2-2

「なに? お前の時代に熱線銃が!? しかも町娘が持ってるって?」


 事のあらましを伝えるなりザオルは声を荒らげた。かつての自分の製品が800年の時を遡っていること、性能を知らずにそれを手にした者がいること。それらのどの出来事も衝撃そのものだった。


 しかし何より聞き捨てならないことがある。その銃を戦いに不慣れな少女が持ち、1人で数々の戦いに身を投じていることだ。


「それでアルドは、また嬢ちゃんが銃を撃てるようにビットマグナムを?」


 問い掛けるザオルの表情は険しい。

 彼は民間人にたやすく武器を売ったりはしない。無謀な真似をされて倒れられては鍛冶屋の名折れだからだ。目の前の若者がその心得に反しようものなら、怒鳴ってでも止めさせるつもりでいた。


 アルドもザオルの考えには賛成している。

 しかし、リッタのことは無理にでも止めるべきなのか、疑問に思う気持ちもあった。

 セレナ海岸での戦いで役に立てず、ひどく落ち込んでいたリッタの姿を思い出す。


「確かにそそっかしくはあったけど、全く戦えない人とまでは思わなかった。味方に気を配った立ち回りもしていたし」


「けど銃を手に入れたのはつい最近だろ? これから絶対に油断しないという保証はねえぞ」


 反論する声の真剣さに息を呑む。

 ザオルが心配に思う気持ちはよく分かる。――否、きっと心配なのはザオルだけでなく、港町リンデの人々も同じなのだろう。

 彼らはみな彼女の行いを知っていると聞いた。危険がないように目を光らせておくとも。


 だからこそリッタは、本質的にはひとりで頑張っているのではないように、アルドには思えた。


「……オレだって危ない目に遭わせたいわけじゃない。けどリッタは町の人達のことを何より大事に思ってる。その気持ちを否定したくはないんだ」


 嘘偽りのない主張で応える。


 事実、今のリンデは平和とは言えない。

 外で魔物に襲われることはもちろんだが、最近では魔獣族が奇襲を仕掛けてくることも少なくないのだ。交易の拠点となり得る港町は、世界征服を目指す魔獣族にとって重要な標的なのである。


 いざという時は誰かがたてくしかない。その誰かにリッタが名乗り出たならば、その意思を尊重したいと思った。


「銃を譲ったという人についてはまだ分からない。だから、もう一度リッタから事情を聞き出してみる。ビットマグナムを渡すかはその後で考えるよ」


 彼女の思いが本物か確かめるために、こちらも依頼を果たすことで筋を通したい。


 互いの淀みない目と目が合う。

 やがて軽はずみな申し出でないことを悟ったザオルは、参ったと言わんばかりに頷いた。


「分かった。なら俺がこう言うのもなんだが、嬢ちゃんのことはお前に任せる。同じ時代の人間として支えてやってくれ」


 ザオルは持ち前の大らかさでアルドを信じた。


 無言のまま片手を差し出す。アルドが借りていた銃のレプリカを返すと、ザオルはそっと視線を落として呟く。


「俺から熱線銃を買ったハンターは、遠征に行ったきり行方ゆくえが知れてねえんだ。そいつの二の舞にならないようにな」


「……ああ、任せてくれ」


 ぜんとして答えると、一児の父を思わせる屈託ない笑みが返ってきた。いつも通りのザオルの顔が見られて、思わずアルドの表情も綻ぶ。


「さっきも言ったが、うちで熱線銃はもう造ってねえ。だからビットマグナムも切らしてる。欲しいなら自分で採りに行け」


 ザオルは店の出入り口に向かい、右方向を指差した。

 次の目的地はイシャール堂から出て右のゲートをくぐった先にある。


「廃道ルート99に行きな。ビットマグナムはそこにいる特殊なサーチビットから採れるぜ」





 暗澹たる曇り空に迎えられ、アルドはルート99に踏み入った。

 エアポートよろしく直線状に枝分かれした鈍色にびいろの道路。ところどころひび割れが目立つことから整備の行き届いていないさまがうかがえる。長く長く入り組んだ道の先では、廃墟化した巨大な工業都市が寂しそうに佇んでいた。


 安穏でない場の空気にいましめられ、アルドは立ち止まって前方を見渡す。正面の道から逸れた数箇所のエリアで、体長2メートルほどの人型の影が徘徊している。全身を銀色の合金で造られた半有機生命体――合成人間の警備兵だ。

 遠くからでも威圧感がひしと伝わってくる。彼らと鉢合わせれば苦戦を強いられることは明白だろう。


 アルドは合成人間達の目を掻いくぐり、ザオルの言う特殊なサーチビットを探しに行く。


 普通のサーチビットは空中を見回せばあちこちに散見される。自律飛行をし、装着された機銃で侵入者を撃つ小型ロボットだが、アルドの腕ならば討伐はたやすい。

 しかし目当てとしている特殊個体は強力なうえ、従来とは別個体でありながら外観はそっくりだという。調達する燃料は1体分で足りるとはいえ、おびただしい数から本命を引き当てるのには苦労する。


 手当たり次第に探すしかないか――そう思った矢先のことだ。

 空から一筋の熱が降ったのは。


「ッ!?」


 音はしなかった。

 気付いた時にはアルドの頬を熱線が掠め、後方の道路脇を砕く音が遅れて響く。


 引っ張られたように上を見る。そこには1体のサーチビットが戦意をあらわに浮遊していた。両サイドに細い機銃を携え、中央の真っ赤なセンサが目玉のように睨んでくる。


 やはり見かけこそ同じだが、先ほどの銃撃は本来のそれとは大きく違っていた。

 ビットマグナムを動力とするサーチビットは寿命が永く、機銃からは鉛弾よりはるかに鋭い熱線を光の速さで射ち出す。

 その軌道がさながら閃光フラッシュに見えることから、エルジオンではかの特殊個体を以下のように呼ぶという。


「こいつがフラッシュ・サーチビット……!」


 アルドはスパタを構え、目の前の標的に対峙した。

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