今を駆ける閃光 –港町リンデと未来の銃–
憂杞
一.銃を携える少女
1-1
AD300年の某日。セレナ海岸の岩場を訪れていたアルドの正面から、1人の青年が息を切らして走ってきた。
「だれかー! 助けてくれ!」
焦った様子で青年が叫ぶ。アルドが驚きのあまり声を上げると、慌てて目の前で立ち止まった。
「落ち着いてくれ。どうしたんだ?」
真剣な顔で尋ねるアルドを、青年は呼吸を整えながら見つめる。ややあって一振りの
年は19歳といったところか。同い年の相手を頼っていいものかと思うが、迷っている暇はない。
「アオが、魔物に襲われてるんだ。ついてきてくれ!」
青年はそう訴えるなり、すぐに回れ右をして駆けていった。ユニガンの東門を背にしたアルドから見て、ちょうど港町リンデに直通する方角へ。
振り返ることなく遠ざかっていく青年。
突然のことに戸惑うアルドだったが、急を要することだけははっきりと理解した。すぐに青年の後を追って地面を蹴る。
「フーッ、フーッ……」
にじり寄る魔物の大群を、細身の猫が灰色の毛を逆立てて睨んでいた。
魔物達はみな真っ赤な体と青い舌を持ち、片手には石斧を握っている――ヤクシャと呼ばれるゴブリンの一種だ。大人の体躯には及ばない比較的小柄な魔物とはいえ、さらに一回り小さな猫のアオを威圧するには充分な容貌だった。それに、
「辿り着いたはいいが、なんて数だ……」
全速力で駆けていた足を止め、ヤクシャの背後に来た青年は愕然とした。最初は2体程度の小規模だった群れが、今や6体ほどの大群に膨れ上がっている。どうやら場を離れていたうちに仲間を呼ばれてしまったらしい。
青年の足音を聞きつけ、ヤクシャの大群が一斉にこちらを向く。
「気付かれた!」
アルドはスパタを構えた。
これまで数多くの魔物と戦ってきたとはいえ、さすがの彼も明らかな勢力差に歯噛みする。
(オレ1人でどうにかできるか……?)
柄を握る右手が強張る。しかし、アオが群れに捕らわれている以上、ここで退くわけにはいかない。
アルドは不安を振り切り、正面から6体のヤクシャに斬りかかろうとした――
その時だった。
「伏せてください!」
突然、リンデの方角から甲高い声が聞こえた。
見ると、町娘の出で立ちをした少女がこちらへ緊張した顔を向け、右腕をまっすぐに突き出して目の高さに掲げていた。次の瞬間、
ドガァァァン!!
耳をつんざく音と、衝撃。
辺りの空気が熱を帯びる。気付いた時には、アルド達がいる道沿いにあった大岩が粉々に砕けていた。
「ああ、また外した……」
「な、なんだ!?
悔しがる少女とは対照的に、アルドは何が起きたのか分からず困惑する。
ただ、先ほど少女の手元から眩しい光が照射されたかと思えば、猛烈な勢いで熱が近くを通り抜けるのだけは感じた。アルドは少女が魔法を使ったのだと考えたが――現代においてこうも速い火魔法は見たことがない。
「わ、私が半分引き受けます。そちら側の敵はお願いします!」
右手に何やら白銀色の筒を持った少女が、アオとヤクシャ達を隔てた反対側付近へ駆けつけて言う。
ヤクシャ達を見ると、岩が砕けた衝撃に驚いたらしく散り散りに動いていた。今なら1対3ずつに分かれた戦闘に持ち込めそうだ。
「……ああ、そっちは任せた!」
気兼ねない口振りで応えるアルド。1人で戦うことに不安を感じていた彼には、少女の勇ましさが心強く思えた。
少女は頷くと、手に持った筒形の武器――銃の先端を、近くのヤクシャ3体に向けて威嚇する。
「あなた達の相手は私だよ!」
強い口調で呼びかけ、後方へ跳ぶ。威嚇した3体が手前におびき寄せられる。アルドの姿は奥のもう3体に囲まれ見えなくなった。
少女は右を向くとさらに後方へ退がり、敵が自分より90度曲がった方角へ来るように誘導した。自らの攻撃の射線にアルド達を巻き込まないために。
「これなら……」
おぼつかない手つきで銃を構える。
しかし、それより速く1体のヤクシャが接近していた。
不意をつかれた少女の肩が石斧に殴打される。
「痛っ!」
鈍痛にうめき、反射的に跳びのいて距離を取った。
少女は肩で息をしながら再び銃を向ける。
右手が小刻みに震え、狙いが定まらず焦りが募る。
ヤクシャが再び接近する直前に、ようやくその脇腹が照準に入った。
「……そこだ!」
はやる気持ちで引き金を引く。
――しかし、何も起こらない。
違和感を覚えて何度か引き直しても、乾いた金属音が繰り返されるだけだった。
「あ、あれ……?」
唖然とする少女の目の前に斧が迫る。
しばらくして我に返ったが、もはや受け身を取る余裕もない。少女は固く目を瞑り、直撃を受けることを覚悟した。
「その子に手を出すな!」
その時、ヤクシャの背がスパタに斬りつけられた。
斧を振り下ろそうとした腕は動きを止め、力なく地に伏せる。
少女が見上げると、すでに奥の3体を仕留めていたアルドが正面に躍り出ていた。
新たに1体を倒したところへ、残りの2体が続々と襲いかかる。アルドは冷静に構え直すと、真横へ薙ぎ払うようにしてヤクシャを迎撃した。
「落ちろっ!」
最後の1体が斬り伏せられる!
斬撃を負った6体が地に伏し、動く気配がないことを認めると、アルドは息をついてスパタを収めた。
「ふぅ……もう大丈夫だ」
表情を緩め、近くの大岩を見やる。するとその陰に隠れていた青年がおそるおそる姿を現し、アオのもとへ駆け寄って安堵の表情を見せた。
「ありがとう、助かったよ。アオのやつ無鉄砲だから、勝手に魔物達の縄張りを荒らしちゃったらしくて……」
アオを抱え込んだ青年が申し訳なさそうに俯く。
「いいんだよ。無事で何よりだ」
アルドは明朗に笑って応えた。青年の表情がまた少し綻ぶ。
しかし、去る間際――少女の横を通り過ぎる時に、気まずそうな声がこぼれた。
「リッタも……一応、ありがとな」
苦笑いを浮かべると、青年は足早にリンデの方へ歩いて行った。
アルドはその背中を見送りつつも、また魔物に襲われた時に備えて後についていくことにする。
同行するように呼びかけようと思い振り返ると、少女は泣きそうな顔をして立ったまま肩を落としていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます