1-3

 食事を終えてなおも頭を下げるリッタに、アルドも宿賃を奢ってくれたことに対してお礼を言う。

 先にリッタが宿屋から出ようとする。見送ろうとすると、入り口前で名残惜しそうに振り向いて言った。


「では宜しくお願いします。……あの、それからもう1つだけお願いが」


「どうした?」


「……いえ、何でもありません。今日は本当にありがとうございます。ご馳走様でした」


 リッタは恭しくお辞儀をして去っていく。何かを言い淀む様子が気になったが、アルドはその後を追ったりはしなかった。


「よぉ兄ちゃん、リッタのこと気にかけてんのか。大変だろう? あいつの面倒みるの」


 不意に、宿屋の受付を務めるおやじさんが声を掛けてきた。どうやら近くのカウンターで先ほどの会話を聞かれていたらしい。


「びっとまぐなむ……だったか。以前にリンデの鍛冶屋でも同じことを尋ねていたな。町中のみんながあの銃を怪しんでるぜ。出どころを聞いても口を閉ざす一方だし」


 カウンターに肘をついたおやじさんが滔々とぼやく。

 聞いたところ、リッタの危うさは町の誰もが知っているらしい。華奢だった彼女がどこからか例の銃を持ち帰ってきたのはつい先々週のことで、以後リンデやセレナ海岸で魔物の被害が出ては1人で駆けつけているのだという。

 しかし凄まじい威力の熱を放つ銃を上手くコントロールできないようで、助けられた人々はたびたび二次災害に悩むことになる。この宿屋も何度か被弾しそうになったもんだと、おやじさんが重いため息を漏らした。


「銃だけならともかく、今の本人がああだからな……。あいつ、困っている人は放っておけないとか言って、いくら遠慮したって何でもかんでも助けようとするんだ。オレも荷物の持ち運びを手伝うって言われて甘えたことがあったが、ろくに力がないのに無理な運び方されて、結局ワレモノを割られたりして余計忙しくなっちまった。けど、やらかした時はいつも真っ青になって謝るから怒るに怒れねぇし……」


 声色からもその気苦労がうかがえる。掛ける言葉が見つからずアルドが表情を曇らせると、おやじさんはばつが悪そうに謝った。


「ワリぃな、今から行くって時に不安なこと聞かせちまった。気にすんなよ。リッタのことはオレらも危険がないように見ておくから」


 次いで「お代は頂いたからな!」と快活に言い、何食わぬ顔で仕事に戻る。


「放っておけない、か……」


 程なくしてアルドはお礼を言うと、宿屋を後にして目的の地へ向かった。





 月影の森。

 西方にあるバルオキー村のさらに北西に位置するその森は、昼夜を問わず薄暗闇の空に覆われており、月の光にのみ鬱蒼と茂る木々の影が映し出される。


 アルドは森の奥に続く獣道を歩く。多様な草花が淡い光を受け、灯火のように道沿いを照らしている。

 ふと、傍らの樹木にキノコウメが自生しているのを見つけた。幼い頃に3つ下の妹が、この辺りで親友のアルテナと仲良く話していたことを思い出す。


「フィーネ……」


 ここにはいない妹の名前を呟く。


 バルオキーの村長に拾われたアルドとフィーネは、養子として16年の歳月を共に過ごしてきた。しかし突如として現れた魔獣王の襲撃に遭い、フィーネは遠く離れた魔獣族の根城へ連れ去られてしまった。

 魔獣王曰く、彼女の内には世界を変えうるほどの強大な力が眠っているという。

 自然のエネルギーを取り込んだ異常進化の末に生まれた魔獣族だが、栄えた文明をもつ人間達からは見下され、除け者のような扱いを受け続けている。長きにわたっていわれなき差別に憎悪を募らせてきた魔獣王は、フィーネの秘められし力を利用することで、人間に代わって世界の支配者になることを目論んでいた。


 捕らわれた妹のことを今でも心配に思う。しかし相手の立場からすれば、彼女の身に危害が加えられることは考えにくい。

 アルドは前を見据えた。今は他にもやるべきことがある。困っている人を放っておけないのは、アルド達も同じことだった。


「……さて、」


 改めてリッタからの頼みを振り返る。熱線銃を再び使えるようにするため、『びっとまぐなむ』と呼ばれる素材を探してほしいとのことだった。

 本人は修理するためにと言っていたが、話を聞くにその素材は本体に装填して射出する、いわゆる弾の役割を果たすのではないかと予想できる。


 熱線銃の入手元や構造は今も謎のままだ。

 ただ、素材名にあるビットびっとという横文字にだけは聞き覚えがあった。バルオキーやユニガンの周辺ではなく、もっと別の場所で――否、でよく聞いた言葉である。


「やっぱりアテがあるとしたら、あそこだよな」


 アルドは森の深部に着いた。

 水面に満月を映す池の前を通り過ぎる。するとその先に、眩しく青白い光が見えた。

 近付いて眺めると、それは見上げるほどに大きな光の渦だ。かつて魔獣王の配下に戦いを挑み、報復にけしかけられたキマイラに追い詰められていたアルドを救い、新たな冒険の舞台へ導いたものである。


 アルドは渦に一歩ずつ近付いていく。奥には月影の森ではないどこかの風景が、おぼろげな絵画のように広がっている。


「こういう時は……ザオルの親父さんに聞いてみるか!」


 小さなお遣いに行くかのような気軽さで、アルドは渦巻く光の向こう側へ吸い込まれていった。

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