第7話 約束だからね 


今日は護衛を数人連れて街に来ていた


ゆっくり街の人たちを見ていたら、どんっと何かにぶつかった



きゃっと言う小さな声が聞こえたので見てみると、同じ歳ぐらいの女の子がぶつかったはずみでこけてしまっていた


「大丈夫?」

怪我してないだろうか…


女の子はフードを、目深にかぶっていたが、ふっとこちらに顔をあげたのがわかった


でもそんなに汗をかいてどうしたんだろう…

着ている服はいいものだとわかるし、頭を覆ったフードからこぼれ落ちる髪はブロンド


貴族か…


「あの、私…」


「おい、ガキ!見つけたぞ!」

女の子がはっとして後ろを振り向いた



「立って」


女の子はあの男に追いかけられているようだった

とりあえずあの男から逃さないと



あの男から離れればあとは護衛がどうにかしてくれるだろう…



手を引っ張って走った


ここらへんでいいか…


ピタッと止まったらどんっとまた女の子が僕にぶつかった


「あ、ごめ、なさ…」

息が上がっているのか、足もふらふらしている


安心させてあげないと…

「もう大丈夫だよ、あの男は追っかけてこない。とりあえず、休もうか…」



ちょうどいいところにベンチがあったのでそこに女の子を座らせた



とても苦しそうだったので、水を護衛からこそっともらった


「はい」

水を差し出すと女の子は


「ありがとう」

とか細い声で言って水を飲んだ



少ししてから落ち着いたのか、再びお礼を言ってきた

「ほんとうにありがとう。もうすぐであの男の人につかまってしまうところだったわ。もう家に帰れないかと…」



一人で怖かっただろう…

女の子はまだ体が震えている



「びっくりしただろうね。もう大丈夫だよ」

できるだけ優しく女の子の頭をなでると



ポロっと女の子の頬に涙が伝った


びっくりしてその子を見つめ、すぐにぱっと女の子の頭から手を離した

あ、やってしまった…弟にやるように同じことを女の子にしてしまうなんて…


女の子を泣かしたことをロイに知られたらなんていわれるだろう…


「あ、ごめん。弟がいるからつい…」

許してくれるだろうか…



「そうじゃないの…安心して、その…」

そういってボロボロ涙をこぼした



女の子が泣き止むまでずっと頭をなでてあげた


涙が落ち着いたのか、こちらをうかがうような気配がしたので、微笑みとぱっと顔をそらされてしまった



「ねぇ、君は街に一人で来たの?連れの人は?護衛とか…」

ずっと聞きたかったことを聞いてみた


女の子は貴族と気づかれていないと思っていたようで驚いてこちらを見た


貴族だとわかった理由を話してあげると、納得したようにうなずいた


その子は転移の魔方陣によって噴水のある広場まで来てしまい、侍女や護衛とははぐれてしまったらしい


「あぁ、転移の魔方陣のせいだね。知らないかな、この街にはいくつかの場所に転移の魔方陣があるんだよ。魔方陣から魔方陣まで転移することができる。その人が思い浮かべたところの近くの魔方陣にね」



「そうなんですわね。知りませんでしたわ…」

顔が見えなくても驚いているのが伝わってくる



もしかして街に出たのは初めてなのかもしれない…


親が相当過保護なのか…それとも地位がかなり高い家の子なのか…


どっちにしろ、女の子の侍女や護衛は必死にこの子を探しているに違いない



「じゃあきっとみんな心配してるよ。一緒にその広場まで行こうか」

はぐれないように女の子の手を握って歩き始めた



女の子が急に黙ったので振り返ると、フードで隠していてもわかるぐらい顔が真っ赤になっていた


ふふ、かわいいな…




「あの、あなたは私と一緒に侍女を探しても大丈夫ですの?お母さまとかお父様とか心配しておりませんか?」


へ?


女の子は僕に面白い質問をしてきた


父上が僕を心配?息子が街に出ていることも知らないだろう


父上が僕に会いに来てくれるときは何か大きな行事がある時ぐらいだ…



「そんな、ちち、お父さんは忙しいからそんなに僕のことは気にしていないし、お母さんはもう亡くなってしまったから」



「あ…そうなのですね。私もお母さまを亡くしていて、お父様もずっと忙しいのであまり家に帰ってこないんですの…私たち似ていますわね」


似ている…


僕は今までに似ているだとか、同じだとか言われたことはなかったから正直驚いた



自分の気持ちをだれとも共有したことはなく、初めての気持ちだった



「…そうだね、似てるかもしれないね」

ポツリとつぶやく



すると女の子は

「私、最近までたくさんわがままを言っていたの」

と話しだした


「やっぱり寂しい気持ちは誰かに伝えなきゃだめだと思うの」


僕は今まで寂しいと思っていたんだろうか…


でもブラウが「今日は母上にご本を読んでもらうんです!」と無邪気に言ったとき…

僕は心からよかったねとはいつも言えてないかもしれない…


心のどこかでうらやましいと、思ってしまっているから



でも僕は弱音を吐くことを許されるような立場ではない


寂しいと、誰に言えばいいんだろうか…


もし僕が寂しいといえばこの子はどうこたえるんだろう…



「じゃあ、僕が寂しいって言ったら君がそばにいてくれる?」


女の子は驚いたのか、ぱっと顔を上げて僕を見つめた



その時フードが少し後ろにずれ、彼女の瞳が見えた


零れ落ちそうなほど大きくて真ん丸で…ルビーのような真っ赤な輝く瞳…


あぁ、この子はもしかして…




「そう、ですわね…私はあまり街に出たりはできないのですけど、もしまた街に出れたときあなたが寂しい思いをしていたら、その日はずっと一緒にいてあげますわ。たくさん話も聞くし…」



「もうあなたが寂しくないと思うまで」



そばにいる、と言われるだけだったらきっと僕はがっかりしていただろう


彼女は本当に真剣に考えてくれた、今日は初めて会った僕に




「お嬢様!!」

この子の侍女と思わしき女性がこちらに向かって走ってきていた


「テナ!!」



侍女と会えたのか、よかった


護衛に視線で帰ることを伝える


彼女が気づかないうちにそっとこの場を離れた




『その日はずっと一緒にいてあげますわ』

『あなたが寂しくないと思うまで』




「約束だからね…ルージュ・エリュトロン」





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