『読み切り版』超次元ビブリオバトル~走れメロスVS山月記~

四百四十五郎

『読み切り版』超次元ビブリオバトル

「プリンは絶対に私のものにする…」

「いいや、ボクがもらうね…」

 中学校での昼休みの運動場の端っこで、黒髪の少女と茶髪の少女がテーブル越しに向かい合っている。

 その周りでは様々な学年の生徒たちが観客のごとく見物していた。

 審判役の男子生徒も試合開始の準備を着々と進めている。

 二人の少女の手には本が握られていた。 


 ここに至るまでの経緯を話そう。

 給食の時間、プリンが一つ余った。

 二人の少女がプリンをもらうことを望んだ。

 結果、プリンを賭けた超次元ビブリオバトルが始まることになったのである。

 

「それでは、ただいまより超次元ビブリオバトルを始めます。掛け声どうぞ」

 そう男子生徒が言うと、

「「闘本開始ビブリオ・スタート!」」

 と二人の少女が叫び試合が始まった。


「まずは私のターン!メロスを召喚!」

 そう言って黒髪の少女は本を傷つけない程度に強く『走れメロス』をテーブルにたたきつけた。

 すると、本の上から手のひらサイズのメロスがあらわれ、テーブルの上を走り始めた。

 観客たちはその光景に驚いた。

 

「次はボクのターン!李徴りちょうを召喚!」

 そう言って茶髪の少女は先ほどの少女と同じく、本を傷つけない程度に強く『山月記』をテーブルにたたきつけた。

 すると、これまた手のひらサイズのトラと化した李徴があらわれ、メロスの後を追うようにテーブルの上を走り始めた。

 観客たちはその光景に再び驚きつつ、追われているメロスを心配した。


「走れメロスと山月記…作風は違えどどちらも有名な作品だ。李徴はトラになっている上に人間の人格が表面化されていない。一方メロスは速度的にまだ本気を出していない。だが、仮にメロスが本気を出しても彼の力だけでは李徴は倒せないだろう…」

 審判役の男子生徒がぶつぶつとしゃべる。


「パワータイプの李徴で押し切る気だな…」

 そう言って黒髪の少女は次に出すを取り出した。

「ならこれでいく!私のターン!太宰治伝記を強化素材として使用!」

 『太宰治伝記』が本を傷つけない程度に走れメロスの上に強くたたきつけられる。

 すると、メロスがオーラをまとい、太陽が沈む速度よりも早く走り始めた。

 李徴はメロスの速さに翻弄され、目を回してしまった。


「関連する本の使用による強化…さては時間を稼ぐ気だな…」

 審判役の男子生徒が再び独り言をしゃべる。


「ボクのターン!檸檬爆弾を召喚!」

 梶井基次郎作の『檸檬』が本に傷がつかない程度に強くテーブルにたたきつけられる。

 すると、レモン型の爆弾が現れる。

 檸檬型の爆弾はメロスに力を与えている『太宰治伝記』に向かってごろごろと転がっていった。

 メロスは檸檬が爆弾だと認識できず、無視して走り回った。

 そして、それは目的地にて爆発した。

 『太宰治伝記』は爆発によってこの試合終了まで力を失うこととなった。

 それと同時に再び李徴がメロスを追い始めた。


 「メロスが再び通常のスピードになってしまった!激しく走りすぎたせいで衣服がボロボロになっている…このありさまでは次のターンあたりでメロスが李徴に食い殺されかねない!さあ、どうなるんだこの試合!」

 審判役の男子生徒は相変わらず熱く独り言をしゃべっていた。


「そう来たか…じゃあ私のターン!大庭葉蔵を召喚!」

 そう言って黒髪の少女は『人間失格』を本にダメージがない程度に力強くたたきつけた。

 本の上から白髪交じりの大庭葉蔵があらわれる。

 ここで皆さんに一つ解説をしなければいけない。

 大庭葉蔵とは人間失格の主人公のことである。

 白髪交じりとはいえ、まだ二十代である。

 大庭葉蔵は逃げようとするそぶりも見せずにずっと本の上にいたため、李徴に食われてしまった。

 しかし、味方に同作者が書いた小説のクリーチャーがいたため、強化されており、なかなか消化できない。

 李徴は葉蔵を消化するために、身を休め始めた。


 「ボクのターン!を平家物語を強化素材として使用!」

 茶髪の少女はそう言いながら現代語訳された平家物語を本の状態を気にしつつ、山月記の上にたたきつけた。

 平家物語は軍記もののため、その効果は大幅な攻撃力アップであった。

 葉蔵消化中の李徴は赤いオーラをまとい、走り続けるメロスを赤く光る目で追った。

 

 やがて、葉蔵を消化し終えた李徴は再びメロスを追い始めた。

 メロスはその中でついに体力の限界が来て、走るのをやめてしまった。

 李徴がメロスを食おうとしたその時


 李徴の動きがとまった。

 

 そして、「なんてことだ、私はまた人を食べようとしていた…」と言いながらメロスに後ろを向けて離れていきはじめた。

 そう、時間経過によって李徴の人間の人格が一時的に目覚めたのだ。

 

「もしかして、メロスを出したのはボクが山月記使いなのを知った上での時間稼ぎのため…」

 茶髪の少女が黒髪の少女に問いかける。

「そう、すべてはこの瞬間のために」

 黒髪の少女が得意げに言った。


「これでとどめだ!私のターン!エーミールを召喚!」

『少年の日の思い出』が机の上に乗せられる。

 ミニチュアサイズのエーミールが本の上に現れる。

 

「まって!いまの李徴が精神攻撃を喰らったら…」 

 茶髪の少女がそう言い終える前に

「そうか、そうか、つまり君はそういうやつなんだな」

 エーミールが名台詞を言い放った。


 李徴はそれを聞いて激しい自己嫌悪に陥った。

 そして、自分を嫌うあまり、精神とともに体が崩壊し始めた。

 李徴は、跡形もなく消え去った。


 それと同時に、黒髪の少女の勝利が決まった。


 

 黒髪の少女はプリンとスプーンを受け取り、その場でプリンを食べ始めた。

 茶髪の少女は山月記を抱えて落ち込んでいる。

 それを見た黒髪の少女はプリンをひと掬いしてからこう言った。

「一緒に食べないか」

 それを聞いた茶髪の少女は喜んでそれに応じ、黒髪の少女からあーんしてもらうような形でプリンを食べた。

 実はこの二人、案外仲が良かったのである。


 超次元ビブリオバトルを経て、二人の友情はより強固なものになったのであった。

 

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