4-2

 家から飛び出す数分ほど前、リッタはアルドに叩きつけられたメモを見ていた。そこにはビットマグナムの装填方法とともに、熱線銃の構造が詳らかに描かれてあった。

 繊細なタッチで描かれた熱線銃のスケッチの周りに、細かな字で各部位の解説が記されている。それらの情報の大半が、使い手であるリッタの知らない内容であった。つぶさに配慮がなされた機能に関する記述からは、銃の造り手が込めた並々ならぬこだわりが感じられる。


 手順通りにビットマグナムを装填しながら、リッタは800年後の技術の格別さを噛み締めた。

 未来の技術進歩がなければ、眩しい熱を放つ軽量の銃など生まれなかっただろう。それに未来で合成人間が造られなければ、自分はライに出会うことさえできなかった。


 努力は無駄なんかじゃない。多くの者達と歴史が新たな出会いの数々を連れて、世界をほんの少しずつ明るく照らしてくれた。

 未来には無数の可能性が秘められている。望みを見失わない限り、世界はどこへまでも向かっていける。手の届かない場所にも届くようになっていく。


 自分も、その一助になりたい。

 最後に全てが無駄になるとしても、できる限りを尽くしてみたい。未来に起こり得る希望に賭けてみたいのは、リッタも同じことだった。


 アルドやアオ達が奮闘する声は、遠くから聞こえていた。

 リッタは扉を開け放つ。振り切れない不安を抱えたまま、ただ足を前へ動かした。湧き上がる衝動だけが少女を進ませ、再び戦地へ導いた。





 銃口を正面へ向けたまま、魔獣達との距離を一歩ずつ詰めていくリッタ。危険を訴えるアルドの視線に頷きながらも、その足を進めていく。やがて敵部隊の全員を視界に収めると気丈に告げる。


「もう止めにしましょう。私は、できればあなた達と戦いたくありません」


 魔獣戦士は歯噛みしつつ、地面に穿たれた孔とリッタを交互に見た。熱線を恐れる様子がありありと見て取れたが、それでも怒りを露わにリッタへ言い放つ。


「人間め……分からないか? その優れた技術こそ我々の敵なのだ」


「その通り。差し詰めその銃は自分で生み出した物ではないだろう? 人間は前代の功績に自惚れてばかりの愚か者よ」


 横から魔獣女戦士が鼻を鳴らす。横暴な言い分にアルドは逆上した。


「お前達!」


「いえ、仰る通りです。この力はもともと私の物ではありません。ただ……」


 リッタは庇うようにアルドの前に立っていた。呼吸を整えてから続ける。


「ただ、人の力も魔獣の力も……争い合うために有るわけじゃないと思うんです。今の私はあなた達を止めることしかできませんが……本当は魔獣の皆さんのこともよく知って、一緒に世界をもっと明るくしていきたいんです」


 純粋な願望だった。どうすれば良くできるかといった具体的なことは、狭い世界で生きてきたリッタには分からぬことだらけだったが――


 町の人達の中に反対する者は一人もいなかった。

 本当の意味で争いを望む人など、誰もいないのだ。


「人と肩を並べるだと? 願い下げだ」


 魔獣達が各々に武器を構える。リッタは身震いを抑えつつ、引き金に指をかけた。


「港町を奪わせるわけにはいきません。ここで暮らす人達のためにも、魔獣の皆さんのためにも」


「ワケの分からぬことを……」


「当たれ!」


 引き金を引く。

 眩しい熱線が、魔獣戦士の脇をすり抜けて飛翔した。


 地響きがするほどの、衝撃。


 轟音はセレナ海岸から響いた。魔獣騎士が振り向き、驚愕する。

 目の前の敵から狙いを外した射撃は、海岸に並んでいた大岩を捉えて粉砕していた。

 その周囲に何者もいなかったとはいえ、突然の衝撃に斥候らしき魔獣達がパニックを起こし、思い思いに声を上げている。


「見ろ、ユニガンの兵が来るぞ!」


 西の方角を見ていた町民の1人が叫んだ。斥候は先ほどの混乱により陣形を崩したらしく、衛兵達の攻め入る隙が生まれていた。町の人達から喜びの声が上がる。

 リッタの緊張が少しだけ緩んだ時、その首元へ魔獣女戦士の手が伸びた。


「この小娘ッ!」


 喉を絞め、片腕で担ぎ上げる。リッタは片手で爪を立てて必死に抗っていた。


「やめろ!」


 アルドが慌てて駆けつけ、がら空きになった脇腹を斬りつけた。女戦士は地面に倒れ込み、解放されたリッタは苦しげに咳き込みつつ着地する。


「大丈夫か?」


「だ、大丈夫です……」


 心配そうに問うアルドに視線を返し、リッタは片膝をつきながら立ち上がった。銃を握る手から感じる汗のぬめりを、気味悪く思いながらも残りの魔獣達を見据える。


「アルドさん、一緒に魔獣達を止めましょう。……ここで逃げたくないんです」


「分かった。リッタは後ろから援護してくれ! 町の人達を守るんだ!」


 アルドは正面にスパタを構え、魔獣戦士に接近した。

 隙なく繰り出された槍の迎撃を鍔で防ぐ。横から割り込もうとする騎士の斧槍は、直前に割り入った熱線と砕けた地面によって阻止された。

 槍撃を力任せに押しのけたアルドは、そのまま刃を振り下ろし戦士を斬り伏せた。


 その横から魔獣闘士の拳が迫る。アルドはすぐさま後方へ避けた。

 両者の至近距離に、衝撃。闘士の真横の地面が熱線に砕かれた。大きな足が瓦礫を鬱陶しげに払う。


「なんだ、あの娘は? 攻撃を外してばかりではないか」


 魔獣騎士が違和感に気付いた。実のところ彼の呟きは核心を突いており、熱線銃の照準はいずれも魔獣自身を撃つ直前にその脇へブレている。

 それを聞いて魔獣闘士が苛立った口振りで言った。


「はぁ、分かったぜ。あいつはきっと敵を直接撃てねぇだけの愚図だ。だから小細工でやり過ごそうって腹か」


「なるほど、小賢しい……娘から先に仕留めろ!」


 騎士の号令に従い、闘士がリッタの方へ突進してきた。積み上がった瓦礫を足で軽々と蹴飛ばし、ドシドシと大きな足音を立てて向かってくる。

 リッタは肝を冷やしつつ熱線を放ったが、やはり真横の地面に着弾する。射撃を当てられない弱点を踏まえているがゆえに、闘士の動きは一直線で反撃に怯む様子もない。しかし真反対へ逃げればその先には民家が立ち並んでいる。


「皆さん、私から離れてください!」


 リッタは悲鳴に近い声で叫ぶと、一か八か真正面へ全速力で走った。


 自分から突っ込んでくる彼女に意表を突かれ、動転しながらも闘士が拳を振るう。リッタは身を低くしてそれを躱しつつ、闘士と建物の間を突っ切って港町の外を目指した。町の人達を争いに巻き込まないよう、セレナ海岸へ場所を移ることにしたのだ。


「リッタ!」


 背後から名前を呼ばれた。振り返る余裕はなかったが、青年の声だと分かる。なおも魔獣達に青筋を立てる飼い猫を抱き留めながら、青年は声を張り上げた。


「先日助けてくれた時は、冷たい言い方して悪かった! あの時の俺はリッタの強さを全然分かってなかった! 俺もリッタみたいに強くなるから! 俺もこの町を守っていくために、できることをするから!」


 闘士の踏み荒らす音にも、剣と斧槍が競り合う音にも負けない声量で、叫びがリッタの背中を押した。


 それだけで充分だった。

 リッタは胸の奥が熱くなっていくのを感じながら、海岸の奥へ一目散に走っていく。


 程なくして騎士を倒したアルドが合流し、スパタの一撃で闘士を引きつけた。

 港町から離れた岩場で応戦していると、海岸の守りを放棄した斥候がこちらへなだれ込んできた。疲弊していた2人は少人数相手とはいえ身構えたが――同時に後ろからユニガンの援軍が追い付く。


「ここまでだ、魔獣ども。お前達の身柄は王都へ引き渡す」


 闘士と斥候らは最後まで抵抗したが、アルド達はなんとか全員を鎮めることができた。

 戦闘態勢の解けた魔獣達が、空色の肌を持つ人の姿で項垂うなだれる。倒した本隊が他にいることをアルドが伝えると、一部の衛兵が急いで港町へ向かっていった。



 残りの衛兵がユニガンへ踵を返すと、リッタは糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。

 肩を貸そうと屈むアルドに、「銃の軽さに助けられました」と苦笑を浮かべるリッタ。今日ほど激しい運動をしたのは幼い頃以来だという。

 アルドはリッタを岩陰へ連れて、お弁当として忍ばせていたリンデの魚介を2人でつまんだ。大好きな故郷の味に思わず顔が綻ぶ。やがて疲労も回復し、リッタは自力で歩けるようになった。


 衛兵達とすれ違いつつ港町リンデに戻ると、大勢の人達が入り口前で2人を待っていた。


「兄ちゃん、それにリッタ、本当にありがとう! よくこの町を守ってくれた!」


「2人とも、よくやったね! 今晩はご馳走するよ!」


「リッタ! 本当によかった。本当に……」


 町じゅうから祝福の声が上がる。

 リッタは戸惑いと気恥ずかしさで赤面しつつ、喜びに胸を高鳴らせた。こんなに褒められたのも感謝されたのも初めてだ。しかし何よりも、以前より明るく活気づいた港町を見られた気がして、嬉しかった。


 熱線銃を手にしてから、つらいことは幾らでもあった。自分の行いの正しさを何度も疑ってきた。絶望したライさんの声を聴いた時は、自分も間違ったことをしてきたのかと本気で考えた。

 それでもライさんに出会えたことを誇りに思う。もしライさんと会わずに逃げていれば、きっと今の自分は死んだままだった。彼を始めとした新たな出会いは、自分自身の弱さに向き合うチャンスをくれたのだ。

 憧れる存在がいるからこそ、弱さを抱えてでも前へ進みたいと思えた。そして今度は自分が、誰かにとっての道標みちしるべのような存在になってみたいと初めて思った。

 今、そんなささやかな希望に、自分は一歩近付くことができたのだろう。


 町じゅうが喜びに沸き立っている。

 この歓声をライさんにも聞かせたかった。

 この町の人々の未来は、ライさんが救ってくれたも同然なのだから。

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