終.今を駆ける閃光
エピローグ
「折り入ってお願いしたいのですが……800年後の世界の様子を、私に教えては頂けないでしょうか?」
魔獣族の部隊を追い払った翌日。アルドはリンデの宿屋にて、存外積極的な少女に手を焼いていた。
少しなら教えていいかと思いかけたが、熱線銃の一件で口を滑らせていたことを思い出してやめた。今いる大陸が捨て置かれていることを不用意に打ち明けては、さすがに町の人達の混乱を招きかねない。
アルドがやんわり断ると、リッタは少し残念そうに微笑んだ。
テーブルに並べられた朝食を綺麗に平らげ、席を立つ。受付で精算を済ませると、港から海を見に行くことをアルドに提案してきた。さざ波を聞きながら落ち着いて話がしたいと、窓から穏やかな陽の光を眺めながら。
「リッタはここでよく海を見るのか?」
海沿いの木陰にある石ベンチに腰掛けた2人は、涼しい風を受けながら取り止めのない会話をしていた。座ったままでも北方を見上げれば、視界じゅうに青空と水平線がどこまでもどこまでも広がっている。
「はい。ですから、視力には少し自信があります」
「それはいいじゃないか。銃を撃つ時にも役立つだろ」
「い、いえ……ご友人の方に比べたら、私はまだまだですから……」
昨夜の酒場で、銃の照準がブレる癖を克服したいと言うリッタに、アルドはバルオキー村で警護を務めている友人を紹介した。彼は弓の名手であり、遠距離から狙いを定める戦術に長けている。
実はエルジオンへ行く道中にアルドは彼に会っており、リッタのことを話していた。
その友人はぎこちないながらも勇敢な少女に興味を持っていた。自分の手が空いたら実際に会って、狙撃の腕をこの目で見てみたいとも。
彼は自然との共存を重んじ、魔獣族と和解する道も常々考えているという。
同じ志を持つ2人なら反りが合うかもしれない。リッタはその友人に会える時を心待ちにしている。
少女を支えてくれる存在はもう、ライさんだけではなくなっていた。
「アルドさん、800年後のことですけれど……」
リッタは言いにくそうに間を置いてから口を切った。アルドは800年後と聞いて、宿屋で断った頼み事を思い出す。
「まだ諦めきれないか?」
「いえ……何となくですが分かってます。きっと、大変な状況になってるんですよね」
リッタが俯いた。ライの苦悩と言葉の重みからおおよその察しは付いていたらしい。
アルドはいっそう口を堅く結んだ。他の町民はともかくリッタが未来の全容を知れば、高すぎる責任感を発揮されるのではと危惧したからだ。
「今の港町だって大変だろ? リッタが無理することはないんだぞ」
「はい……そもそも私が未来に関わろうとしても、手も足も出せない気がします」
リッタは苦笑いを返した。
知るもの全てを助けようにも、この世界はあまりに広大すぎる。さらに時を超えようものなら広さは何倍にも跳ね上がるだろう。その事実は遣る瀬無さとともに、果てしない好奇心を連れてくる。
彼女はこうも思う。遠く手の届かない未知の場所では、名前も知らない誰かが懸命に歴史を紡いでいる。そして港町リンデで生きる自分達もまた、未知の場所の住人にとっての知らない誰かなのだと。
「……ですから私は、私の時代でできることを精一杯やります。私達が800年前でやってきたことは、きっと未来にも届くはずですから」
ライさんが未来にいたことと同じくらいに、自分が現代に生まれたことにも意味がある。それがリッタ自身の考えだった。
アルドは迷いのない
リッタは港町の入り口前まで同行した後、笑みながら手のひらを振る。
「またいつでも来てください。どうかお気を付けて」
「ああ。町のみんなにも宜しく伝えてくれ」
アルドは名残惜しくも背中を向け、後ろ手に手を振り返した。
エルジオンが抱える世界の危機を除くために。
魔獣族からフィーネを解放し、世界征服の野望を止めるために。
アルドは港町を去り、次の旅路へ歩いていった。
了
今を駆ける閃光 –港町リンデと未来の銃– 憂杞 @MgAiYK
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