第二話 ADHDと勉学
中学三年生になり、部活も引退した勇二郎は、勉強に一層励んでいた。高校受験が近づいてきている。通塾も、自宅での早朝勉強も続いており、塾長の言った通り、英・数・国が少しずつ伸びていった。国語については、新聞のコラムの写本のみ続け、日常の学習は、英語と数学に絞った。幼少時に父母が本を読み聞かせしてくれていたこと、また、小学生時代には病気で家で本を読んでいることの多かったため、国語についてはそれほど苦労しなかったようである。他の二科目、理科と社会については、学校の定期テスト前に一夜漬けの『過集中』型の勉強をすることで、その場しのぎで、なんとか、かわす。
ADHDでは、ある一定科目は極めてできるのに、全くできない科目が多くあったりする。何をやるにしても、凸凹が激しいのだ。また、やるべきことを後回しにして―――これもADHDの特性、傍から見ると怠けている、となるが当人にはコツコツやるのは本当に難しい―――、試験前に慌てることが多かった。しかし、ここでADHDの『過集中』が発揮されると良い点を取ったりする。脳に、あるスイッチが入ると、猛烈な集中力を発揮し、実力以上の成果を出すことがある。
のちに、大人になったとき、『凸凹型』や『過集中』といった、これらの特性は、社会に適応するには相当な困難をもたらすことになるのであるが、彼が中学生の頃は、まだそれほど問題が表面化することはなかった。
周囲の友人たちも受験一色ムードである。最後の追い込み時期なのだ。理科、社会は苦戦した。これまで過集中型の勉強で、定期テストは良い点ではないものの、なんとか乗り越えてきたが、基本的に暗記科目は苦手なのである。塾講師が授けてくれた暗記方法で覚えようとしても、なかなか頭に入らない。
聞いたことが、ワーキングメモリーからぼろぼろとこぼれ落ちて、忘れ去っていく彼は、ひたすら書いて覚えることにした。加えて、ノートの右端を折ってそこに答えを書き、左側に自分で適当に作成した穴埋め問題を書き、それを繰り返しやった。効率的ではない地道な作業であったが、理科、社会も伸びてきた。
その頃、優等生の中里も、同じ塾に入塾してきた。彼女は、彼よりランクの高い特別進学クラスに入ったため、彼はある意味、ほっとしていた。彼女を見ていることは好きなのだが、同じクラスだと緊張したり、話しかけられると、うまく話せないのだ。それにしても初めて塾に入って、いきなり最上位のクラスに入るなんて、やはり彼女は何でもできるのだなあ、と感心した。
既に付き合っている相手がいるような同級生も多い中で、彼はかなり奥手の方であった。中学二年の修学旅行の間中に、彼は数名の女子から手紙やプレゼントをもらった。どうやら全くモテないという訳でもなさそうであるのだが、男女間の機微には疎く、どう接してよいか分からない。彼女が欲しいという気持ちも沸いてこない。
たまに、自習室で勉強していると、勉強を教えてもらおうと、女子が話しかけてきたりすることもあった。それには対応できるものの、いざ色恋沙汰になりそうになると、一歩引いてしまっていた。
塾には、その塾を卒業した高校生が訪れ、自校がどんなところかを熟生に説明をしてくれる機会がたびたびあった。塾生のモチベーションを上げるための施策であろう。その中で、勇二郎が興味を引かれた高校があった。その卒業生は、校則もあまりなく、『自由』な校風であり、自主性を重んじた教育が行われることが、一番の自校のよいところだ、と主張していた。
学校教育への適応に、散々な苦労してきた勇二郎にとって、これほど魅力的なPRは、なかったかも知れない。彼は、その高校を志望することにした。しかし、そこは公立校としては進学校の部類に入る高校であり、現状のままでは手に届きそうにないように思えた。
彼はどうしてもその高校に行きたくなり、勉強に対しての意欲に拍車がかかった。空いている五分程度の時間すら惜しむようになった。通学途中も歩きながら暗記科目を勉強し、食事中も覚えた何かを頭の中で復習している。夕食時、急に何かを思い出したり、思いついたりしては、忘れないように走ってノートを取ってきて、メモを取る。そうしないと、すぐに記憶が揮発性の液体でもあるかのように、一瞬にして蒸発してしまう。そのスピードたるや、いわんや、予防接種前に肌に塗るアルコールの如しなのである。彼のこの勉学への熱意は、まるで何かに取り憑かれてでもしてしまったようで、逆に、父母を心配させるほどであった。
さて、努力の甲斐あってか、一二月に行われた模擬テストでは、なんとか合格圏内に入った。あと一息である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます