第四話 虚脱の高校生活
時は少し流れ―――。平成三年。勇二郎は高校三年生。
憧れの志望校には無事入学できたものの、最近は自堕落な生活を送っている。進学校といえど、全員が勉強ばかりしている訳ではない。自然と、自分と同じように何かに夢中になれない同級生たちとつるんで、学校には行くものの勉強はせず、学校が終わると、友人たちとビリヤードをしたり、カード麻雀をしたり、街をぶらついたり、そんな日々を送っていた。彼の愛鳥、桜文鳥『勇太』は、老衰のため、高校二年生の時に亡くなってしまう。そのショックからも立ち直れずにいた。七年という月日の間、彼が愛し、愛してくれた可憐な小鳥のことを思い出すと、涙が零れることもある。
また、勇二郎よりも遥かに合格に近かったはずの中里は、受験直前に体調を崩し、まさかの不合格となっていた。彼女は、第二志望だった私立女子高校へ進んだ。このことも彼に大きな影響を与えた。彼女は、彼にとって、内地生活における心の支えの一つであったのだ。合格発表の日、自分だけが受かったことを心の底から悲しんだ。
そんな勇二郎だが、一年生の頃は、まだ気力を振り絞っていた。授業ではたくさんのノートをとり、部活は、新しいことにチャレンジしてみようと、卓球部に入り、それぞれ熱心に取り組もうとした。しかし、勉強にはついていけなくなり、部活でも自信をなくしていった。
部活動では、一年生の前半は、基礎作りということで、一年生全員で、一日五キロメートルのランニング、そして、素振りの毎日だった。そこまでは大きな問題はなかった。しかし、後半になり、球を打ち始めると、次第についていけなくなる。
ある日、練習メニューに、新しく縄跳びが取り入れられた。勇二郎は周囲のように、リズミカルに、とはいかないものの、かろうじて一重飛びはできた。しかし、二重飛びになると、縄が足に絡まって転んでしまう。それを見ていた同級生の一人が、「全身の神経がつながってなくて、どこかで切れてるんじゃないか」といい、失笑した。
それから数日後、ドライブボールを打つ練習があったのだが、先生に激を飛ばされる。勇二郎は足さえ追いつけば、ドライブを打てるようにはなったものの、バック側に少しでも回り込んだり、フォア側でも距離があるような場合、足が間に合わずに体制を作れないのが原因で、アンチラバーを貼った側で、回転をかけずにただ返してしまうようなことが多かった。それを見かねた顧問が「佐藤、それじゃ、相手の練習にならん!」と、別の者と交代させてしまったのだ。
そんなこと、あんなことがいくつも続き、「俺って何をやってもダメなんだろうな、必要とされてないんだろうな」、という思いでいっぱいになった勇二郎は、ついに自ら退部届を提出した。完全に自信を失ってしまった。
高校に受かることだけに一生懸命になりすぎて、燃え尽きてしまっていた部分もあるのかもしれない。受かったあと、何をしたいかを考えていなかった。自分ではいけないと思いつつも、何に対しても熱意を持てなくなってしまっていた。
そこは文武両道を謳う学校で、学業だけでなく、いろいろなことに関心を持ち、一生懸命に取り組むように、と説く教師が多く、授業中に生徒たちに対し、熱意を込めたメッセージを送ることがしばしばあった。
「君たちは今、かけがえのない高校時代を過ごしているんです。人生でたった一度の貴重な青春の一ページです。大人になったら、もうこんな日々は来ないんですよ。」
「好きなことに取り組んでください。勉強でも部活でも趣味でも恋愛でも、一生懸命になれることなら、なんでもいい。いずれ、妥協や折り合いということを覚えなくてはならなくなる。好きなことを真剣にやれるのは今だけです。とにかく思いっきりやりなさい」
「高校時代の友人は貴重なものだと言います。大人になったら、どうしても打算が入るし、うわべだけの付き合いも多くなる。本音でぶつかりあって、本当の友人を作ってください。それが、君たちの一生の財産になります」
言っていることは頭では理解できるものの、心がついていかない。無気力な高校生活・・・。
当然のように、大学受験は失敗に終わり、浪人生活に突入する。二浪の末、ようやく自宅から通える府内の大学で、英語、国語、社会のみ三科目の受験だけですむ学校の社会系の学部に受かった彼は、そこに進学することになった。一つ下の妹は先に大学に進み、二つ下の弟も受験を控えていたため、家計的には厳しかったが、父母はその点には何も触れなかった。内心ハラハラしながらも、もう十分、いい年である。何か助けを求められたときだけ、助言をすることに徹していた。
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