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 港町リンデ。

 世界の大部分を占める大陸上に属し、北東の海沿いに位置するのどかな町。その地の利から広い視野で大海原を望むことができ、船を使った漁業や離島との交易を行うことを特徴としている。


 リンデ西部に隣接するセレナ海岸は、大陸の中心に位置する王都ユニガンに連絡する。さらに西側のカレク湿原を越えた先には、アルドが育った場所である緑の村バルオキーがある。

 しかし――各集落の外は多種多様な魔物の住み処でもあり、そのほとんどが人を襲う。ゆえに、戦う術を持たない者がみだりに出歩くことは危険とされている。

 

 青年及びアオと別れたアルドは、海岸付近にあるリンデの宿屋を訪れていた。

 豊富な海鮮を添えた麺料理『漁師のリスベル』が2皿置かれた机を隔てて、向かいには銃を扱っていた少女が座ったまま縮こまっている。


「本当にすみませんでした。助けるつもりが足を引っ張ってしまって……」


 リッタと名乗った彼女が深々と頭を下げる。

 先ほどから宿賃を奢りたいと半ば強引にせがまれていることもあって、アルドはどうしたものかとたじろいでいた。


 セレナ海岸での戦闘を振り返ってみる。

 確かに最終的に6体とも自分が仕留めたあたり、リッタは宣言通りの役目を果たせていなかったのだろう。しかし実際のところ、場を撹乱しヤクシャ達の注意を分散させただけでも、アルドからすれば充分に助けられたと言える。何より危険を顧みず自ら戦線に立つことは、武器を持っているとはいえ並の度胸でできることではない。


 ただ、攻撃を受けた時の狼狽うろたえようなどを見るに、彼女はおそらく戦いにあまり慣れていない。これまでの旅路で多くの危機を味わってきた一冒険者としては、言葉の選び方に慎重にならざるを得なかった。


「……そう気にするなよ。それより、肩の傷は平気なのか?」


 アルドは考えた末に、リッタの肩に視線を落として尋ねた。少しの砂汚れがついた衣服の下にはテープが巻かれている。ヤクシャに石斧で殴られていた箇所だ。


「平気です。軽傷で済みましたので。腕を動かすことにも支障はありません」


「そうか。でもしばらく無理は禁物だな」


「いえ、大丈夫です。こんなこともあろうかと、傷薬を多めに持っていますので!」


「こんなこともあろうかと、って……」


 つまり今までにも似たような危険を冒してきたのだろうか。

 呆気にとられるアルドに対し、リッタは苦笑いを返し、そっと前のめりになった。


「それはそうと、アルドさん。宿賃の代わりにと言ってはなんですが……1つお願いできないでしょうか」


「ん、なんだ?」


 突然の新たな依頼を聞きつけ、アルドも身を乗り出す。改めてリッタが頭を下げた。


「あなたを冒険者とお見受けしてのお願いです。私の熱線銃ブラスター・ガンを直すための素材を、探してきてくれませんか?」


「……熱線銃? 直すだって?」


「はい。先ほど海岸で使った時に、撃てなくなってしまって……」


 言われたことを反復しつつ、もう一度ヤクシャと戦った時のリッタを思い出す。

 襲われて反撃しようと手に持った武器を掲げていたが、何やら攻撃ができないようで慌てている様子だった。あの時点で熱線銃とやらは壊れていたということだろうか。

 ひとまず必要な情報を聞き出してみる。


「直すための素材って、何があればいいんだ?」


 するとリッタは口に手を当てて考える仕草を見せてから、首を横に振った。


「すみません、それが……私にも分からないんです。少なくともリンデ周辺で採れる物ではないということしか……」


 妙にぎこちない返答を受け、アルドは腕を組んで思案する。

 大事そうに抱えられた銃を改めて見ると、それは依然として照明の光を反射し、銅製とも鉄製とも言えない白銀の光沢を放っている。そして奇妙なことに弾倉らしき部分はどこにも見当たらず、他の至る箇所には何やら小型装置が幾つも埋め込まれている。


 やはり、この外観だけでも違和感を覚えた。

 アルドは頼みを受ける上でも必要な情報だと考え、かねてより気になっていた疑問を口にする。


「じゃあ、その熱線銃自体はどこで手に入れたんだ?」


「えっ」


「そんな真新しい感じの銃、王都ユニガンでも見たことないぞ」


 リッタの顔色が明らかに変わった。

 質問に対して素っ頓狂な声を上げた後、しばらくアルドの顔をまじまじと見つめてから、俯いて答える。

「それは……言えません」


「なんで言えないんだ?」


「い、言っちゃダメなんです。秘密だって言われてますから……」


「言われてるってことは、その人から譲り受けたってところか?」


「あ――」


 リッタは口を開けたまま固まった。どうやら図星らしい。


「だ、誰から譲り受けたかまでは言えないです! すみません!」


 まだ何も訊かれていないのにリッタが早口で謝った。とっさに垂れた頭から口を割るまいという必死さが伝わってくる。

 あまりの慌てっぷりに二の句が継げないアルドだったが、すぐに気持ちを切り替えてたしなめる。


「そうは言っても、その武器について教えてくれないと何が必要かも分からないぞ?」


「……素材の名前だけでしたら、聞いてますので」


「名前?」


「はい」リッタは顔を上げた。


「びっとまぐなむ……という素材が必要らしいです。シャシュツができなくなった時は、替えのびっとまぐなむをソウテンすればいいと、この熱線銃をくださった方が言ってました」


 口を滑らせぬよう慎重に言葉を発していく。ところどころの単語は使い慣れないからか、一際たどたどしい口振りになっていた。


「びっとまぐなむ……びっと……」


 アルドが小声で復唱する。

 その素材名自体は知らない物だ。しかし、その名前を聞いた時、記憶のうちで何かが引っ掛かるのを感じた。

 しばらく考え込んでから、頷く。


「分かった。その素材があればいいんだな」


「引き受けてくださるのですか?」


「ああ。はっきりとしたアテがあるわけじゃないが、探してみるよ」


「……ありがとうございます!」


 リッタは目を輝かせた。

 その無邪気に綻ぶ表情を見て、アルドは微笑むと同時に思い出したように付け加える。


「ただし、熱線銃が直らないうちはセレナ海岸に行かない方がいい。また魔物に出くわしたら危ないからな」


 責任感と勇敢さを案じての念押しである。リッタはしおらしく頷いた。

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