞く名前だが、呼び方から親しみを込めている様子が窺える。


「魔獣が怖くて町から飛び出した私を、見ず知らずのライさんは助けてくださりました。それで自分が800年後の未来から来たと明かした上で、私に熱線銃をくれたんです」


 いつにも増して饒舌なリッタに驚きつつも、アルドは頷きながら話を聞く。

 町から逃げ出す前の自分のこと。初めて見た熱線の眩しさのこと。ライさんが自分の不甲斐なさを聞いてくれたこと。大事にしている言葉のこと。


「あの時ちゃんとお礼も言えなくて……それきりセレナ海岸を探しても、ライさんの姿は見なくなりましたが」


 詳らかに当時のことを話す途中で、リッタは物憂げに俯いた。


「最初はタイムスリップなんて信じられませんでした。ですがライさんは風変わりな姿でしたし、何よりこの銃の存在が確固たる証明です。……これが手元にある限り、ライさんとの出会いは嘘じゃなかったと思えるんです」


 語られた光景に立ち会ったのは自分1人だけで、町の人々の誰にも打ち明けてこなかった。だから銃が傍になければ全てが夢だったように思えてしまう。

 そう一息に言い終えたところで、リッタの体が震えていることに気付く。


「ただ……時おり思うんです。今の私の振る舞いは正しいのかなって。戦いも分からない私が武器なんか持って、むやみに差し出がましいことばかりして本当にいいのかなって……」


 消え入るように声が小さくなっていき、やがて黙り込んでしまった。俯いたままでも震えがその表情を雄弁に伝えている。

 彼女の意思が、揺れているのが分かる。


 不慣れで危険な武器とはいえ、熱線銃はリッタに立ち直るきっかけを与えたのだろう。しかし戦うこと自体は誰が強制したわけでもなく、率直には熱に浮かされての行動と言える。

 なのに背中を押そうとするのは筋違いかもしれない。それでも、何かできることはないか――

 考えた末にアルドは提案した。


「なあ、良かったらオレがライさんを探しに行こうか? もう未来に帰ったかもしれないし」


 リッタは顔を上げた。


 未来世界の人口の大部分はエルジオンに集中しており、情報の流通も現代より圧倒的に速い。もしライさんが未来にいるならば、探すことは不可能ではなさそうだ。


「いえ、そこまでして頂く必要は……」


 一度は食いついたリッタだったが、あまり乗り気ではないようだった。未来の利便性も教えたが反応は変わらない。


「けどずっと会えないままってのは寂しいだろ。言いたいことだってあるのに」


「い、いいんです! 今さら迷惑だって思われるだけですから! ライさんが向こうで元気にやっていれば、私はそれで……」


「よくないだろ」


 つい口出ししてしまった。


「不安に思うのは分かるよ。だからこそ自分の気持ちには正直になるべきじゃないか?」


「…………」


 このまま自分を疑い続ければ、信じて歩んできた道をも見失ってしまうだろう。

 リッタはアルドの主張に否定も肯定もできずにいた。


「オレもちょうど未来に用事があるんだ。そのついでみたいなものだし……何より困った時はお互い様だろ?」


 そう言うアルドの口調は、はにかむ様子もなくただ穏やかだった。


 アルドは突き詰めればお節介焼きかもしれない。しかし、リッタからすれば本人からその素振りは感じられなかった。

 友人とまではいかずとも、隣人として誰かを支える。この世の全てまでは救えなくても、手の届く人には出来る限りの手助けをする。アルドはずっと前からそれを当たり前にしてきたのだろう。


 ライさんの影が少しだけ重なる。

 彼のような優しい存在になりたいと、リッタは強く願った。


「……すみませんアルドさん、私が愚かでした」


「き、急に謝るなよ。……じゃあライさんの件は」


「はい、宜しくお願いします。何から何までありがとうございます」


 リッタが頭を下げると、アルドは思い出したように机上の小瓶を手に取った。


 結局ビットマグナムは渡すべきだろうか。

 アルドが考える前に、リッタの方からしばらく預かっていてほしいと頼んできた。不安でどうかしている自分が銃を持ったところで、何を仕出かすか分からないからだという。

 そこまで懸念しているわけではなかったが、アルドは承諾した。本人が少し距離を置きたいと言っているのだ、焦らせる必要はない。

 自分もリンデ付近を精一杯探すと言って、リッタは重ね重ね頭を下げた。


「では、宜しくお願い致します。……あの、最後に何か確認したいことは?」


「そういえば、ライさんの外見を訊いておかないとな。風変わりな姿なんだって?」


「は、はい。かなり目立つ姿をされてましたし、見つかればすぐに分かるかもしれません」


 リッタは引き出し収納から紙とペンを出し、謙遜しながらも丁寧なスケッチを描きつつ外見を伝えた。


「ライさんの特徴は――……」





 アルドは港町リンデを出て、月影の森を目指した。


 道中で王都ユニガンに立ち入ったので聞き込みをしたところ、先々週に付近でライさんと似た姿を見たという住民がいた。当時は見慣れぬ姿ゆえにちょっとした騒ぎになったが、以降は全く見ることがなかったという。役人は見間違いだったと判断し、今ではほとぼりの冷めたことらしい。

 次いでバルオキーでも聞き込みをしたが、これといった目撃情報はなかった。


 そうこうしているうちに森の深部に着いた。もちろん、途中でライさんらしき人物には会っていない。

 やはりいるとしたら未来だろうか。万が一すれ違っていたとしても、道行く人々には彼らしき姿を見たら言っておいた。だから当分は大丈夫だろう。


 アルドは時空の穴とエアポートを経て、再びエルジオンを訪れた。

 そこで、事件は起きた。





「ア、アルド! ねえ来て。大変なの!」


 エントランスを通過したアルドは、真っ先に女性の叫び声を耳にした。

 声の主はエルジオン観光局の職員である。いつもなら慇懃に案内を務める彼女だが、今はひどく慌てふためいている。


「どうしたんだ?」


 尋ねた後で気付いたが、辺りが何やら騒がしい。エルジオンのエントランスは居住区域であるシータ区画に直通するが、そこに人が多く集まっているようだった。

 女性が切羽詰まった様子で言った。


「は、早くガンマ区画に向かって。合成人間達が街に入ってきてるの!」


「なんだって……!?」


 緊迫した事態をすぐに察知した。

 廃道ルート99にも出没する合成人間は、時おりエルジオンにゲリラ戦を仕掛けてくることがある。その争いが今まさにガンマ区画で起きているという。


 もしかするとイシャール堂も被害を受けているかもしれない。

 アルドは仲間達の無事を願いつつ、ガンマ区画へ走った。



「インターセプターの生体認証セキュリティはどうした!?」


「強行突破された! 工業都市アジトから来た精鋭部隊か!」


「住民はシータ区画に避難を! 街内のハンターは直ちにガンマ区画にて迎撃せよ!」


 ガンマ区画に踏み入るなり、防衛局員達のけたたましい指令が聞こえてきた。

 剣撃や銃撃の音があちこちから響く。見渡すと合成兵士の軍勢が複数箇所に分散して、広範囲で交戦を繰り広げていた。区画移動用エレベータには逃げ惑う住民達が殺到し、周囲は混乱状態に陥っている。


 真っ先に目に留まったのは、ルート99の入り口前で争う勢力だ。そこではエイミを含む数名のハンターが、合成兵士の小隊に対峙していた。


「来てくれたか、アルド」


 場に居合わせていたザオルがこちらに気付いた。彼はイシャール堂を守るためガンマ区画に残るつもりらしい。

 戦況は優勢とはいえないようだった。エイミはアルドに気付くと険しい表情で振り向き、1体の合成兵士を顎で指す。


「アルド、そっちの1体をお願い! 助太刀には……あまり期待しないで」


 それだけ言うと他の敵に向き直り、咆哮をあげながら拳を振るっていく。

 他勢力での争いも激化する。どの軍人もハンターも各々の敵で手一杯だ。ザオル曰く、今頃サイラスとリィカも別の小隊と戦っている最中だという。


 アルドは躊躇いつつもスパタを構えた。

 その時、敵勢力内で衛生兵メディックモデルの合成人間が、相手の合成兵士に横から声をかけるのが聞こえた。


「ライ、増援が来た。手強そうだがどうする」


 アルドは息を呑んだ。

 ライと呼ばれた合成兵士は、敵を見据えたまま言葉を返す。


「問題ない。そいつは私が相手をする。お互い気を抜くな」


「御意」


 指示する声も従う声も、ただ機械のように冷徹だった。


 アルドは改めて敵対する相手を見る。ルート99でも気に病むほど何度も見てきた、量産型合成兵士の既成モデルだ。

 体長2メートルほどの巨体。銀の合金でかたどられた全身。一つ目のような赤い光を頭部に宿し、手には真っ赤な刃の戦斧を握っている。


 その姿は、リッタの言っていた特徴と全て一致していた。

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