第五話 ひと夏の恋

 さて、大学二年生になり、夏を迎えた頃、勇二郎は一つの恋をする。相手は、アルバイト先の居酒屋で知り合った女子大生。勇二郎の特性では、同時にいくつものことを聞き、優先順位を考えるようなマルチタスクは困難であったため、主に、厨房内での皿洗いを担当していた。一方、彼女は明るく、機転の利く方であったので、ホール側の担当であった。


 小さいが切れ長の一重瞼の目を持つその女性は、背は高めで---勇二郎とあまり変わらないくらいか---、古風あるいは和風の美人と言えば言えなくもない、そんな風情を漂わせる、年の割に大人びた外観の女性であった。自分で、「あたし、おじさんにはよくもてるんですよ、でも年の近い男の子には全然もてなくって」、などという類の冗談をよく言う。


 彼女は、勇二郎の通う大学付近にある女子大の学生で、彼より二つ年下であったが、勇二郎は二浪していたために、学年は同じであった。彼女は京都府の出身で、初めは自宅から通っていたが、通学時間がもったいないので、今ではバイトをしながら下宿生活を送っているらしい。バイト先には、半年間程度しか在籍せず辞めていったのだが、彼とは冗談の波長が合うのか、彼女がうまく合わせていたのか、店内の業務が落ち着いた時間帯には、よく話をし、笑いの絶えない仲になった。


 彼女が店を去る少し前のことだった。

「ところで、佐藤くんの学校って、来週の土日、学祭があるらしいやん?行かはるの?」

 勇二郎の学祭の日を知っていたようで、いつもの冗談話をしている中で、彼女はこう聞いてきた。


「俺、サークルにも入ってへんし、特別に予定はないけど・・・」

「もしよかったらだけど・・・、連れてってもらえへんかなあ?めっちゃ面白いらしいやん。あたしな、一度、行ってみたかってん」


 彼女と話すのは楽しい勇二郎であったので、何も断る理由はない。二つ返事で了承し、待ち合わせ時間などを決めた。


 学祭の当日、一緒にいろんなところを見て回るが、いつもの彼女と違い、あまり話さない。つまらないのかな、と思ったがそうではなく、緊張もあったのか、後半は楽しく過ごすことができた。勇二郎は、彼女のしおらしい一面も見れたような気がして、もっと好きになっていけそうな気がした。


 学祭は夜まで続き、晩御飯も近くのファミレスで共にとる。

(最初に女の子に誘わせてしまった。次は俺がイニシアチブを取らねば)と思った勇二郎は、彼女を誘う。次はドライブで海を見に行こう、ということに決まり、彼女を下宿先まで送っていった。


 しかし・・・。勇二郎はまだ知らない。彼女がある種の魔性を内に秘めた女性であることを。

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