第5話 もう家に帰れないかと思いましたわ


「あの、私…」



「おい、ガキ!みつけたぞ!」

はっと振り返ると、さっきまで追っかけてきていた男がすぐそばまで迫っていた


「立って」

男の子がグイっと私を引っ張って駆けだした



はぁ、はぁ、はぁ、足が痛い、もう走れないわ

結構走ってきたと思うのだけど



もうさっきの男の声は聞こえない



急にぴたりと男の子が足を止めた

私は急に止まると思っていなかったので男の子にぶつかってしまった


「あ、ごめ、なさ…」

息が上がって少し酸欠みたいで、足がふらふらする


「もう大丈夫だよ、あの男は追っかけてこない」

とりあえず、休もうかと言って近くのベンチまで連れて行ってくれた


近くのベンチに座って頑張って息を整える




「はい」

そっと水が差しだされた

男の子が、どこかから水をもらってきてくれたようだった


「ありがとう」

喉がすごく水を欲していたから本当にありがたかった


水を飲んで、少し落ち着いてから、再びお礼を言った

「ほんとうにありがとう。もうすぐであの男の人につかまってしまうところだったわ。もう家に帰れないかと…」



「びっくりしただろうね。もう大丈夫だよ」

男の子は優しく、フード越しだけど頭をなでてくれた


緊張がほどけて、止まっていた涙がまた頬を流れ始めた


「あ、ごめん。弟がいるからつい…」

ぱっと私の頭から手を放した



「そうじゃないの…安心して、その…」

うつむいて涙をこらえようとした


そうすると男の子がまたそっと頭をなでてくれた、私が泣き止むまでずっとそばにいてくれた




涙が落ち着いて、男の子の顔を見ると

優しそうに微笑んでわたしをみていた



平民かしら、茶髪に茶色の目だし…

そんなかっこいいわけでもなく本当にどこにでもいそうな普通の男の子だった



でもすごく優しい瞳で見つめるので恥ずかしくなってきてまたうつむいた


「ねぇ、君は街に一人で来たの?連れの人は?護衛とか…」


はっと男の子を見ると

「いや、さすがに貴族だということはわかるよ。服もいいものだし、きれいなブロンドの髪がフードから零れ落ちているし、お忍びなんだろうけど…」



私と同じくらいの子でも私が貴族だとわかるのね…



「あの、私の侍女と護衛と来たんですけど、この街の広場のところにいたはずなのに突然噴水のあるところにいてて」



「あぁ、転移の魔方陣のせいだね。知らないかな、この街にはいくつかの場所に転移の魔方陣があるんだよ。魔方陣から魔方陣まで転移することができる。その人が思い浮かべたところの近くの魔方陣にね」



「そうなんですわね。知りませんでしたわ…」

そんなのゲームで見たことがありませんでしたわ。そんな設定があったなんて…



「じゃあきっとみんな心配してるよ。一緒にその広場まで行こうか」

そっと私の手をつないで歩き始めた



手をつないで…手を…


ふゎーーーーーつ!!そういえば何気に人生で初めて異性と手をつないだんですけど!(前世のお父さんは省いて…)


さっきも手をつないでいたけどあの時は、焦っていてじっくり考える余裕がなかったですし


前世ではずっと女子高だったので、異性への免疫が…



落ち着きなさいルージュ、きっとはぐれてはいけないからと手をつないでくれているのよ…


「あの、あなたは私と一緒に侍女を探しても大丈夫ですの?お母さまとかお父様とか心配しておりませんか?」


そうすると男の子は目を真ん丸にして笑った


「そんな、ちち、お父さんは忙しいからそんなに僕のことは気にしていないし、お母さんはもう亡くなってしまったから」

少し寂しそうに眼を伏せた


「あ…そうなのですね。私もお母さまを亡くしていて、お父様もずっと忙しいのであまり家に帰ってこないんですの…私たち似ていますわね」



「…そうだね、似てるかもしれないね」

クスッと笑って私を見る



「私、最近までわがままをたくさん言っていたの、寂しくてかまってほしかったから。でもだめって気づいて、使用人の人たちやいつも側にいてくれるテナに謝ったわ」


だから…


「やっぱり寂しい気持ちは誰かに伝えなきゃだめだと思うの」


だからルージュはあんなに苦しんでいたわけですし!

うんうんと自分の言った言葉に納得していたら



「じゃあ、僕が寂しいって言ったら君がそばにいてくれる?」


え?


ぱっと男の子のほうを向くと、じっと真剣に私のほうを見ていた


本当に真剣に私を見ていたから、軽々しく、うんとは言えなくて…


でも…



「そう、ですわね…私はあまり街に出たりはできないのですけど、もしまた街に出れたときあなたが寂しい思いをしていたら、その日はずっと一緒にいてあげますわ。たくさん話も聞くし…」



「もうあなたが寂しくないと思うまで」



「お嬢様!!」

テナがこちらに向かって走ってきていた


「テナ!!」


「本当に、本当に心配したんですよ」

ケガしてませんか?大丈夫ですか?と私に聞いて何度もお嬢様が無事でよかったですと繰り返した


「大丈夫よ。本当に大丈夫、心配してくれてありがとう」

ごめんなさいとテナを抱きしめた


「お嬢様もう絶対私のそばを離れないでくださいね。さぁ馬車までいきましょう」




「あ、ちょっと待って!この男の子が助けてくれたんですわ」

後ろを振りむくと、もう男の子はいなくなっていた



さっきまでそこにいたのに…



そういえば名前を聞くのも忘れていたわ


私はフードで顔を隠していたから次会っても気づいてもらえないだろうし…


お礼をしたかったのだけど、また会えるわよね…きっと



「さぁ家に帰りましょう」

夕日を後ろに馬車に乗った


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