二.フラッシュ・サーチビット

2-1

 エルジオン・エアポートと呼ばれる道路の末端に青白い光が現れ、奥から放り出されたアルドが着地した。

 直線状に造られた白銅色の道路は、青空を漂う白雲と同じ高さに浮いている。壁一つない開放的な視野から西を向くと、ドーム状に白い外壁で覆われた曙光都市エルジオンが遠くに見えた。その広大な土地もまた空に浮いており、中心部から一直線に伸びる軌道エレベータの先は宇宙空間にまで及んでいる。


 AD1100年。

 アルドが転移してきたこの時代は、エルジオンが建設されて100年が経った頃である。

 自然資源の枯渇による深刻な環境汚染を受け、人類が大地を捨てて天空へ移住した後の時代だ。


 移住の際には居住地でのエネルギー問題が大きな課題となったが、祖先らは人為的にエネルギーを増幅させる科学技術によってそれを克服したという。

 諦めぬ限り世界は続いていくと、技術研究の第一人者である科学者は言った。800年前にバルオキーやリンデがあった地上は今や不毛の地と化しているが、中には再び緑の大地を取り戻そうと動く研究者もいる。


「いつ見てもすごい場所だな……」


 独りごちるアルドの背後で、青白い光が役目を終えたかのように霧散した。

 この光は時空の穴と呼ばれる通り穴であり、入ったものは時を超えて移動できる。月影の森やエアポートに限らず世界の至る所に出現するが、いつどこに出現しどの時代に行くかは基本的に予測できないという。


 目的地であるイシャール堂はガンマ区画と呼ばれる、エルジオンの商業区域にある武器屋だ。

 アルドは道路の突き当たりまで歩いた。その脇には箱の形をした鉄製の乗り物が停留している。


『往復移動用のカーゴシップです。目標ポイントに移動します。』


 機械音声を発するそれにアルドは乗り込む。脚部のジェットエンジンが稼働し、カーゴシップは都市に続く道へ飛行していった。





「おう、アルドじゃねえか。よく来たな!」


 イシャール堂に入ったアルドを迎えたのは、筋骨隆々とした肉体を持つ中年の男だった。紺色のタンクトップと黒いジーンズという、ワイルドな出で立ちをした彼こそが店主のザオルである。

 シンプルな店内にホログラムで映された有りと有らゆる武具は、全てザオルによって開発された新製品だ。


「親父さん。エイミは一緒じゃないのか?」


「ああ、外で鍛錬してる。ハンターとしても冒険者としても腕を磨きたいってな」


 ザオルが壁上部のモニターを見上げる。そこには奇抜な拳甲と宣伝文句の横で、赤いジャケットを羽織った女性がポーズを取る姿が映っていた。


 エイミはイシャール堂の看板娘でありザオルの一人娘である。そして、紆余曲折を経てアルドの旅に同行するようになった仲間の1人だ。

 今は一旦エルジオンに帰っていると聞いていたが、父子ともに相変わらずのようでアルドは安心した。


「それより、うちの店に何か用か?」


 挨拶あいさつもそこそこに本題を切り出す。

 ザオルは今いる時代はもちろん、AD300年の中世期の武具にも詳しい。相談を持ち掛けるにはうってつけの相手だろう。


 アルドが必要としている素材名を言う。するとザオルはしばらく難しい表情を浮かべてから、ああ、と思い出したように声を上げた。


「もしかして熱線銃ブラスター・ガンの燃料に使うビットマグナムのことか?」


「やっぱり、知ってるんだな」


「知ってるもなにも、何年も前にうちで造った製品だぜ。なんつー懐かしいものを……」


 ザオルが感慨深そうにうなる。

 やはりリッタが持っていたのは未来の銃だったのか。予想していたことではあったが、アルドは驚いた。


「なあ親父さん、先にその熱線銃について教えてもらっていいか?」


 食い気味にアルドが尋ねる。ザオルは少し考えてから「ちょっと待ってな」と断りを入れ、店の保管庫へ移動した。


 しばらく待っていると、ザオルが試作品プロトタイプのレプリカを持って戻ってきた。武骨な手から少しはみ出るサイズの白銀色の銃。リッタが持っていた物とそっくりそのままの形である。


「こいつは遠出するっていうハンターに頼まれて特別に造った銃だ。なんでも強力かつ、長期遠征に向いた武器が欲しいって言ってな」


「長期遠征?」


 アルドが首を傾げると、ザオルはレプリカを差し出して「持ってみろ」と促す。あくまで模型なので銃としての機能はないが、重さや質感は現物を再現しているという。


「え、軽っ……」


 グリップを握るや否や、あまりの軽さに声を漏らす。まるで木の葉をつかみ上げたかのようだった。


「超軽量の特殊合金を使ってるんだ。使い手の体力の消耗を軽くするためにな。なおかつ耐久性もバツグンだ」


「へ、へぇ。さすが未来の技術だな」


「さらにこの銃の実弾には、自己増幅能力リジェネレートを持つ専用の液体燃料を使う。こいつが一定量残っていれば勝手に再装填リロードしてくれるというスグレモノでな」


「それが、ビットマグナムのことか?」


「ああ」

 ザオルは頷くと、レプリカを回して見せながら説明した。


 ビットマグナムは特殊合金の成分に反応し、徐々にその体積を増やしていく性質を持つという。増えた分の燃料は専用の薬室チャンバーに溜まっていき、そのまま高威力の熱線として射出できる。もちろん、過剰な体積増加を抑える装置も銃本体に内蔵されている。


 アルドに難しい話は分からないが、要するに熱線銃は使い方さえ守れば半永久的に使えるということだ。

 それなのにリッタは燃料を枯らしてしまった。


(あれ? だとしたらおかしいぞ……)


 港町リンデでの会話を思い返す。

 リッタだけが無知だったならば仕方がない。しかし彼女に銃を譲った者は、撃てなくなったらビットマグナムを装填するよう助言したという。

 つまり、彼もまた自己増幅能力リジェネレートについては知らなかったことになる。

 開発者であるザオルが、依頼主への説明をおこたるとは思えない。要望にあった長期戦対策の一環ならば尚更なおさらだというのに。


 何やらきな臭くなってきた。

 ザオルでもハンターでもないならば、いったい誰がどこで熱線銃を手に入れ、現代にいるリッタに渡したのか――


「さて、俺からは話したんだ。お次はそっちの事情を聞かせてもらうぜ」


「えっ?」


 先ほどより低い声に不意を突かれ、アルドはった。気付くと目の前にはザオルの呆れたような顔が迫っている。


「そりゃ何かあるって思うだろ、もう造らなくなった銃の話なんかされたら。どこで知った? なんでビットマグナムが必要なんだ?」


 矢継ぎ早に質問が繰り出される。ビットマグナムの名前を出されてから抱いていた疑問が、ここで爆発したようだ。

 アルドがとっさに誤魔化すための言い訳を考えていると、それを見抜いたのかザオルは表情を緩めて言う。


「おおよそまた面倒事を引き受けたってところだろ? 聞かせてみろ。何か他にもできるかもしれねえから」


 アルドははたと冷静になった。

 リッタに悪いのではと一瞬迷うが、確かに彼には打ち明けた方がいいかもしれない。考えてみれば今回の件は、熱線銃の造り手からしても一大事だろう。


「……実は、」


 アルドは現代であった出来事をつまんで話した。

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